3 妖花アラウネ

 翌日



 俺たちは探索のふりをして森の中に踏み入った。

 目標はアラウネの確保だ。


 村人に寄生植物を実際に見せ、さも診察できるかのような素振りで代官に接触する。

 子供だましかもしれないが作戦は単純なほうがいい。


「えーっと、あった! これだね」


 森のかなり深いところで、レーレが声を上げるが、特に変わったものは見当たらない。


「どれだ?」

「これだよ。今のアラウネは花も実も無いから地味だね」


 たしかに地味だ。

 見た目はただの草……とても人間に寄生し、いいなりにするような禍々まがまがしさは感じられない。


 ……ふむ、まあ掘ってみるか。


 レーレいわく、アラウネは根っ子に特徴があるのだそうだ。

 傷つけないよう慎重に掘り出すと、不思議な形の根が姿を表した。


「こいつは触ってもいいのか?」

「大丈夫だよ。根っ子は乾燥させてからブドウ酒に漬け込むと薬になるって聞いたよ」


 恐る恐る手に取り、観察する。

 なんというか、面白画像で見かける変な形のダイコンのような見た目だ。


「……変な形だな」

「ははっ、本当だ。人間みたいだな」


 シェイラがつんつんと指でアラウネを突ついて遊んでいるが、たしかに面白い形ではある。


「あぶないのは花と種なんだ。花は強い痛み止めになるけど、量を間違うと意識がなくなって麻痺まひが残るよ」

「おいおい、とんでもない効果だな。意識を奪うなら使い道はいくらでもあるぞ」


 レーレから聞いた話ではアラウネはとても珍しく、この森の深部以外では見たことがないらしい。


 ……上手く使えば開拓村の特産品になるのかもしれないが、下手に効能を教えるのはやめとくか。


 やはり毒は毒。それで利益を生もうとすれば災難を招くだろう。

 アラウネは恐ろしい寄生植物として伝えるべきだ。


 俺はアラウネをそっと布で包み、水を含ませた。

 植物採取の基本である。


「よし、村に戻るぞ」


 2人に声をかけ、村へと向かう。

 ダメでもともと、代官に会えなければ忍び込むくらいはしてやるさ。




――――――




 しばらく後、開拓村に戻ると農夫たちが井戸の側で足を洗っていた。

 ちょうど農作業も一段落らしい。


「みんなでなにやってるんだ?」


 農作業に馴染みのないシェイラが農夫たちの様子を不思議そうに眺めている。

 森人エルフは狩猟採取の暮らしだ。農作業を間近で見たことがないのだろう。


「農作業は大人数で行うからな。ちょうど休憩なんだろ」

「へえー、森人の狩りでも勢子せこ(狩のとき獲物を追いたてて誘導する役割)を使うけど、あんなに多くはないな。みんなで働くなんて仲がいいんだな」


 シェイラはいかにも不思議なものを見るような目で農夫たちを眺めている。


 ……この調子では引退後に農家をやるのは難しいかもな。


 農家の仕事は家族の占めるウェイトが大きい。女房殿がこの調子では苦労しそうだ。


 会話をしながら歩いていると、農作業を手伝っていただろう子供たちがシェイラに集まってきた。

 自然と農夫たちの視線が集まるが、ある意味で好都合だ。


「どうした? もう探索を切り上げたのか?」


 少し動揺する農夫たちを代表し、ガイスカが声をかけてきた。


「ああ、少し気になるものを見つけたんだ」


 俺はガイスカに近付き、低い声で「代官どのの病の原因を見つけたぞ」と伝えた。


「なんだと、どういうことだ!?」


 さすがのガイスカもこれには驚き、声をあげた。


「場所を変えてもいいが……ここで説明してもいいのか?」


 俺の言葉を聞いたガイスカは少しためらいながらも「皆で聞こう」と言い切った。

 村の顔役をするだけはあり、ガイスカはなかなか腹がすわっている。


「そうか、わかった」


 俺は農夫の群れに混ざり、アラウネを取り出した。


「なんだそりゃ」

「やせたニンジンだな」


 いかにもつまらないものを見たといわんばかりの農夫たち。

 この様子ではアラウネを見るのは初めてのようだ。


「違う、これはアラウネだ。花は猛毒となり、種を吸い込んだものは寄生され、思考が鈍り衰弱死に至る」


 真剣な表情で「この根の形に見覚えはないか」と尋ねると農夫たちは息を飲んだ。


