6 三枚の貝殻

 それは、不思議な食事だった。


 複雑に盛り付けられたケーキのようなフワフワのお菓子と、蓋のついた容器に入った赤みの強いホットドリンク。

 菓子は猛烈な甘さとスッキリした後味、口にいれた瞬間に溶ける綿菓子のような歯ごたえのなさだ。

 ホットドリンクは甘い、しょっぱい、すっぱいが同時にくるような……複雑な味わいがある。


 おそらく、古代人は調味料などの食文化も成熟していたのだろう。

 日本人だって数十種類のスパイスを用いたカレーが大好きだし、発達した食文化が複雑な味をよしとするのは理解できる。


 だが、それをうまいと感じるかは別問題ではある。


 ……舌がおかしくなりそうな味だな……それに、もっと歯ごたえがないと食べた気がせんぞ。


 正直、俺の口には合わない。

 そしてそれはシェイラとレーレも同様のようで、難しい顔をしているが……さすがに振る舞われたものに文句は言わない。


「お口に合いませんでしたか?」


 マルタが不安げに尋ねてくるが、どうやら俺の不興を買うことを恐れているらしい。

 シェイラやレーレの反応は気にならないようだ。


「いや、初めて食べる味なので戸惑ってしまった。これは一般的なものなのかい?」

「はい、こちらは国民的なグストゥルム、プラケンタの――」


 説明を聞いてもまったくわからん。

 しかし、彼女によると古代人の社会ではアルコール飲料が違法ドラッグとされ、嗜好品として甘味が発達したらしい。

 俺が地上ではアルコールは一般的だと伝えると「依存性が高く、簡単に酩酊するアルコールはトラブルの温床です」と厳しい表情を見せた。施設への持ち込みも厳禁のようだ。


「興味深い話だな。自動で作られる食事もそうだが、古代の人々は信じられないくらい高度な社会を築いていたようだ。だが、なぜ滅びてしまったのだろう。俺が知るかぎり、今の地上には後継国家どころか、文化を継承した民族もないと思う」


 なんらかの問題があって衰退したにせよ、このレベルの文明で対処できないものだろうか?

