5 別れ
すっかり、日も暮れたころ。
もつれる足を必死で動かしながら、ようやく代官の家からの脱出に成功した。
……こ、腰が……廃人にされるところだった。マジで。
代官の家の周りには村人が集まっており、俺の様子を見てどよめきが起こった。
どうやら外から見守っていたようだ。代官を心配していたのだろう。
「おいっ、大丈夫か!? 何があった!?」
俺の様子を見たガイスカが駆け寄り、支えてくれた。
「……大丈夫だ。少し調査が難航して魔力を使いすぎただけだ。それより、代官どのは治療できるぞ」
さすがに出しすぎて腰が抜けたとは言えない。
だが、この言葉を聞いた村人たちから歓声が上がった。代官は慕われていたようだ。
「アラウネの根にサフランを少量加えた溶液を塗るんだ。薄めたものを代官どのに飲ませるのも良いだろう。アラウネが枯れたら念入りに取り除き、治癒魔法をかけ続ければ良くなる。いいか、必ず取り除いたあとに治癒魔法だ」
ナンナは『元通りにはならない』と言っていたが、それは伝える必要はない。
回復はするのだ。
「それから、森の奥には近づくな。アラウネの自生地だ。アラウネは種だけではなく花にも毒がある。重ねて言うが森の奥には近づくな。今回の被害者が1人だったのは運がよかっただけだ」
この警告に村人たちは息を飲む。
自分達の生活圏に危険が潜んでいると知り、驚いているようだ。
「……なぜ、そこまで助けてくれるんだ? 失礼だが、よそ者のアンタたちが――」
少し遠慮がちにガイスカが尋ねてきた。
のちに聞いた話だが、この時、俺の見た目は相当ボロボロだったらしい。
髪の毛も一部が白くなり、メッシュみたいになってたようだ。小人責め怖すぎだろ。
「そんな大袈裟な話じゃない。村に泊めてもらったからな、それだけさ」
さすがに身内の不始末でしたとは言えない。
適当にお茶を濁したのだが、これが村人たちの琴線に触れたようだ。
しきりに「たったそれだけで」とか「俺たちは追い返そうとしたのに」などとどよめいている。中にはすすり泣きをする者もいるようだ。
……うわ、なんか申し訳ないな。
こちらはこちらでいたたまれない気分になってきた。
「エステバンさん、のちほど改めて礼をさせてほしい。今は治癒士に見てもらってくれ」
どうやら俺は、ガイスカの中で『アンタ』から『エステバンさん』に昇格したようだ。
このまま、俺はシェイラに付き添われフェードアウト。
治癒士の爺さんに治癒魔法を受けたのち、納屋で体を休めた。
だが、村人たちは遅くまで話し合い、翌日に『村からのお礼』として人別標なるものを頂戴した。
これはナバーロ国の身分証明書にあたるもので、俺とシェイラはこれを身につければ開拓村ゲラの住民として扱われる。
つまりナバーロ国の国民として行動できるわけだが、問題を起こせば開拓村に迷惑がかかるため、よそ者に渡すことはまずないそうだ。
その大切な人別標をくれた――その誠意のほどは痛いほど伝わった。
そして、翌朝。
俺たちは開拓村の皆に見送られて旅立つことになる。
――――――
その後、森の深部
「本当にいっちゃうのか?」
「うん、アイナがいなくなったら、この里ではボクが1番年上なんだ。だから、この子たちの面倒をみなきゃ」
シェイラがレーレを引き留めようとしているが、レーレの決意は固いようだ。
「いままでありがと。シェイラ、エステバン、楽しかった。すごくね、楽しかった」
「ああ、俺も楽しかった」
レーレが笑い、俺もつられて笑う。
だが、シェイラはメソメソと泣き出した。
「泣かないでシェイラ。ボクらは冒険者でしょ、笑ってお別れしよう」
「……うん、うん……楽しかった。レーレと一緒にいたのは楽しかったぞ!」
シェイラもレーレに促され、別れを告げる。
さすがに笑ってお別れとはいかないようだが、自分で別れを告げたのだ。
「じゃあね、2人とも!」
レーレはシェイラから飛び下り、そのまま
身を隠すリリパットの魔法だろう。
『バイバイ』
風が、姿の見えぬレーレの言葉を運んでくれた。
あまりに素っ気ない、だがレーレらしい別れの言葉だ。
「ぶおーん、おん、おんっ、エステバン、レーレが……レーレが行っちゃった! 一緒にいたいっ! お別れしたくないぞっ! ぶおーん、おん、おんっ」
シェイラが、堰を切ったように大泣きした。
レーレの前では我慢していたであろう感情があふれだしたようだ。
……泣けばいいさ。親友だったんだから。
俺は、そっとシェイラを抱き寄せる。
静かな森に、泣き声だけが響き渡った。
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