7 残された教訓

 古代文明は労働の大部分を高度に自動化し、多様で豊かな価値観にあふれた社会を築いていた。

 しかし、それゆえに社会構造が変化し、変化の歪みに対応ができなくなった時、文明の崩壊が始まった。


 労働の自動化は過酷な肉体労働をなくし、男女の差はなく平等な教育をうけ、女性の社会進出は成し遂げられる。

 それは『良いこと』であり『正義』だった。


 しかし、完全に男女の社会的な役割が釣り合ったとき、どこかで歯車は狂い始めた。


 女性の完全なる自立は結婚という概念を破壊し、出産年齢は大幅に上昇。

 発達した人権思想は様々な価値観を生み、肉体や思考に大きな違いのある異性より同性のパートナーを求める者が増えた。

 また、性娯楽の発展により独身者は増加を続ける。


 これらは一つ一つを見れば些細なことだろう。

 だが、発情期があり、もともと出生率が高くない古代人の社会にとっては致命的な問題となった。


 それらを解決するために、時の政府や自治体も動かなかったわけではない。

 しかし、成熟しきった人権思想は政府が個々のプライベートに干渉することは許さず、根本的な問題解決には至らなかった。


 ついに出生数が死亡数の1割を下回り、社会が維持できなったことで文明は崩壊に至る。


 古代文明の崩壊とは、高度な人権思想と技術の発展がもたらした負の連鎖だったのだ。


 そして、ごく一部の古代人たちは人類を残すために人の遺伝子組換えに踏みきることになった。

 過酷な環境に適応できるタイプ(おそらく森人の原形)や、発情期を廃し繁殖を重視したタイプ(おそらく人間の原形)。

 他にもさまざまな人類が生まれた。亜人たちだ。

 彼らは創造主たる古代人の意に反し、文明の後継者にはなり得なかった……その理由はわからない。


 そして、数を減らし続けた古代人たちは種として完全に消滅した。

 それは新たな人類との争いの結果なのか、それとも交配により他の種に取り込まれたのか……そこは想像するより他はない。


 ただ、事実として、森人には古代人の遺伝情報が強く残り、遺跡が反応する。

 これは森人と古代人との関係を示しているのではないだろうか。


 ……文明の発展が滅びをまねいたか、皮肉なものだな。


 この施設について2日目。

 昨日、なんとかマルタにお引き取り願った後、俺は資料を読みふけっていた。


『エステバン、食堂に来て』


 シェイラの端末からメッセージが入る、どうやら彼女も使いかたを覚えたらしい。


 俺はタブレット端末を閉じ、軽く身支度を整える。

 首を回すと肩こりでゴリゴリとすごい音が鳴った。ずいぶん長い時間、資料を読んでいたようだ。


 ……なんにせよ、大発見だな。この端末をエスコーダ卿に届けるだけで老後は安心だ。


 内心で打算をしながら剣を佩き、斧をベルトに差し込む。

 さすがに冒険の荷物は持ち歩かないが、ここは未知の世界だ。油断はできない。


 いつもはレーレが入る大きなポケットにタブレット端末を押し込み、部屋を出た。

 居住区の長い通路は落ち着きのある不思議な光と、明るい水色の壁のおかげか閉塞感はあまり感じない。


『早くきて』

『たいへんなんだ』


 続けてメッセージがきた。


 なんだか嫌な予感がして、歩みを早める。

 無駄に長い通路が恨めしい。


「――! ――だっ!!」

「――ません。――は」


 シェイラの怒鳴り声が聞こえた。

 誰かと口論しているらしい。


 ……まあ、その相手はマルタしかいないけどな。


 食堂ではシェイラとマルタが向き合って口論していた。

 近くのテーブルではレーレがタブレット端末を抱えながらオロオロしている。

 どうやらメッセージをくれたのはレーレらしい。

 