 不思議な話だ。


「それは、少し長くなりますが――」


 マルタはチラリとシェイラを見る。

 たしかに興味がある俺はいいが、シェイラとレーレには退屈な話題だろう。


「そうだな、配慮してくれて助かるよ。また教えてくれ」


 俺の言葉を聞いたマルタはうっとりとした顔で「ご主人様のお役に立つために私はいるのです」と答えた。

 なんとも反応に困る。


「次はお部屋に案内しますね。お二人には個室をご用意しますが――」


 マルタの視線がレーレで止まる。どうしたものかと考えているようだ。


「あ、ボクはシェイラといるよ。エステバンもそっちの方が『動きやすい』し安心でしょ?」


 レーレは言外に意味をこめて俺に伝えた。これは『逃げるときのために』と明らかに言っている。

 察しのいい彼女はマルタのおかしさに気づいているのだ。


 マルタがこの施設内のことをどれだけ把握できるのかは不明だが、さすがにアイコンタクトまでは盗めないだろう。


「そうだな。シェイラを頼むぞ」

「まかせといて!」


 レーレは胸を叩いて頼もしげに答えた。

 こうしてある程度の意思を共有していれば、わけのわかってないシェイラの代わりに考えて行動してくれるはずだ。


「そうだ、あとで先ほどの見取り図も見せてほしい。これだけの施設だ。迷いたくないし、なにより『避難経路』と『非常口』くらいは知っておかないとな」

「ご安心ください。9444年も保全できたことがこの施設の堅牢さと安全性を証明しておりますし、もちろん住民のための緊急避難装置もございます」


 マルタはニコニコと愛想よく俺の疑問に答えてくれる。

 だが、これはレーレへのサインだ。

 さりげないサインだが、レーレなら拾ってくれるはずだ。


 チラ見すると、シェイラはレーレのお菓子も分けてもらい、ふがふがと喜んでいる。


 ……本当にたのむぞ、レーレ。




――――――




 案内された個室は、ちょっとしたビジネスホテルのような造りだった。

 シャワーのような設備にトイレ、小さな収納にベッド……独り暮らしには十分な部屋である。


 変わったところでは、壁や家具の素材が硬質ゴムのような素材なのと、シャワーがエアシャワーなのが気になるくらいか。

 ベッドはセミダブルくらいのゆとりがあるサイズ感だが、なぜかカバーがついており蓋が閉まる。


 ちなみにトイレットペーパーはなく、なぞの貝殻が三枚あるのには驚いたが……これは使い方を知って感動した。

 文明の発展って素晴らしいな。


 部屋の使い方を説明するときもマルタは俺に対して過度なボディタッチなどで気を引こうとし、これにシェイラとレーレが反発する一幕があった。

 そのお陰で妙に居心地の悪い時間を過ごすことになったが、これは諦めている。


 そして、やっと1人の時間だ。


 部屋に椅子が無いため、ベッドに腰を掛け、マルタに渡されたタブレット端末をいじる。

 もちろん初めて見る機械だが、かなり直感的に操作できるようにデザインされている。


 そこには俺が知りたかった施設の見取り図や、設備の使用方法、マルタへの通信アプリなどが入っている。


 ちなみにマルタに連絡すると――


『ありがとう。マルタのお陰で快適だ』

『とんでもありません、また何かありましたらお申し付けください』


 ――こんな感じでタイムラグ0で返信がくる。ちょっとこわい。


『いくつか疑問があるんだが、こんなに優れた文明がなぜ滅びたのか知りたいんだ。わかりやすい資料はあるかな?』

『文明の衰退はいくつかの要因が重なった複合的なものでした。全ての要因を含める資料となると膨大な量になってしまいます』


 なるほど、それはそうかもしれない。


 文明の崩壊と聞いてイメージするような『超兵器により地軸はねじ曲がり、地震や大津波が襲い、文明は崩壊した』みたいな一発アウトは滅多にないだろう。

 色々と複雑な問題があり、人々の処理能力が追いつかなくなったときに文明の崩壊ははじまるのだ。


『資料よりも、私見でよろしければ私が説明したいと思うのですが、お時間はありますか?』


 数分ほどぼんやりしていると、マルタからメッセージが入った。


 なるほど、たしかに現場を見た者から聞くというのも一つの手ではある。

 問題は主観が入ることだが、とりあえずは概要を聞き、後に気になった部分の資料を読むのもアリだ。


 マルタには特定の個室はないと言っていたが、所在はメッセージで確認すれば良いだろう。

 俺は「よっこらせ」と掛け声とともにベッドから立ち上がり、靴をはく。


『大丈夫、今からそちらに向かう。どこにいる?』

『いいえ、すぐにお邪魔します』


 タイムラグ0のメッセージと同時に部屋がノックされた。

 しかもメチャクチャ連打でコンコンコンコンコンコンって叩いてる。


 ひょっとして部屋の前にずっといたのだろうか……さすがに引いてしまう。


 俺が「どうぞ」とドアを半ばほど開けると、ヌルリとマルタが入ってきた。ドアにぴったりくっついていたらしい。

 彼女の美しい容姿とあいまり、完全にホラーだ。


「……早いな、少し、その……驚いたというか」

「ご主人様のお役に立ちたいのです。よろしければこの部屋で待機いたしましょうか?なんでもお命じください」


 マルタはぐいぐい来るが、この部屋で待機って部屋のすみで立ってるのだろうか……やりそうで怖い。


 ……この辺は人格プログラムとの感覚的なズレなんだろうか……


 一生懸命さとか、健気さと言えば美徳なのかもしれないが、瞬きもせずに至近距離から見つめないでほしい。


「ふふ、ご主人様……何からお話をすればよろしいかしら」


 マルタは実に嬉しそうにベッドに腰をかけて瞳を潤ませている。

 この部屋には椅子がないのでこの形になるわけだが……マルタは俺も横に座れとベッドをパンパンと叩いている。

 まあ、椅子がないから座るけども。なんか嫌だな。


 俺が微妙に間隔を開けると、グイッと詰めてきた。

 この人のパーソナルスペースどうなってんの……?


「ああ、古代の文明が滅びた理由が気になってな……」


 俺がそっとマルタの方に視線を向けると、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。


「どうした?」

「いえ、嬉しいんです。この施設に来ていただいたのが、ご主人様のような知性のあるお方で……見たこともない技術ばかりのはずなのに施設を理解し、私たちの文明にまでご興味を持っていただける……ご主人様は素晴らしいです。本当に素晴らしいです」


 マルタは俺を押し倒すように抱きつき、マシンガンのように俺を称える。


「あ、あのな、嬉しいは嬉しいんだが、とりあえず落ち着こうか」


 マルタは手をだしたら絶対にダメなタイプだ。

 この女は、かまってちゃんな上に相手の都合を考えず、俺に近づく女(シェイラ、レーレ)を非常に強く敵視している。

 さらに言うなら、俺の気を引こうとこちらにも過干渉だし、感情のムラが強い。


 今も引き離したら「ご主人様、私のことがお嫌いですか」などと悲しげな顔をしている。

 長い時間を孤独に過ごしたことは気の毒だとは思うが、俺の槍にも俺の心にも都合ってものがあるのだ。


「マルタ、きみはとても魅力的だ。俺はきみのことがもっと知りたい……教えてくれないか?きみが生まれた時代のことを」


 この手の女性は冷たくしたり拒絶してはダメだ。

 優しくし、さりげなく距離をおき、興味の対象が移るまでかわすしかない。


 若いころ、この手の女性に迫られて大変な思いをしたことがある……俺が他の女に色目を使っただの使われただので刃物はだすし、別れ話になったとたんギルド中に俺の悪事を無いこと無いこと言いふらして町にいられなくなったのだ。

 あの時は俺も若かった。好きだと言われてふらふらっと槍働きしたのが不味かった。


 しかし、人は成長する。同じ轍を踏むわけにはいかない。


 そして、そのマルタは顔を赤らめて恍惚とした表情でこちらを見つめている。

 本当に大丈夫かこいつは。


「ご主人様、嬉しいです。私もご主人様のことが知りたいです」


 ひしっと俺の胸にしがみついてくるマルタを宥め「いい子だ」と距離をとる。


「じゃあ、まずは俺が話そうか。何が聞きたいんだ?」

「はい、ご主人様の話ならなんでも」


 これは気長に付き合うしかないだろう。

 まんまとマルタの術中にはまったらしい。


 俺は顔で笑いながら心で溜め息をついた。

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