4 リリパッツさん
「ナンナ! なにやってるんだよっ!」
レーレが大声で代官に呼び掛ける。
すると、代官の後ろ
「よっすー、レーレじゃん」
ナンナとよばれたリリパットはレーレとは違い長い黒髪だ。
だが、なんとなく雰囲気は似ている。
「よっすー、じゃないよっ! この人にこんなことしちゃダメじゃないかっ! こんなのボクらのやりかたじゃないよっ!!」
レーレの怒りようは凄まじく「みんなも何してるんだ!」と部屋のすみを叱りつけた。
「レーレ怒ってるねー」
「あはは、怒りんぼだ」
すると、今まで視界に入らなかったが、そこかしこでリリパットが姿を現した。
……うげっ、わりといるな。
なんらかの魔法で気配を消していたのだろうか……部屋のすみや椅子の影からうじゃうじゃとリリパットの群れが声をあげる。
「怒るに決まってるじゃないか! 人間をダメにして、その人の家に
どうやらリリパットたちは代官の家を住家にしていたらしい。
廃人にした上に家まで乗っとるとは、さすがの俺もドン引きだ。
それにしても、次から次とみるみる内に数が増える。
こう数が多いと、はっきり言って不気味だ。
怪しげな虫の巣に放り込まれたような不安感で落ち着けない。
「でもさー、コイツが悪いんだよ」
「きゃはは、コイツが悪いね」
「そうそう。悪いヤツだからねー、あはは」
リリパットたちが甲高い声で一斉に喋りだす。
不気味を通り越して怖い。
「いっぺんに話さないでよっ! ナンナ、どうしてこんなことするのっ!?」
レーレがナンナを問いつめる。
端から見れば、俺と代官が向き合って会話をしているように見えることだろう。
他のリリパットたちは相変わらずキャアキャア騒いでいるが、こちらは無視することにしたようだ。
「レーレ、落ち着きなよ。コイツはね、悪いやつなんだ」
ナンナは代官の耳から出るアラウネの根を引っ張りながら吐き捨てた。
まだ痛覚があるのか、代官は「ぎひいい」と泡を吹く。
「そう、悪いやつだよ!」
「悪いやつさ!」
周りのリリパットも代官に群がり、蹴飛ばしたり噛みついたりしている。
小さな生き物がウジャウジャとたかる姿には生理的な嫌悪感がある。
俺の背筋を冷たい汗が伝った。
「ちょっとちょっと、悪いやつじゃわかんないよ! この人は何をやったのさ!?」
レーレが何度も同じ質問を繰り返している。
どうやらリリパットにも知性というか、思考力の差があるようだ。
……ふむ、レーレとナンナだけ少し雰囲気が違うな。
この二人からは十分な知性を感じるが、他のリリパットはそうでもない。
「こいつはね、森の住み家に火をつけたんだ。それに――」
「ルンナを踏んづけたんだっ!」
「殺しちゃったんだよー」
ナンナが口火を切ると、他のリリパットたちも騒ぎだした。
もう収集がつかなくなってきている。
「少しまて、整理しよう」
これでは話が進まない。
少し怖いが、場を鎮めるために、口を挟むことにした。
「だれー?」
「ハンサムだね」
「レーレの彼氏だ!」
リリパットがキャイキャイ騒ぎ出したが気にしてはいけない。
「代官はリリパットの住家に火をつけた、その時に仲間を踏んづけて殺した――間違いないか?」
俺の質問にリリパットたちが「そうだそうだ」と口を揃える。
……なるほど、そういうわけか。
先ほどガイスカが『森で新たに開墾する土地を探していた』と言っていた。
恐らくは代官は森の深いところを少し拓いたのだ。
火をつけたというのは、虫除けのために火で燻したのかもしれないし、焼き畑の真似事かもしれない。
ただ、それが運悪くリリパットの生息域に重なった。
踏みつけて殺したのも気づいてない可能性が高い。
事実、俺はリリパットたちが隠れているときは全く知覚できてなかったのだから、代官が気づいてない可能性は十分だ。
そして、リリパットたちは代官に仕返しに来たわけだが――
「――村の女たちが運ぶ食べ物が目あてで居着いたってとこか」
