2村の危機

「あんた、カルメロさんと縁があったのかい?」


 しばらく後、レーレとの会話を終えた男衆のリーダーが話しかけてきた。


 ガイスカと名乗るこの男は、農夫らしく日に焼けた精悍な中年だ。

 ナバーロ国のなまりと思われる独特のイントネーションが気になるが、会話に支障はない。


「いや、縁があったのはレーレさ。俺たちは行きがかりで彼女の仇討ちに助太刀をしたんだ」

「そうか、仇を討ってくれたのか……この村は辺鄙へんぴな場所だからな。わざわざ立ち寄ってくれるカルメロさんにはずいぶん助けられたが――」


 ガイスカは「はあー」と大きなため息をついた。

 行商人の死を心底いたんでいる様子だ。


 彼はレーレに驚きつつも害意を感じさせず、対話に応じたところに好感がもてる。

 どうやら『村の恩人である行商人の縁者』くらいの感覚で見てくれているようだ。

 いかにも素朴。誠実そうで、つい信用したくなるような雰囲気がある。


「村は今、ちょっとした問題があってな。皆の気が立っているんだ。アンタらに危害を加えようってんじゃないんだが、すまなかったな」

「それはよかった。村への滞在が可能ならお願いしたいが、無理なら柵の外での野営をする許可が欲しい」


 たとえ村の外でも人里が近ければ危険なモンスターに襲われる可能性は下がる。

 彼らに敵意がないなら人里近くに野営をするだけで構わない。


 俺の提案を聞いた男たちはなにやら難しい顔をして相談をはじめた。

 だが、密談という雰囲気ではなく声は高い。

 漏れ聞いた内容によると「代官様に聞かにゃ」「しかし病気が」などと聞こえる。


 ……なるほど、問題とは代官の病気か。


 この村はオリダ市の開拓村だと言っていたが、オリダ市からの代官なのだろう。

 村の領主代理が重病だとすれば様々なことを決めることができなくなるだろう。確かに大問題ではある。


「我々では判断できん。代官様に尋ねるが……正直、病が篤く人に会える状態ではないのだ」


 しばらく後に、ガイスカが申し訳なさそうに断ってきた。

 押しかけているのはこちらである。あまり無理を言うものではない。


「事情は理解した。少し離れた場所で野営をすることにしよう」

「すまんな。そこの井戸は使ってくれて構わないから――」


 俺もこの手のことには慣れているし、落としどころはすぐに見つかった。


 レーレは「えー、頑張ったのになー」と不満顔だが、森に慣れたシェイラはケロッとしている。

 こんな時、泊まるとこや食い物に不平を言わないシェイラは助かる。


 俺はガイスカに礼をのべ、立ち去ろうとした――その瞬間、奇声が響き渡った。


 村の奥から奇妙な動きで何者かが現れたのだ。


 ふらふらとした足どりで「ひいいぃぃ」とも「キャアアァァ」ともつかない奇声を発する初老の男。

 目は白目を剥いており、口は不思議な形に歪んでいる。

 そして何より異様なのは両耳から植物の根のようなものが垂れ下がっていた。


 一見してタダ者ではない。いや『タダごとではない』と言った方が正確だろうか。

 この世界にアンデッドモンスターは存在しないが、もしいるとしたらこんな感じなのだろう。


 男衆がザワつき「代官様だ」「歩けたのか」などと口にしている。


「タタタ旅ノ人ヲ、カカカカカ歓迎ッ! スルッ」


 代官は操り人形のような不自然な動きを見せながら俺たちの滞在を許した。


「わかりました。ではどちらに……?」

「アアアアアーァァ、キイイビィるるアアー、アアア……任セルッ!」


 それだけを言い残し、代官は重力を感じさせない不思議な足運びで去っていった。それを眺めてザワつく男たち。

 初見の俺たちは困惑しかない。


「う、うむう……代官様が許可したのだが空き家がない。使ってない納屋なやが村外れにあるが、そこでいいだろうか?」


 ガイスカは申し訳なさそうにしているが、願ってもない話である。