「こ、こいつが代官様の?」

「恐らくな。アラウネは森の奥で見つけたが、そっちに行ってないか?」


 これは当てずっぽうだが、森の側に住んでいれば猟や採取をすることぐらいはあるだろう。

 案の定、農夫たちは勝手に答え探しを始めたようだ。


「……ある、代官様は畑を拡げるために、拓くことができそうな場所を調べていた」


 ガイスカは「他の者は大丈夫だが」と疑問を口にしたが、半ば以上信じているようだ。


「治療はできるのか?」

「それは調べてみねばわからんが――」


 俺は首もとから賢者のメダリオンを取り出し、農夫たちに見せつけた。


「これはアイマール王国の賢者の証、俺は採取や調査のために冒険者をしているが本職は博物学者だ。治癒士ではないが診察はできる」


 当たり前だが口からでまかせだ。

 だが、おおぼらを吹かすと農夫たちの見る目が明らかに変わるのを感じた。田舎者が権威に弱いのはナバーロ国でも変わらないようだ。


「だが、よそ者に代官様を任せてもいいのか」

「あんな根っこが病の原因とは」


 農夫たちがザワザワと話し合いをはじめたが、俺は余裕の表情だ。

 治癒士に治せないなら彼らは手詰まり。俺に診断させるか、疑って退けるしかない。

 診察させなくても適当な理由をつけて代官の家を特定すれば忍び込むことだって可能なのだ。


「俺が信用できないのはわかる。ガイスカさん、ちょっといいか?」


 俺が話し合いに割り込むと、農夫たちは怪訝けげんな顔を見せた。

 だが、ここで怯んではいけない。


「ガイスカさん、診察には時間がかかる場合もある。その間、シェイラ――彼女だが、面倒を見てやってくれるか?」


 この申し出にガイスカは驚き、俺とシェイラを交互に眺めた。

 遠回しに『人質をだしてもかまわないぞ』と伝えたのを察したのだ。


 腹もすわってるし、察しもいい。代官が廃人でもなんとかまわってるのは顔役ガイスカのおかげだろう。

 代官は派遣されてくる役人だが、顔役は住民のまとめ役のようなものだ。無能者には務まらない。


 ガイスカは「わかった、ついてこい」と短く応え、俺をいざなった。

 恐らくは代官の家に案内してくれるのだろう。


「シェイラ、少し子供たちと遊んでてくれ。何かあったら端末で連絡しろよ」


 実は遺跡から持ち出した端末は多くの機能が使用不能となっていたが、通信機能は生きていた。

 電池などの原理はわからないが、今のところは問題なく使える。


 シェイラは「おー、わかったぞ! お姉ちゃんとあそぼう!」と子供たちと遊びながら返事をしたが……まあ、問題ないだろう。


 俺は苦笑を返してガイスカのあとに続く。


「やっぱり町の人はカッコいいね」

「どこで知り合ったの?」


 後ろでシェイラが女の子たちに冷やかされていた。

 田舎の方がやることなくて、子供がマセてるんだよな。




――――――




 村の中心部、さして大きくもない家の前でガイスカは立ち止まった。

 代官はなかなか慎ましい生活をしていたようだ。


「ここだ、少しまて」


 ガイスカは戸を叩き、何かやり取りをしているが、どうやら中の反応が鈍いようだ。


「普段の食事とか、世話はどうしてるんだ?」


 近くの農夫に尋ねると「村の女房が順番で飯を届けてる」とのことだ。

 村の人妻から順番にお世話をうけるとはうらやまけしからんやつだ。


 うまくいけば1人くらい回してくれないだろうか、などと考えていたらガイスカが「入れ」と声をかけてきた。


「ん? 俺だけか」

「……代官様は病状を皆に知られたくないそうだ」


 ……なるほど、そうきたか。


 相手は直接の対面をお望みのようだ。

 俺は重いドアを開け、中を窺う。


 質素な部屋だ。

 権力者らしい華美な装いはなにもない。


 そしてたたずむ異様な形相の代官。


「ヨ、オキキイャアァァ、コッ、オ、オ、オーオ遅カッタジジャナイカ、レーレ!」


 代官が裏返った声でレーレに呼び掛ける。

 やはりリリパットのようだ。


「さ、ご指名だぞレーレ」


 俺はポケットに軽く触れ、レーレに呼び掛けた。

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