入学試験・3
アガサは、ソーサリエなどではなかった。
アガサの家族にも祖先にも、ソーサリエなどいなかった。
――つまり、どうやらフレイが何か勘違いして、私が生まれたときに私に付いちゃったってこと?
で、私に散々普通じゃないことをさせてしまっていたってこと?
今まで起こしてくれた大騒動や、アガサにかけた迷惑の数々を思い出すと、フレイの間違いは人間一人の人生を狂わせるほどの大罪だといえる。
でも……。
アガサは、小さな頃から火の精霊と過ごしてきたのだ。
返事はもらえなかったけれど、何度も話しかけてきたし、何度もお友達になろうと思った。
むしろ、アガサが変人と思われた理由は、諦めきれずに何度も火の精霊と話をしようと試みた結果なのだ。
物心ついた時から、フレイはアガサの側にいた。
アガサにとって、フレイがいることは当たり前なのだ。
それに……。
――フレイは、私を火事の中から救ってくれた。今度は私が彼を救う番だわ!
アガサは気合を入れた。
「あんまりです!」
思いのほか大きな声になって、アガサは自分でも驚いた。が、ここでひいてはいられない。
「今までの私の苦労って何? 変わり者扱いされて、私の居場所なんかどこにもなかった! そして、ここに連れてこられたとたん、今度は、『あなたは普通の人ですから』ですって? そんなのあんまりです!」
アガサは髪の毛を逆立てるほどの勢いでまくし立てた。
マダム・フルールは涙目になった。が、実はあくびをかみ殺したかららしい。
「まぁ、おきてしまったことですから。アガタさん、後ろ向きに考えるのは健康にも美容にもよくないことですよ」
「私は、アガサです! ちゃんとTHぐらい発音してください!」
マダムの眉がピクリと痙攣したのを、アガサは身逃がさなかった。
どうやらマダム・フルールは、外国語の発音が苦手な口らしい。それを指摘されるのは、どうもかなり嫌いなことのようだ。
「まぁ、あなたはすぐに下界に戻って普通の女の子になるのですから、今更怒っても仕方がないでしょう?」
「冗談! 私はフレイに、この学校に入学して勉強する義務があると、はっきり言われたわ!」
「ですから、それは間違いです。フレイには厳重な処罰を……」
マダムの言葉を遮って、アガサは叫んだ。
「私、フレイの処罰なんて望んでいません! それに私、普通の女の子じゃありません。変人なんです! 今更、普通の女の子なんてなれるもんですか! ちゃんと落とし前、つけてください!」
アガサの目は赤くて釣っている。
実は、それほどきつい性格ではないのだが、見かけはけっこうきつく見える。
さすがのマダム・フルールも、アガサの語気に身を引いた。
「お願いですから、私の入学を認めてください!」
マダム・フルールは、よろよろと後ずさりした。そしてついに、机に体を預けてしまった。
「ああ、ひどいわ。THの発音を、こんな小娘に指摘されるなんて……」
涙目に白いハンカチを取り出し、チーンと勢いよく鼻をかむ。
「いえ、THじゃなく、私は……」
アガサはなんだかめまいがしてきた。
どうも、マダム・フルールと自分では、やや感覚にズレがあるらしい。
「マドモアゼル。ソーサリエには、99%の努力が必要ですが、それも1%の能力があってのことなのです。100%の努力でなせるほど簡単なものではありません」
鼻がむずむずするのか、マダム・フルールはやや上を向いて、フゴフゴと話した。
「ア、アガタで結構です」
マドモアゼルという言葉が、どうも自分に似合わなくて、アガサはやむなく譲歩した。
「あなたの譲歩に感謝いたしますわ」
マダム・フルールは、机の引き出しから薬らしきものを出して、鼻をシュパシュパした。
「私、どうもTHを発音すると、鼻がもぞもぞしますのよ」
「は、はぁ……」
アガサは言葉を合わせながらも、内心はこう思った。
(一度もTHを発音していないじゃない!)
マダム・フルールは、そのことには何も触れずに再び風の精霊に命令した。
「それでは、エアリア。お願い」
風の精霊が、再びアガサに近寄った。アガサは慌ててその場から飛びのきながら怒鳴った。
「マダム! 私、帰りません! フレイと一緒にここで100%、いえ、120%努力します!」
あまりにも大きな声だったので、風の精霊エアリアは驚いてしまい、つむじ風にまかれたかと思うと、掌サイズになってしまった。
それにはさすがのマダムも、今度こそ本当に驚いたらしい。
「まあ、驚き! あなたって結構根性がありそうね」
髪の毛を火のように逆立て、つり目をますますつり上げて、仁王立ちになって、アガサは宣言した。
「能力不足は根性でまかないます!」
マダム・フルールは、慈悲・慈悲・慈悲という笑顔を見せると、ぱちんと指を鳴らした。
その瞬間、どうしたらいいのかわからずにうろうろしていた風の精の姿が消えた。
「わかりました。あなたとフレイに特別にチャンスを与えましょう」
その時、フレイはろうそくの火の中で、ぼんやり消えゆく自分の未来を思って憂鬱になっていた。
しかし、マダム・フルールの一言を聞いて、俄然元気を取り戻して、ろうそくから飛び出してきた。
再びアガサの周りを一回りして、肩に止まると囁いた。
「アガタ、ありがとう。大好きだよ」
ほっぺに、ちゅっ!
それは、フレイにしてみると、心をこめたキスだったに違いない。が……。
「きゃー! 何するのよ!」
ものすごい勢いで、アガサは手でフレイを払った。
不意をつかれたフレイは、勢いよく飛んでいって、壁にぶつかり、ベチョ! と、惨めな音を立てた。
「ひ、ひ、ひどい! おいらの心をこめたくちづけを!」
傷心のまま、フレイは大声でひいひい叫んだ。
「ご、ごめん、だって、熱かったんだもの!」
アガサは慌てて弁解した。
そう、ちょうど頬にマッチを押し付けられたようなものだったのだ。反射的に手を出しても仕方がない。
マダム・フルールはその様子を見て、くくくと笑った。
「あなたの【根性】で、それがどうにかなるものなのかしら?」
どうやら、チャンスというものは入学を許可するというよりも、マダム・フルールのお遊び的要素のほうが強いらしい。
「それで! 何をすればいいんですか!」
やけくそになって、アガサが叫ぶ。
マダム・フルールは、まるで何も聞こえなかったように、フレイがいたろうそくの火を消した。
「火の精霊使いならば簡単なこと。このろうそくに火をつければいいのです。つけられましたら、あなたの入学を許可しましょう」
まだ、煙が上がっているろうそくをマダム・フルールはそっと持ち上げた。
アガサは、大きく息をすった。
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