「私はエステバンの婚約者だっ! なんで別れなきゃいけないんだっ!!」

「なんども言っているでしょう? ご主人様はこの記録室で私と新たな人類の理想郷を築くのです。それはご主人様の意思です。早くお引き取りください」


 マルタの言葉はメチャクチャだ。

 これはシェイラが聞き流せる内容ではないだろう。


「もちろん、ただとは申しません。あなたたちには十分な手切れ金を用意します」

「こ、のおっ! ふざけるなっ!」


 激昂したシェイラが弓を振り上げ、マルタを狙う。

 もちろん弓は叩くための道具ではないが、しなやかな弓で叩かれては鞭で打たれたような傷を負うだろう。

 俺は慌てて弓を掴み、シェイラを抱え込むように引き離した。


「どうしたんだ? そんな怖い顔しちゃダメだぞ?」


 事情は大体把握できるが、落ち着かせるためにわざととぼけた言葉を言い聞かせる。

 よほど頭に血がのぼっているのか、シェイラは目に涙を浮かべ「ふーっ、ふーっ」と動物のような荒い息を吐いた。


「ご主人様、やっぱりご主人様は私を守ってくれた」


 マルタはうっとりとした顔で俺を見つめ「でも残念だわ」と呟く。


「その女が私を傷つければ、そのまま八つ裂きにできたのに」


 見れば、マルタの周囲には音もなくスプリガンが集まってきていた。


 こいつは、やばすぎだ。


 さすがに孤独だったとか同情できるとか、マルタの事情を考えるレベルの話ではない。

 彼女はシェイラを殺す気まんまんである。


「やりすぎだ、シェイラもマルタも」


 俺がシェイラをマルタから隠すように引き離す。

 それを見計らったようにレーレが端末を抱えたまま器用にピョンとシェイラの肩に乗った。逃走の準備だ。


「ご主人様……?」


 俺の様子に気づいたマルタは怪訝な顔を見せた。

 シェイラを庇ったのがわかったのだろう。


「マルタ、悪いが俺たちは旅の途中なんだ。ここは素晴らしい施設かも知れないが――」

「嘘よっ!! そんなのおかしいわっ!!」


 俺の言葉を遮り、マルタが血を吐くような叫び声をあげた。


「ここにいれば何も困らない、人が生きる全てがあるのに……子供だって培養できるし、私だって子供を作れます。永遠に生きられるんですよ、遺伝子からいくらでもご主人様を再生できます。記憶だって残しておけます」


 すさまじい早口でマルタがブツブツと語りだした。

 その目はもはや正気ではない。


「悪いが、あまり興味がない」

「嘘よっ! 生物は死を避けるはずだし、初期試験型の本能として繁殖があるはずです! ここにいれば無限に子孫が作れるのに、永遠に生きられるのにっ!!」


 左手のスプリガンが大きく跳ね、シェイラを狙い襲いかかってきた。


 ……予想通りだ!


 俺は位置をずらし、斧を抜きざまに叩きつけた。

 スプリガンは甲高い衝突の金属音を残し、ガチャガチャと賑やかに床を転がる。


「意にそわぬと見るや八つ当たりか……典型的だな」

「やっぱりその女がいるから? その女のせいで――」


 マルタは完全にイってる。

 俺は間違っていた。コイツは痛い女じゃなく、ただのイカれだ。


「そんなのおかしいわ、おかしヒギッ!」


 いきなりマルタが悲鳴をあげ、崩れ落ちる。

 見れば左膝に矢が突き立っている。シェイラだ。


「エステバン、逃げようっ!」


 レーレが叫ぶと同時に、再度マルタが悲鳴を上げる。

 シェイラが逆の膝にも矢を射ちこんだのだ……エグい。


 マルタは助けを請うように俺を見つめるが、これは黙殺した。


「よし、走れ! 場所はわかるか!?」

「任せといてっ!」


 レーレはシェイラのポケットから逃げる方向を指示している。

 行き先は緊急脱出装置だ。


「また捨てられる? 私に価値がないから? いやだいやだいかないでご主人様っ、ご主人様あっ!」


 憐れっぽいマルタの叫びを振り切り、俺たちは走る。


 スプリガンが廊下を走り抜ける俺たちを散発的に襲うが、これが手強い。

 すこぶる頑丈なスプリガンは斧で殴ったぐらいでは倒せないのだ。


 ……くそっ、数が多い!


 俺は叩きのめしたスプリガンを斧で押さえつけ、関節部に剣を突き刺す。

 するとガリガリと歯車が狂ったような音を立てながらスプリガンは小さく放電した。


「ぐおっ! しまった!」


 油断した。

 ダメージは大したことはないが痺れで剣を取り落とし、足が止まる。


「エステバンっ!? 大丈夫か! 早く剣をとれっ!」


 シェイラが俺をカバーするように前に出た。

 連射した矢がスプリガンの装甲を避け、関節部に矢が突き立つ。

 素晴らしい技の冴えだ。


 ……助かった、ヤバかった。


 俺は痺れる体をドンと壁に預け、息をつく。


『私が完成したとき、理想郷になるって言ってくれたのに……皆が幸せになれるって喜んでくれたのに、なんで、なんで私を捨てたんですか』


 もたれた壁面からマルタの声が聞こえ、すぐに飛び退いた。

 見ればいままでもたれていた壁がディスプレイのようになり、マルタの泣き顔が映し出されている。


 ……知るかッ! 捨てた男と重ね合わせるな!!


