19話 別れのとき

1 見つからぬ仲間たち

 エスコーダの騒動を逃れた俺たちは数日北へと進む。

 しかし、これが凄まじい難所であった。


 重なる小川の流れが作った湿地帯を抜け、重なる丘陵を越え、鬱蒼うっそうたる森を踏破し進む――完全に人が住む環境ではない。

 ここは国境ギリギリの辺境、人が住まないのにはそれなりの理由がある。


「おい、レーレ……国境を越えてないか?」

「ううーん、おかしいなあ。この辺りだったんだけど……」


 レーレが首をかしげながら唸っている。

 どうやらハッキリしないらしい。


「なんだ、自分の故郷を忘れたのか?」

「違うよっ。あのね、間違いなくボクが育った里はこの辺りだったんだよ。でも仲間の気配がなくて……引っ越ししたのかなー?」


 彼女が言うには、気まぐれなリリパットは何か問題があると住処を簡単に移してしまうようだ。

 先ほど移動した湿地帯や森の側で暮らしていたこともあるらしい。


「この辺りはボクたちの食べ物が豊富だし、リリパットには住みやすいんだよね。そんなに遠くには行かないと思うんだけど……うーん」

「かといって、あてもなくウロウロすることもできんな。近くの村にでも移動するか」


 リリパットには住みやすいかもしれないが人間には少々つらい環境だ。できれば探索の拠点が欲しい。


 レーレに人里があるのか尋ねると、少し行った先に大きめの開拓村があるそうだ。


「その開拓村はアイマール王国かナバーロ国かわかるか?」

「うーん、わかんないなあ。言葉は同じだよ」


 レーレは気にした様子もないが、わりと国境を越えるとややこしいので注意が必要だったりする。


 ざっと説明すると、まず身分証明ができなくなる。


 冒険者ギルドはアイマール王国の機関なので、ベントゥラ王国とマルチェロ王国を除いて外国では通用しない。

 この両国はアイマール王国と友好国かつ、ほぼ同様の組織があるため冒険者として活動ができる例外中の例外だ。


 身分証明が無ければ俺は手に職があるわけでもない武装した旅人だ。自分で言うのもなんだが怪しすぎる。

 法律や風習が違えばいきなり逮捕されても文句は言えないだろう。


 まあ、周辺地域では通貨や言語は大丈夫だとは思うが、知らない土地に入るというのはそれだけで緊張するものだ。


「極端に閉鎖的とか、独特の宗教とかそんなことはないよな?」

「うーん、ないと思うけど。ボクたちは気が向かなきゃ人間の里にはいかないからね」


 そもそもリリパットに人里のルールを尋ねるのは無理がある。

 これ以上は出たとこ勝負しかないだろう。


「こうしていても仕方ないしな。とりあえず向かうか」


 前回の遺跡に野営の道具などは置いてきてしまった(18話7)ために野宿も億劫おっくうだし、屋根のあるところで寝たい。

 俺たちはレーレの案内で開拓村に向かうことにした。




――――――




 レーレに案内された獣道を抜けると、開拓村はすぐに見つかった。


 湿地帯より分岐した支流の先、やや開けた場所である。

 手狭な土地だが開墾に適しているのか、村も想像より大きい。


「へー、獣よけの柵もあるのか、立派な村だな」


 横でシェイラが感心しているが、たしかに森人エルフの集落よりかなり整った印象だ。


 そして小規模ながら整備された耕作地……開墾は一朝一夕にできるものではない。

 開拓村と言うわりに、それなりに歴史がありそうだ。


 木立こだちを抜け、耕作地の脇を通り過ぎる。

 すると農作業をしていた家族が慌てた様子で村に走り去った。

 どうやら俺たちの姿に驚いたらしい。


 ……森から見知らぬよそ者が武装して現れれば、逃げるのは正解かもしれないが……


「これは歓迎ムードじゃないな。極端に警戒されてるぞ」


 下手に近づいて拘束されてはたまらない。

 俺は足を止めて退路を確認した。


