不当な裁判

不当な裁判・1


 ケーキ泥棒の現行犯で捕まったアガサは、その夜のうちにモエの元へと引っ立てられ、縛られたまま、部屋の隅で寝る羽目になった。

 散々、自分の不幸を呪ったアガサであったが、一夜の激しい運動量のために熟睡してしまい、翌朝はすっきりと目が覚めた。

 モエが、シャワーを許してくれたときは、アガサは感激した。

 皆が言うほど、モエは悪い人じゃないのかも? などとも思った。

 とはいえ、アガサのその後も、すっきりさわやか……であるとは限らない。モエの敏感な鼻が、アガサの汗の臭いに耐え切れなったから……なんてことは、アガサには思いあたらなかったのである。

 早朝一番に、イミコがやってきて、アガサの新しい着替えを持ってきてくれた。学校から支給された服で、アガサにぴったりである。

 しかし、イミコとの面会は許されなかった。

 もしも、イミコと会っていたら、アガサは心が痛んだことだろう。イミコは心配で夜も眠れず、徹夜で神様・仏様に祈っていたのである。

 目が充血していて、火を吹くかと思うほどだった。



 アガサは事細かな取調べを受けた。

 フレイがびっくりするほど、アガサは素直に質問に答えた。

 なんと、丁寧にダンスのステップまでも披露した。だが、途中でフレイは叫んだ。


「チガー! ねーさん、そこはツーステップだっつーの!」


 モエはその様子をつぶさに見て、【運動神経今ひとつ】と書き綴った。


「で? なぜ、図書館では何を盗んだのです?」


「何も盗んでいません。本を読もうと思っただけです。でも、水のソーサリエたちが見回りしていて、フレイが爆発しそうのなったので、慌てて逃げ帰ったんです」


 そう言いながら……アガサは、ファビアンとの出会いを思い出していた。

 ここで彼の名前なんか出して、かばってもらったことなんか言ってしまうと……。きっと彼にも迷惑が及ぶに違いない。

 モエは尋問した内容をきりきりきり……と、ペンで書き綴った。

 どう見ても、アガサの白状した内容よりも書く文章が長く感じる。


「なんだか、モエの創作の臭いがするぜ……」


 フレイがヨロヨロしながらつぶやいた。



「さて、アガタ・ブラウン。罪状を読み上げます」


 モエが、こほんと咳をする。そして、眼鏡を三度ほど持ち上げた。

 その視線の先に、すっきり綺麗になってはいたが、再び縛られたアガサがいた。

 さらに、フレイも縛られている。

 通常、精霊は縛られたとしても羽を動かすことができ、宙に浮いているものであるが、フレイは力なくぶらぶらとアガサにぶら下がっているだけだった。

 ソーサリエがシャワーを浴びてもお風呂に浸かっても、通常、精霊を弱らせることにはならないのだが、これだけ弱っているフレイにはきつかった。アガサの乾ききっていない髪が、フレイに湿気を与えていたからである。

 こういう意地悪なところも、モエバーならでは……なのであった。しかも、立ちっぱなしのアガサを尻目に、時間を使えるだけ使うのであった。

 再びこほんと咳をして、やっとモエは罪状を読み上げはじめた。


「アガタ・ブラウンは、火のソーサリエの食堂で出される食事に文句をつけたうえ、食堂で人々を扇動した。そうですね?」


 これには、アガサは目を丸くした。

 確かに昨夜、ジャン‐ルイの演説に誰もが拍手し、アガサも感激したのは事実である。


「いえ、あの……そんなことは」


「では、食事は満足できたのですね?」


 再び眼鏡を持ち上げて、鋭い瞳でモエが質問する。


「いえ、まずかった……」


「有罪!」


 アガサが有無を言わないうちに、モエは書類に判を押した。


「アガタ・ブラウンは、ジャン‐ルイ・ド・ヴァンセンヌから精霊を使ってホール・パスを盗み出した。まさに、親切に対して裏切りを持って答えた。そうですね?」


「あの……でも……」


 これは真実であり、アガサは否定しきれない。


「有罪!」


 ふたたび、モエは書類に判を押した。


「ねーさん、まずいよ……。判ひとつで自室謹慎。ふたつで学士牢。三つ揃えば、下手すると退学だ」


 フレイが力なく呟いた。

 このままでは、学生牢、いや、退学の危機だ。

 アガサは焦った。

 アガサが退学になれば、フレイとはお別れである。そして、ソーサリエを失ったフレイは、死んで火に戻るしかない。

 しかも、アガサを導いた罪により、千年も復活できないのだ。

 もうひとつ判を押されれば、危険だ。

 でも、現行犯で捕まったお菓子泥棒は、どう考えても覆すわけにはいかない。

 願わくは、判3つであっても、最初の【扇動】が罪とは言いにくいと判断されること。学生牢行きでおさまれば……。

 アガサは、祈る気持ちでいっぱいになった。

 しかし、モエは眼鏡を3回持ち上げて口元で微笑んで見せた。


「アガタ・ブラウンは、パスを不正に使い、食堂に忍び込んだ。ケーキを食べるという目的だけではなく、最初に扇動した生徒たちの斥候として忍び込み、後に大きな事件を起こそうとたくらんだ。そうですね?」


 さすがの言いがかりに、アガサは大声で否定した。


「そんなバカなこと! 私、考えていません!」


「ほう? 今の罪状をすべて否認するのですか?」


「はい! 否認します!」


 アガサがはっきり言ったとたん、モエはにやりと笑った。


「有罪! 有罪! 有罪!」


 ぽんぽんぽん! 三つも続けてモエは判を押した。


「なぜ!」


 アガサが髪の毛を逆立てて抗議すると、モエは一枚の写真を取り出した。

 アガサがマカロン型防犯装置をくわえて御用となっている瞬間の写真である。

 恥ずかしいタイツかぶりの、唐草マントの、あの姿である。

 アガサは思わずよろめいてしまった。


「これが明らかな証拠です! お菓子を盗もうとした罪! 事件を企てた罪! そして、これらをこの場で否定した偽証罪!」


 まんまとはめられてしまった。


 すべてを否認……としてしまったことで、アガサは偽証罪にまでなってしまった。

 プロフェッスール・モエの人気のなさを、今更知ってももう遅い。

 アガサは、キリキリと歯噛みした。

 その様子を見て、モエバーは最上の微笑みをたたえた。まさに意地悪が顔いっぱいに浮かんだ瞬間である。


「よって、判6つ! 学長に報告するまでもなく、アガタ・ブラウンを退学処分します!」


 アガサとフレイに、人生最大の危機が訪れようとしていた。


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