不当な裁判・3


 4つの罪状では、退学は免れられない。

 不敬罪と偽証罪は、かなり怪しいものではあるが、しっかりとモエ自身が聞き及んでいる。

 今のは卑怯だ! という叫び声が上がったが、モエが一睨みして、


「誰か、不敬罪に問われたいのですか?」


 の一言で、静まり返ってしまった。


 万事休す……。

 誰もがそう思った。


 あわれ、アガサは授業のひとつも受けることなく、たった一夜で学校を退学になるのだ。

 しかし、ジャン‐ルイは落ち着き払っていた。アガサの肩に軽く手を置き、一度だけアガサを見て微笑んだ。

 その笑顔の意味がつかめなかった。


「アガタは、別に僕のパスを盗んでなんかいません。僕が、貸してあげて返してもらうのを忘れてしまったんです」


 突然のジャン‐ルイの爆弾発言に、モエの眼鏡はズレ落ちてしまった。

 アガサも驚いて、ジャン‐ルイの顔をまじまじと見てしまった。

 ドアの向うで、イミコがボロボロ泣き出していた。


「あ、あ、あなた! 生徒総監でありながら……そ、そんなとんでもない嘘を!」


「嘘じゃありません。本当です」


 モエは眼鏡をかけなおそうとしたが、どうも手が震えてしまい、ついに諦めて机の上においた。


「そ、そ、それが本当ならば、あなたにも罰を与えなければなりません」


 モエは慌てて、書類を広げ始めた。


「そんなの! 嘘です!」


 アガサは後先考えず、思わず叫んでいた。

 

 アガサは焦った。

 こんな私を救うために、ジャンジャンはとんでもないことをしようとしている!

 もう充分にひどいことをしたのに、これ以上の迷惑なんかかけられない!


「アガタ。僕をかばわなくてもいいんだ。僕は、昨日の夜、君に自慢したくてパスを見せたよね? で、君はそれを手に持ってみたいって……。その後、つい、話が弾みすぎて、僕は返してもらうのを忘れてしまった……」


「そ、そんな……」


 アガサにそういいながら、ジャン‐ルイはウインクを繰り返す。話をあわせろ! ということだ。

 でも、合わせるにはあまりにもひどい作り話だ。


「僕は……その後のことは、よく知らない。食事の話で盛り上がっていたから、出来心で食堂を見学してみたかったのかな? それとも……君は学校に来たばかりだから、もしかして、僕にパスを返そうとして、道に迷っただけなんじゃないのかい?」


 その言い分にうなずいたら……アガサの罪は軽くなる。自室謹慎程度で済む。

 道に迷っただけが通ったら……もしかしたら、無罪になるかも知れない。


 でも。

 そんなの、まずいよ! いくらなんでも!


「あ、あった! ホール・パスをむやみに人に貸すことを禁ず。パスを持つ者は、責任を持って管理する義務がある……うんぬん」


 モエが再び眼鏡をかけた。


「ジャン‐ルイ・ド・ヴァンセンヌは、管理能力の欠如により生徒総監の権利を剥奪し、禁止事項を破ったことにより、一週間の自室謹慎に処す……でも、だからと言って、アガタ・ブラウンの罪がなくなるわけではありませんからね! 彼女は、一週間の学生牢行きです!」


 パタンと書類をとじ、モエはギッとアガサを睨んだ。


「さあ、アガタ・ブラウン! 真相はどちらなんです!」


 アガサは悩んでしまった。

 絶対にジャン‐ルイに罪を擦り付けたくはない。

 でも、アガサが退学になると、フレイは死ぬことになる。

 ささやくような声で、ジャン‐ルイが言った。


「いいんだよ」


 自室謹慎くらいなら……と、アガサは甘えようか? と思った。

 でも、ドアの向うから聞こえてきた声援が、痛かった。

 ジャン‐ルイは、生徒総監として、みんなに必要な存在なのだ。


 どうしたらいい? アガサ……。

 退学にはなりたくはない。

 でも、ジャンジャンに汚名を着せても平気なの?


 その時、フレイの言葉がアガサに届いた。


「バカヤロー! 学生牢に入るくらいなら、死んだほうがましだ!」


 その一言で、アガサの覚悟は決まった。


 フレイは……これ以上ジャンジャンに迷惑をかけてまで、生きていたくないんだわ。

 私たち、運命共同体だもの!

 私だって! もう、我慢がならない。

 コソドロしておいて、被害者にかばわれて助かるなんて!

 退学になったって、人に罪を擦りつけるわけにはいかないわ!


 アガサは息を吸って吐き出した。


「私は!」


 そこまで言ったとたん、突然部屋に突風が吹き荒れた。


「ひゃあああああ!」


 モエの悲鳴が響いた。

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