学校で一番問題の場所

学校で一番問題の場所・1


 アガサには、フレイの気持ちがわからなかった。

 てっきり、ジャン‐ルイに迷惑をかけたくないから、


「学生牢に行くぐらいならば、退学を選んで死ぬ」


 という覚悟だったのだと思っていたのだが、どうも、フレイは本当に学生牢が嫌だったらしい。

 学生牢は、ソーサリエの学校の地下にある。かなり急な石段を、延々と下ることになったのだが、フレイは無口で飛び回ることもなく、ぐったりとアガサの肩に止まったままだった。


「でも、死ぬわけじゃないもん。三日こらえれば済むんだから、退学よりもずっといいじゃない?」


 連れられて地下に降りていく道すがら、明るくアガサは笑って見せた。


「それはさー! アガサが学生牢を知らないから!」


 とフレイが言ったところで、現場に着いた。


「さあ、ここです」


 モエが指し示した部屋に、アガサは足を踏み入れた。


 ガシャン! と鍵が掛かる。


 薄暗い空間ではあるけれど、堪えられないほどでもない。

 いったいどこから水漏れしたのか、低い天井から水滴が、ぽたんぽたん……と音をたてて床に落ちているが、じめじめしていて気持ち悪いほどでもない。

 それどころか、壁には白いインクで目立つように落書きが書かれていて、とても面白かった。

 一目でモエバーだとわかるイラスト。目の中に星を入れたマダム・フルール。そして、数々のメッセージ。


【もっとうまい物食わせろ! ばーか!】

【おまえこそバーカ! 中央食堂へ行けないヤツは死ね!】

【死ねとは何だ! アーホ!】


 なんと英語で書かれている文字もあり、アガサは驚いた。


 ――そうか、ソーサリエたちは精霊文字なんかより、やはり生まれ育った母国語のほうが、本音を書きやすいんだわ。


 アガサはほっとした。

 精霊の言葉に慣れていないのは、自分だけではない。慣れている人だって、やはり使い慣れた言葉が好き。

 精霊と話すには精霊の言葉が必要だけど、精霊抜きだったら……。

 アガサはふっと考えた。


(ファビアンは英語を話すのかな?)


 ファビアンはフランスから来たという話だ。では、英語は無理かも知れない。

 いやいや、彼は四大精霊語をマスターしているのだ。英語なんて、ちょろいちょろい。おそらく、たぶん、きっと……間違いなく。


「ねーさん、何をにたにたしているのさ! この人生最大の危機に!」

 

 フレイが肩の上であきれ果てている。

 いけない、いけない。アガサは舌をぺろりと出して、肩をすくめた。

 フレイはアガサの考えていることを、時々読んでしまうのだ。すくめられた肩の上で、フレイはコテンとひっくり返り、慌てて飛び上がった。

 アガサは微笑んで、フレイの真似をしてターンをして見せた。あの時散々練習させられたターンである。


「なーんも! たいしたことないじゃない、学生牢なんて。あのモエの部屋に比べたら、まし……」


 そのとたん、アガサの足元の床が抜けた。


「ひえっ!」


 アガサは慌てて飛び避けた。すると、次の床も抜けた。

 床材が落ちた後は、真っ青な青空が見え、空気が吹き込んできた。

 アガサは驚いて、再び一歩足をずらそうとしたら……そこも抜け落ちた。


「ひゃあああ、何よ! これ!」


「だから! 学生牢だってばさ!」



 学士牢は、一番下層に存在していた。

 つまり、天空の一番崩れやすいところにあるのだ。しかも、毎日少しずつ落下している。

 かなり危険な場所ではあるが、ソーサリエならば誰でも空中に浮かぶ力を持っているので、精霊がいる限り、スリルはあったとしても命は落とさない。

 だが、アガサの場合は体を浮かせる力がない。牢の床材がすべて落ちたとしたら、まっさかさまである。

 アガサが死ねば、フレイも死ぬ。


「だから、退学のほうがましだっていっただろ! 退学だったら、おいらが死んでも、ねーさんは下界で強く生きていけるんだからな!」


「バカバカ! フレイのバカ! 説明が遅すぎるのよ! いつもいつも!」


 と、罪のなすりあいをしても、もう遅いのだ。


「モエバーのヤツ! 一番崩れやすい部屋をあてがったなぁー!」


 フレイが悲鳴のような声で怒鳴った。

 その瞬間、ついでに天井まで落ちて来て、危うくアガサはぺちゃんこになるところだった。


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