不当な裁判・4


「あら、皆さん、おそろいでした?」


 突風の渦の中から姿を現したのは、学長のマダム・フルールだった。

 ロイヤル・ブルーの鮮やかなドレス。風の精霊・エアリアを連れていた。白髪に映えるピンクの唇を横に思い切りひいて微笑んでいる。


「学長……」


 モエは突風に煽られて、ボロボロになって立ち尽くしていた。ぴっちりと結い上げられた髪はボサボサ、眼鏡は鼻から滑り落ちている。

 その惨めな姿を見て、マダム・フルールは大げさに手を広げて驚いてみせた。


「まっ! モエちゃん、大変! 女性は常に美しさを保たないといけませんわ」


 そして、今度はアガサを見て叫んだ。


「まっ! アガタさん! あなたもですよ」


 アガサの多毛症の髪は、エアリアの大風でひどいことになっていた。


「まっ! たいへん!」


 今度は誰か……と思ったら、マダム・フルールはモエの学生用資料棚に目を向けていた。そこには、【よるな、さわるな、弾けて飛ぶぜ!】の張り紙が貼ってある。


「私としたことが、こんなに髪を乱しちゃって……」


 マダム・フルールは、櫛をポケットから取り出すと、棚のガラスを鏡代わりにして髪を手直しした。

 さらにマダムのポケットから、ジャン‐ルイの精霊バーンが顔を出した。そしてくるりと目を回すと飛び出してきて、ジャン‐ルイの肩に止まった。

 白髪がふんわりと整えられると、マダムは何度かポーズをとってみた後、振り返った。


「お待たせしたわねぇ、え? モエちゃん。もう裁判は終わったのですかぁ? まさか、私の仮入学の生徒を退学なんかにしないでしょうねぇ? 一ヶ月後が楽しみなのに」


 モエは学長が苦手らしい。

 マダムのニコニコ優しい笑顔を見ているうちに、顔色が真っ青になってしまった。

 逆に学長のほうは、久しぶりの事件が楽しいのか、以前にもましてハイテンションである。


「あら? まだ結論は出ていませんでしたのね? では、私もジャッジに参加できるのかしら? 最近どうも楽しい話が足りなくて……うふっ、アガタさんには期待していますのよ? どう? その後の調子はいかがかしら?」


「努力は……まだ二日目です……」


 昨日の今日なのに、調子もくそもない。


「あら? そうだったかしら?」


 マダム・フルールはカレンダーを確かめた。

 本当に、このマダムがジャン‐ルイ憧れのすごいソーサリエだということが信じられない。


「え? アガタさん、お菓子泥棒なんですって? まぁ……マカロン? ダメよ、マカロンよりもここはモンブランが美味しいの! それにね、エクレアも……」


「が、学長。今回のジャッジはケーキの品評ではございません。アガタ・ブラウンの処罰を……」


 モエが気を取り直し、眼鏡を直し、延々と説明し始めた。


「え? そうじゃない……。え? アガタさん、パスを盗んだの! なんと、中央エリアに侵入したの!」


 マダム・フルールは、大げさに驚いて見せた。

 気を取り直したモエが、更に事細かに報告書を読んだ。

 それは、アガサから細かく事情徴収したものだったが、図書館のことだけはアガサは話していなかった。

 ファビアンに迷惑が及んだら嫌だったからだ。

 あとは、正直に答えていた。


「それは……大問題ですわ」


 マダム・フルールは気落ちしたようにため息をついて、モエが座るべき椅子に深く腰を下ろした。


「ダンスを踊っただけで、代謝量と体のバランスを計り違えるなんて、やっぱり新しいシステムを開発すべきなのね……。ねえ、エアリア?」


「御意」


 エアリアは深く頭を下げた。

 しかし、モエの眼鏡は再び鼻から落ちていた。



 マダム・フルールのテンポでは、アガサの罰は決まりそうにない。

 モエは今までのいきさつを、汗を拭き吹き、一気に説明した。


「いかがです? 学長。これでアガタ・ブラウンの罪は明らかでございましょう!」


 マダム・フルールは、こくりとうなずいた。


「罪は罪です。で、アガタさん。本当はどっち?」


 やっと話が元に戻った。


「私が盗みました」


 アガサははっきりと答えた。

 ジャン‐ルイが痛そうな顔をしたけれど、彼を総監の座から引きずり落とすわけにはいかない。


「あら? そうなの?」


 マダム・フルールは不思議そうな顔をした。その答えは意外だったようだ。

 マダムの目がジャン‐ルイを見つめたとき、彼は恥ずかしそうに目を伏せた。


(ジャンジャンって、実はマダムのことを好きなのかも?)


 などと、考えてしまったアガサには、実は彼の計画をメチャクチャにしているとは思いも寄らなかった。


 この学校に1年以上いる者であれば、マダム・フルールが公正である、などと思っている者は誰もいない。彼女の基準は、常に好きか嫌いか? なのだ。 

 ジャン‐ルイに甘いマダム・フルールが、彼から生徒総監の地位を奪うことは考えられない。せいぜい謹慎だろう。

 それを計算しての、ジャン‐ルイの一芝居だったのである。


「では、私は学長として、アガタ・ブラウンに三日間の学生牢行きを命じなくてはいけませんわね」


「が、学長! それは甘すぎ……」


 モエの抗議に、マダム・フルールは微笑んだ。


「私の楽しみですからねぇ。どうせ一ヵ月後には、出て行くアガタさんですもの。それくらいは恩赦ですわ」


 がっくりと肩を落とすモエ。

 しかし、意外な存在が意義を申し立てた。


「やだー! やだー! おいら、学生牢に入るくらいなら、死んだほうがましだぁ!」


 なんと、あれだけ退学を恐れていたフレイだった。

 マダム・フルールが指を鳴らすと、フレイとアガサを縛っていた縄がぱらりと落ちた。


「ダメです。フレイ。罪は罪、ちゃんとあがなうのですよ。アガタさんもです。パスを盗んだ罪、勝手に禁断の中央エリアに忍び込んだ罪、嘘をついた罪で、合計三日間、学生牢に入るのです」


「マダム・フルール! アガタの嘘は濡れ衣です!」


 ジャン‐ルイの叫びに、マダムは微笑んだ。


「あら? そうかしら? アガタさん、あなたには、もう一人かばいたい人がいるらしいけれど、それは特別に不問にしましょう。学生牢で帳消しにいたしましょうね」


 そういうと、マダム・フルールは再び突風と共に姿を消してしまった。

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