順を追って整理すると、リリパットたちがコクコクと頷いている。
「レーレの彼氏は賢いね!」
「あはは、見せびらかしに帰って来たんだ」
「ずるいなー」
なんと言うか……リリパットたちが喜んでるが、イマイチ会話が成立していないような気がする。
だが、レーレは俺の話を聞き、何かしら感じるところがあったようだ。
「そうだ、アイナはいないの? アイナならこんなこと止めたはずなのに」
レーレがなにやら仲間の消息を尋ねると、ナンナが「死んじゃったよ」と平気な顔で答えた。
「アイナ死んじゃったよ」
「フクロウに食べられたんだ!」
「怖かったよ!」
リリパットたちの言葉を聞き、レーレが「そんなあ」と
どうやら頼れる友人を喪ったらしい。
フクロウに食べられたとは穏やかじゃないが、彼女らは森で捕食対象なのだろう。
……そういえば、初めてレーレと会ったときも、何かに食べられそうなのをシェイラが助けたんだったか。
しかし、人間には仕返しするのに、フクロウには仕返ししないのだろうか。
その辺りは色々あるんだろう。
「レーレはさっきから威張ってるけどさ、レーレのせいじゃん。年上のくせに1人でいなくなってさ、帰ってきたら文句ばかりだ」
「それは、そうだけど……」
ナンナの言葉にはトゲがある。
周囲のリリパットも「そうだそうだ」と同調した。
弱いところをつかれたのか、レーレの顔がくもる。
……ここは助け舟をだしたいが、どうしたものか。
俺はレーレたちの口論を見守りながら考えをまとめていく。
要はリリパットたちは人間がテリトリーを荒らしたことに怒っているのだ。
そこを何とかすればまとまるかもしれない。
「よし、少し聞いてくれ! こうしようじゃないか!」
俺は手を叩き、その場を鎮める。
「いつまでも人間の家に隠れているのは退屈だろ? この代官のアラウネを取ってくれたら、人間が森の奥を荒らさないように説得しよう。森に帰りたくないか? どうだ?」
こうした場合、お願いの形ではなく、強引でも力を貸すような口ぶりの方がうまくいくことがある。
弱味を見せないことが大切だ。
「たしかに退屈だよ」
「きゃはは、飽きたもんね」
「退屈! 退屈! 帰りたいよ!」
ナンナは何か言いたそうにしたが、周囲のリリパットたちが「帰りたい」と合唱し始めたので、口をつぐんだ。
「なんだかレーレの彼氏にのせられた気がするけど、まあいいよ」
ナンナは不満げな表情を見せたが、代官からピョンと俺の方に飛び移った。
「アラウネは酢に弱いから、根っこにね――」
ナンナはアラウネの除去の仕方を説明してくれるが、ここまで寄生されていると元通りになるかは怪しいらしい。
だが、アラウネを取り除き、治癒魔法をかけ続ければ良くなるそうだ。
「そうか、それなら良かった――って、なんだ!?」
気がついたらナンナだけでなく、大量のリリパットがびっしりと体にまとわりついていた。
「正直に言うとね、このオジサンはだらしないから、もう飽きてたんだ」
ナンナが俺の耳たぶを噛りながらささやいた。
「レーレの彼氏に遊んでもらおうよ」
ナンナの声を合図にして、リリパットたちが一斉に服の中に潜り込んできた。
これはマズイ気がする。
……ひょっとして、代官が廃人になったのは……
「ちょっと、ちょっと、さすがにこの人数はダメだよ!」
どこか遠くで、レーレの声が聞こえた。
■■■■
アラウネ
人の形をした根をもつと言われる奇草。
劇中では寄生植物としてクローズアップされているが、実際には寄生よりも綿毛のような種子を飛ばすことによる自生が多い。
人間の体内が発芽条件に適しており、特に頭部に寄生した場合、その成分により宿主の思考力を奪う。
この性質を利用し、リリパットは気に入った人間を住家に連れ帰り繁殖に利用することもある。
ちなみにアラクネというクモ型のモンスターもいるために、少し紛らわしい。
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