「いざとなれば森に走る。左手の畑を突っ切って逃げるぞ」

「わかった。エステバンの合図で畑を抜けて逃げる」


 シェイラが作戦を復唱し、力強く頷く。彼女も頼もしくなった。


「畑を荒らしちゃうの?恨まれるよ」

「いや、だからだ。農家は耕作地を荒らすのを嫌がるからな。俺たちを追う足も鈍るだろうさ」


 そう、恨まれるかもしれんが死ぬよりましだ。

 それに急な横の動きは意表も衝けるだろう。


 レーレが「なんかセコいね」と呆れていたが、セコくて結構。

 冒険者稼業は危険がいっぱいなのだ。安全第一である。


 しばし待つと、村のほうが騒がしくなりワラワラと男衆が集まってきた。

 こうしたときに不意に近づくのはトラブルの種だ。待機していて正解だったようだ。


 俺は囲まれないように魔力で周囲の気配を探るが、気配は目に見えて近づく正面のみだ。


 ……ふん、素人だな。


 男たちは7人、投げ棍棒や手槍のようなもので武装しているが訓練された動きではないし、殺気だってもいない。


 ……これなら、やりようはあるか。


 こちらを警戒しているだけで敵意は低い。

 俺はやや離れた位置から対話を試みた。


「そこで止まれ!! 俺たちはアイマール王国の冒険者だ! 怪しいものではない! 探索の途中で立ち寄ったまでだ! 休息と補給をしたい!!」


 冒険者なんて怪しくないはずがないのだが、ここは言ったもん勝ちである。


「ここはナバーロ国オリダ市の開拓村ゲラだ! 冒険者とはハンターだな!? ここいらに遺跡のたぐいはないぞ!!」


 男衆のリーダーらしき中年が前に進み出て対話に応じた。

 これほどの辺境に旅人が来ることは無いのだろう。俺もレーレと会わなければまず来なかった土地だ。


 よくわからないが、察するにナバーロ国では冒険者はハンターと呼ぶらしい。


「ここいらに仲間の故郷があると聞いて探しに来たんだ! 見つかれば直ぐに立ち去る!」

「嘘をつくな! ここいらに森人の土地はない!」


 なかなか痛いところをつく。

 下手な作り話はつじつまが合わなくなる可能性も高い。


 ……さて、どうするか……


 数瞬、俺がためらうとレーレが勢いよく「嘘じゃないよ! ボクの故郷だよっ!」とポケットから飛び出した。


「わっと、おいおい」


 さすがに驚いたがレーレは止まらない。

 男たちも「小人だ」「ノームだ」「いや、リリパットだぞ」とザワついている。


「ボクはこの村に来たディアナと旅をしてたんだ! お父さんのカルメロ、お母さんのイザベラ、お兄さんのセレドニオとアントニオ、この村に立ち寄った行商だよ!」


 レーレの話を聞き、ちょっと引っ掛かりを感じた。

 ナバーロ国とアイマール王国はさほど友好的ではないが、人の行き来はある(現に俺が来ている)。


 当然、行商は利益が出やすい街道を行くのが常だ。

 ここまで辺境の開拓村に立ち寄るだろうか?


 ……確かに『あえて』商用ルートから離れた商売をする者もいるが……


 だが、そうした商人は零細の担ぎ売りが多い。家族連れでそこまで冒険的な行商を営むだろうか?

 家族連れ、という事で何かの目を誤魔化していた可能性はないだろうか?


 ……いや、俺には関わりのない話だな。あまり首を突っ込むものではない。


 一緒に旅をしていたレーレでさえ気づいていないのであれば暴きたてる意味はない。


 俺は少し複雑な気分になりながら、ぼんやりとレーレと男たちの会話を見守っていた。




■■■■



投げ棍棒


そのまんま、手投げの棍棒。

投げ棍棒と言えばオーストラリアのアボリジニが用いたブーメランが有名ではあるが、世界各地で狩猟や戦争に使われた歴史がある。

投擲に馴染むようにバランスが調整してあり、即席の武器や猟具としては十分。

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