 代官の登場という急な事態に動揺しながらも対応するできる男だ。


「それは助かる。しかし、代官どのの病とは――」

「わからん。突然、耳から何かが生えて来たのだ。抜こうともしたのだが、あまりにも痛がるので様子を見ていたのだが、な。村の治癒師もお手上げさ」


 吐き捨てるようにガイスカが代官の容態を口にする。

 そして何かを振り切るように「こっちだ、ついてきてくれ」と案内をしてくれた。

 その背からは「聞いてくれるな」と言わんばかりの拒絶が感じられる。よそ者に踏み込まれたくない部分なのだろう。


 確かに自分たちの村から奇病が出たとすれば周囲の目も変わるだろうし、よそ者に触れてもらいたくないのは十分理解できる。


「あー、あれはゴニョゴニョかな……モニョモニョの仕業かも……でも――」

「ん? 何か知ってるのか?」


 レーレがなにやら言いたそうにしているが、珍しく歯切れが悪い。


 ……ふむ、村人の前では言いづらいことか。後で聞いてみるしかないな。


 レーレに「後でな」と小さく伝えると、小さな小屋の前でガイスカが立ち止まった。どうやらここが納屋らしい。


「ここだ。あまり細かいことは言いたくないが、村の中のことは村の掟で裁くことになる。気をつけてくれ」

「了解した。村人を刺激するような行為は控えよう。何か問題があったら教えて欲しい」


 俺とガイスカがいくつか申し合わせを行うと、安心したのか男衆もバラバラに解散した。


 見れば刺激に飢えた村の子供たちが、シェイラに群がりキャアキャアと賑やかにしていた。

 この村では外の世界からの訪問者は珍しいだろうし、彼女は美しい森人だ。子供の興味を引くには十分だろう。


「どうした? 一緒に遊ばないのか?」

「うーん、そうなんだけどね。気になることがある、というかなんというか……」


 この村に入ってからレーレの様子もなにかおかしい。


 ……代官の病気に心当たりがあるのか? 落ち着いたら聞いてみないとな。


 情けはひとのためならず、という。

 それなりに滞在するなら代官の治療に協力するのも手ではある。


 ……ま、それもレーレの話を聞いてからだな。


 俺はシェイラの方から流れてきた子供に剣を見せびらかしながら、レーレの様子を見る。

 子供の相手をする彼女は、少しうわの空のようだ。




――――――




 夕暮れ時



 子供たちも去り、俺たちは納屋に入った。

 監視とまではいかないが周囲に気配があるのは仕方がないだろう。

 村人が入れ替わりでこちらの様子を見ているようだ。


 ……ま、大人しくしてれば大丈夫だろ。


 俺は納屋の戸を閉め、用心のために斧をつっかえ棒にしておく。

 何もないとは思うが念のためだ。


 当たり前だが納屋には照明や窓などはない。

 俺は真っ暗な中、手探りで小型のカンテラに火をともした。


「油は入ってるか?」

「うん、大丈夫だ」


 シェイラも慣れた手つきで自らのカンテラに灯りを入れた。

 納屋の中は何も無い。


「へへ、屋根があるとこで寝れてよかったな」


 シェイラがちょこんと俺の隣に座り、干し肉と乾パンを並べてくれた。

 さすがに火を使えないのでこのまま食べるしかないが、これは仕方ない。


「チーズも食べるだろ? 少し切るか」

「へへ、塩も削っちゃおうかな」


 素っ気ない食事ではあるが、皆で食べれば楽しいものだ。

 狭い納屋の中、ほのかな灯り、秘密基地めいた雰囲気に笑みがこぼれる。


「どうしたんだ? お腹いたいのか?」


 不意にシェイラが声をあげた。

 見ればレーレの食が進んでないようだ。


「ううん、違うよ。でも気になることがあるんだ……食べながら聞いてくれる?」


 レーレは少し申し訳なさそうな表情でこちらを見つめる。

 普段の彼女からはあまり考えられないしおれた様子に、俺とシェイラは目を見合わせた。