 俺は剣を拾い、ディスプレイを叩き割る。


「助かった、走るぞっ!!」


 俺はシェイラに声をかけ、再び走り出す。


 居住区を抜け、脱出装置に至ると壁に垂直に設置されたレールに楕円形のカプセルがセットされていた。


「シェイラ、少し食い止めてくれ!」

「了解だ!!」


 俺がカプセル脇のコンソールに向かうと、シェイラが入り口に向かい弓を連射した。

 追ってきたスプリガンを足止めしてくれているのだ。


 ……よし、狙い通りだ! 使えるぞ!


 緊急脱出装置というからには、メインから独立したシステムがあるはずだと踏んでいたがビンゴだ。

 不慮の事態でメインシステムがイカれたときに使えないでは脱出装置の意味はない。古代人に感謝だ。


「よし、カプセルに乗れっ!」


 俺が指示をするとシェイラはすかさず脱出装置に滑り込む。二人だとキツいサイズだが、つべこべ言う時間はない。


「待ちなさいっ!! 逃がさないわっ!!」


 通路からマルタの声が響く。

 見れば彼女の両膝から下はなく、スプリガンと同化したような異様な姿になっていた。


「9444年と27日も待ったのよ! なんで、なんでわかってくれないのっ!!」


 マルタは脱出装置に飛びかかるが間一髪、カプセルの蓋が閉じた。

 ガイインと凄まじい衝突音が鳴り響く。


「私はまた捨てられるのっ!? いやだ、捨てないで、捨てないでご主人様あっ!!」


 マルタの叫びと共にガインガインと衝突音が続く。

 どうやら理性もなくカプセルを攻撃しているようだ。


 ……悪いな、つき合いきれんよ!


 俺が脱出装置のスタートボタンを押すといきなり凄まじいGが掛かった。

 シェイラとレーレが小さく悲鳴をあげる。


「なんで、なんでぇ! 私を愛して、捨てないでよ! 脳を寄越せ! 記憶を残して培養してあげるからあ!!」


 もはやマルタの言ってることは理解できない。


 しつこくカプセルにとりついていたマルタの声が「ジシャア」と人のものとは思えぬ奇声と共に絶えた。

 外壁とカプセルに挟まれ、すりつぶされたらしい。


 ……根本的に、人間とはズレがあったんだろう。姿に惑わされず、プログラムとして接すればあるいは……


 後悔はあるが、どうしようもない。

 俺の体にシェイラがぎゅっとしがみついた。




――――――




 バコンと凄まじい音が響き、カプセルは急停止した。


「いでっ!」

「プギャ!」

「ふぐっ!」


 急停止の衝撃で三人とも天井に頭をぶつけ、俺たちはコントのようにフラフラになりながら外に転がり出た。


 ……あたた、1人乗りか……シートベルトもあったんだな。


 俺は頭をさすりながらカプセルを確認するが、もう2度と乗ることはないだろう。


「うわ、ベコベコだねー」


 レーレが驚きの声を上げるが無理もない。

 脱出装置の外壁はマルタの攻撃によりベコベコに凹んでおり、彼女がすりつぶされた時に付着した血で塗装されている。

 まさに間一髪だ。


 その時、不意に足元が揺れた。


 ……地震か?


 大きくはないが、長い振動が足に伝わる。

 アイマール王国で地震は珍しい。


「あっ! あれを見てくれっ!」


 シェイラが指で示す先には俺たちが入った遺跡の出入口が見えた。

 どうやら少し離れた高台にいるらしい。


「遺跡が、崩れていく……」


 シェイラがポツリと呟いた。

 遺跡は盛大に土煙をあげ、地に沈んでいく……管理者であるマルタが滅んだことにより、記録室が崩壊したのだろうか?


「これで、良かったのかもな」

「……うん」


 俺はシェイラの肩を抱きよせ、滅び行く古代人の痕跡を見つめ続けた。


 ……性の多様化が文明を滅ぼす。この教訓は残さねばならない。


 俺はそっとポケットの上からタブレットを撫でた。

 シェイラには悪いが、すでに屁の臭いを嗅ぐ気分ではない。


「あっ、見てよあれ!」


 何かに驚いたレーレが声を上げた。

 見れば遺跡にほど近いエスコーダの町も土煙を上げている……そりゃそうだ。


 ……直下型の地震だからな……


 都市城壁は崩れ、尖塔は倒れる。おそらく町は大パニックだ。

 みるみる被害は拡大し、城も半壊している。


「逃げるぞ」

「そうだね」

「わかった」


 俺たちは息を弾ませて走る。

 次の冒険を目指して。

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