アガサ、忍びの者となる・3


 中央エリアの入り口には魔法が掛かっていて、ホール・パスを持っていない者ははじかれることになっている。

 別に何気ない通路の繋ぎ目なのであるが、1・2年生には禁断の地なのだ。

 アガサはそのまま通りぬけようとして……見事に弾き飛ばされた。

 ゴムの壁にぶつかったように、びょーんと跳ね返り、床に転げたとたんに、再びオシリをぶつけた。


「い、いったーい! いったいどうしてよ!」


 人がいなくてよかった。

 意を決して再チャレンジ! しかし結果は同じだった。

 アガサは腹を立てて、何度も何度も立ち向かった。が、その度にオシリを打つことになった。


「背だよ! 背の高さだ! ジャンジャンとアガタじゃ、大きさが違いすぎるから、はじかれたんだ!」


 フレイが、思い出したぞ! とばかりに叫んだ。

 中央エリアの入り口には、パスを持っているだけで通れるのではなく、瞬時にパスの持ち主とパスを照合する魔法がかかっているのだ。


「……じゃあ、初めから無理じゃない? この計画」


 アガサはむくれた。


「そういうことなんだけどさー。悪いな、ねーさん。計画練ったときは、忘れていたんだから、仕方ねーだろ?」


 フレイはひらひら飛びまわりながら、開き直っている。


 せっかくここまで来たのに。

 アガサは、通路の向こう側を覗き込んだ。

 向こう側はやや天井がこちらよりも高くなっていてるらしい。暗くてよく見えないが。

 うっすらと見える範囲だけでいえば、こちらのどっしりとした作りよりも、あらゆるところに細かな彫刻が施されているらしい。陰影が複雑に見える。

 もう、引き返すしかないのかな?


 まるで、おとぎの世界のようだ。

 アガサが踏み込むことができない異世界のよう……。



「ねーさん! いい方法を思いついたぜ!」


 いきなりのフレイの言葉に、アガサは我に帰った。


「え? えええ? どんな方法?」


 フレイは床に着地した。その姿をよく見るために、アガサも這いつくばって鼻先をフレイに向けた。


「えへん! いいか、ねーさん。ようは体を大きく見せればいいんだろ? おいらが見本を見せるからな!」


 そういうと、フレイはいきなり踊り出した。


 ずんちゃちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃちゃ……。


「な、なにそれ?」


 鼻先で踊られて、アガサはあきれた。


「何って、踊るとほら! 体が大きく見えるだろ? そして最後はジャンプ!」


 バレエのような高いジャンプを見せて、フレイは最後にポーズを取った。

 ……確かに、両手を広げて大きくジャンプし、しかも足も大きく開いていれば、背が高いと勘違いされるかもしれない。

 でも……。


「でもはない! ほら、立って立って! 練習練習!」


 フレイに促されて、アガサは立ち上がり、フレイの踊りを見よう見まねでやってみた。


 ずんちゃちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃちゃ……。


「ねーさん、そこで大きく手を広げて、はい、ツーステップ・ツーステップ・ターンしてポーズ。すぐ、タタタ、タタタ、そこでターン」


 なぜ、ジャンプして通るだけではなくて、ツーステップまでするのだろう? と思いつつ、アガサは汗を流してがんばった。


「あーねーさん、右手と右足両方出てる! 違う、そこは右、次は左、そこで休まない、すぐ、タタタ、タタタ、そしてジャンプ!」


 アガサは、どうも踊りは得意ではないようである。足がこんがらがって倒れること3回、その度にオシリを打つ。

 フレイの指導は厳しかった。

 へとへとになって、どうにか振りを覚えて、ちゃんと踊れるようになるまで、かなりの時間を費やした。


「はい、本番は最後のジャンプで向うに飛ぶ! OK?」


「OK……だけど」


 今までの踊りはなんだったの? と聞きたい。


 ずんちゃちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃちゃ……。

 

 ジャンプを決めたとたん、アガサは向うへと渡っていた。

 ……だから、汗だくになって、息も切れ切れになっていても。

 フレイのアイデアを褒め称えよう。


 汗だくになったアガサは、時間を気にして小走りに移動した。

 朝までに本を一冊読みきらなければならない。そして、ジャン‐ルイにパスを返さなければならない。

 それなのに、図書館への道のりは遠かった。

 やっと、木製の大きな扉の前にたどり着いたとき、アガサはへたり込んでしまった。

 鼻の下のタイツが汗で湿っている。一度ほどいて汗をしぼり、再びぎゅぎゅっと絞めなおす。


 気合は十分。

 アガサは、扉をそっと開けた。

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