「あのね、この村の代官さんだけど、あれはボクの仲間の仕業かもしれないんだ」


 さすがにこの言葉には驚いた。


「え? ええ? あの耳からモジャモジャしてたやつか?」

「うん、あれはアラウネだね。アラウネの種が耳とか鼻から入ると頭のなかで育って考えることができなくなっちゃうんだ」


 レーレの話はなかなかショッキングである。

 寄生する植物の話は聞いたことがあるが、まさか被害者を見るとは思わなかった。


「か、考えれなくなると、あんな風になっちゃうのか?」

「うん、何も考えれなくなると、耳でささやかれたことを何でも聞くようになっちゃうんだ……たぶん、あのときの代官さんに命令してた人がいるはずなんだ。それで――」


 レーレは少し言葉をためてこちらを見た。

 そして「この村にはリリパットの気配があるんだ」と呟いた。


「なるほどな。だが、たまたま遊びに来たリリパットの可能性はないのか?」

「代官さんを操ってた仲間はボクの気配を察して助け船を出したんだよ。リリパットは互いの存在をある程度は感じるから」


 なんというか、小人が耳から怪しげな種を入れて村を支配する……B級ホラーみたいな話だが、本当なら洒落にならない。


「おいおい、リリパットがイタズラ好きなのは知ってるが、さすがにやりすぎだぞ」


 つい、責めるような口調になってしまった。

 だが、すかさずシェイラが「レーレは悪くないよ」とフォローしてくれる。


「確かめたいんだ」


 レーレがハッキリと口にした。


「なんの意味もなくこんなことするはずないんだ。リリパットは」


 レーレがポロポロと涙をこぼす。

 久しぶりに家族と接触したらテロリスト紛いのことをやっていたのだ、心中察するにあまりある。


「エステバン、レーレを助けてあげよう!」


 シェイラが「ふんす」と鼻息も荒くレーレを助けると息巻いている。

 その様子を見て、俺はつい苦笑がもれた。


「もちろんだ。覚えてるか?レーレと初めて会った時もこんな話をしたな」

「あはっ、本当だ」


 俺とシェイラが笑うと、つられてレーレも笑う。

 これでいい、このチームの最後の冒険だ。笑って挑むのがふさわしい。


「よし、食べて寝るぞ。今日はどのみちウロつけない。明日、代官の家を特定しよう。全ては明日からだ」


 夜間にウロつくと、こちらの様子を見ている者たちに騒がれてしまう。

 明日、明るいうちに代官の家を特定し、できれば接触する。

 接触できなくても、特定できていれば暗くなってから忍び込むことも可能だ。


「向こうのリリパットはレーレを助けたんだろ? つまり、こちらに敵意はない。会えばなんとでもなるさ」


 気休めだが、俺は楽観的な見通しを口にした。

 こんなときには落ち込むとロクなことがない。


「さ、食べるぞ」


 簡単に段取りを説明し、食事を促す。

 するとシェイラは勢いよく、レーレは少し控えめな様子で食事を再開した。


「ありがとね、2人とも」


 レーレが嬉しそうに笑い、シェイラが照れ臭そうにしていた。

 本当に彼女らは仲が良いのだ。


 食後はランタンの油を節約するために灯りを消す。

 狭い納屋の中、自然と体を寄せ会う形で寝る。エロは無しだ。


 ……明日から、か。


 明日から、レーレと仲間を会わせる作戦開始だ。

 つまり、それはレーレと別れるための作戦でもある。

 だが、誰もそこには触れない。


 シェイラとレーレはいつまでも楽しそうにおしゃべりをしていた。





■■■■



代官


領主などの代理として任地を管理する者のこと。

開拓村ゲラの代官はつい半年前までやる気に満ち溢れており、新たに開拓する土地や、鉱物資源などを探して歩き回っていたらしい。

エステバンは初老と見たが、実はガイスカと同年代。老いて見えたのは病のためである。

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