5 絶対しんどいやつ

 数学のテストの後、2度ほど扉を通過したが特に試練じみたものはない。

 そして3度目の扉を通過すると、急に視界が開けた。


 いくつかあるコンソールに、大きなディスプレイ。

 そしていくつかある酸素カプセルのようなポッド――その中の1つが開いているようだ。


「ここが管理室なのか?」


 俺が疑問を口にしたとき「そうです」と応える者がいた。


 見れば女だ。

 年齢は20代の半ばほどだろうか。薄い色の金髪に水色の瞳、全体的にはかない印象の美女。耳の長さは俺とシェイラの中間だろう。

 癖っ毛らしく、長い髪がところどころでクルッと巻いた感じになっており、美貌にキュートな印象を加えている。

 そしてなにより、ボンキュッボンのグラマーだ。その体型をゆったりとした服で隠しているのが逆にエロい。


「あなたは?」

「私はこの施設の『管理者』です。ようこそ『記録室』へ」


 俺の疑問に美女が答えるが……管理者と言われてもな。

 翻訳機能から考えれば言葉が通じるのは不思議じゃないが、それにしても疑問が多すぎてまとまらない。


「あ、あなたが、ご先祖さまですかっ?」


 シェイラが緊張の面持ちで尋ねるが、管理者と名乗る美女は静かに首を振った。


「たしかに遺伝子的には共通したものはありますが、私の体はあちらで培養したものです。血縁者ではありません」


 この答えを聞いたシェイラは完全に目が点になってるが、これは無理ない。

 ファンタジーの世界から一気にSFだ。


「体を培養……? 古代の技術力はすさまじいな。人格はデータとして保存してたってわけか?」

「いいえ、私の人格は施設管理プログラムの自己修復と改修の繰り返しにより生まれたオリジナルです」


 オリジナルの人格とは完全な自我なのだろうか。

 自我が芽生えたプログラムとか、人類の敵になる未来しか見えないが……


「管理者? 管理者さんって呼ぶのも変だよね?」


 レーレが少しピントのズレた疑問を口にするが、たしかに管理者は呼びづらいかもしれない。


「その、管理者さんは名前はあるのか?」

「いいえ、この施設を保全する機能のうち、人格があるのは私だけです。個体名の必要がありませんでした」


 管理者はゆっくりとした動きで手近なコンソールを示す。

 プログラムというが、その動き一つ一つが妙に色っぽい。


「こちらの端末からアカウントを取得し、アクセスいただけますと設定ができます。よろしければ私の個体名を設定ください」


 アカウントって……なんだかSNSみたいだな。

 良くわからんが管理者が言うのだから問題はないだろう。


 ……アカウント名はエステバン、パスワードね……タジマアキヒロっと。


 タジマアキヒロ、このパスワードのセキュリティは万全ではなかろうか?

 思いつきだが悪くない。


 ……そしてログインっと……あれ? なんか変な表示がたくさん出てるぞ?


「何やら承認承認と承認しまくってるがなんだ?」


 俺が首を傾げるが、管理者はくすりと笑うのみだ。


「もう音声入力で大丈夫ですよ。私に名前をいただけますか?」


 何かわからないが、命名権も承認されたのだろうか?

 とはいえ、急に名前と言われても難しい。


 管理者=マネージャーでマルタとかだろうか。

 良く考えたら「マ」しか合ってないが同時に思いついたマ・クベよりはましだろう。


「思いつきだが、マルタでいいだろうか?」


 そう伝えるや、管理者――マルタはするりと俺に抱きつき、首に両手を回して至近距離で視線を合わせた。


「嬉しいです、ご主人様……」


 さすがにこの行為と言葉には驚いたが、そこは古代人だ。

 文化の違いもあるだろうし、男女が出会えばこんなこともあるだろう。


 俺も彼女の腰を抱き、しばし見つめあう。

 マルタはそのまま目をつぶり――


「ダメだーっ! こ、こ、コイツ痴女だっ! エステバン、騙されてエッチなことしちゃダメだっ!」


 シェイラが叫び、俺とマルタの間にグイグイと頭を突っ込んでくる……邪魔だな。


「ご主人様、私はご主人様を待っていたのです。私は完成より9444年、住民を迎えるのを待ちわびていたのです。今はあなたがこの『記録室』の代表者です」


 うっとりとした顔でマルタが語る内容は衝撃の連続だ。

 彼女にシェイラは眼中にないらしく、真ん中でギャアギャアやってるアホの娘は完全に無視されている。


「少し整理させてくれ、この『記録室』とはなんの施設なんだ?」

「はい。ここは滅びゆく人類の記録や知識、遺伝情報を残す方舟になる予定でした――こちらをご覧下さい」


 なごり惜しそうに俺から離れたマルタは端末をいじり、大きな画像に施設の概要を表示させた。

 これだけでレーレは「すごいすごい」と大興奮だ。


 マルタが言うにはこの『記録室』は数百人規模に対応する居住空間や食料生産をはじめ、医療や娯楽まで兼ね揃えた施設だったらしい。

 実際にディスプレイに表示される施設はかなりの大きさだ。


「これを保全していたのか……いったいなぜ放棄されたんだ?」


 マルタは俺の質問に表情を曇らせ「わかりません」と呟いた。

 その枯れた表情から真意はうかがい知ることは難しい。


 思えば彼女は放棄され、独り長い時間を過ごしてきたのだ。

 少しデリカシーのない質問だったかもしれない。


「すまん、少し――」


 俺が謝ろうとすると、マルタは俺の唇を人差し指で押さえ、言葉を封じた。


「いいのです、過ぎたことはどうでも――今はこうしてご主人様が来てくださったのですから」


 そう言って笑う彼女の目には狂気に近い何かを感じる。


 いくら長い時を待ち続けた訪問者だからといって、不意打ちじみた手段で住民に登録するのはおかしい。

 それに住民を待っていたのだとするなら、俺だけでなくシェイラにも同様の態度で接しなければおかしいが――彼女は完全にシェイラとレーレを無視している。


 ……これは『面倒くさい女』だぞ。


 俺の直感が『この女に深入りするな』と告げる。

 この施設は興味深いが、ここはマルタの管理下にある。なんとか穏便に退去したいところだが――


 俺がチラリと視線を送るとレーレと目があった。

 彼女も同じような違和感を感じているらしく、互いに小さく頷き意思を確認した。

 俺たちは何だかんだで付き合いが長い。アイコンタクトも可能なのだ。


 まあ、もう片方のシェイラはSF展開についてこれず「ぼへー」などと言っているがレーレがいれば大丈夫だろう。


「さあ、ここは何もありませんし、居住区をご案内します。軽食と飲み物などご用意しましょう」


 マルタは俺の手をとり、うっとりとした顔で「こちらへ」と案内する。

 シェイラへは虫を見るような目で一瞥いちべつしたのみだ。


「ご主人様、どうかなされましたか?」

「あ、いや、施設は広いのにかなり歩くんだな」


 さすがに『お前が不審だ』などとは言えない。

 誤魔化すために俺が思いつきで質問すると、マルタはくすりと笑う。


「そうですね。これは閉鎖空間で住民が運動不足にならぬような配慮です。歩くことはストレスの解消になりますから」

「なるほどね、古代人も運動不足に悩んでたってわけか」


 何げない会話だが、マルタは実に楽しげだ。


 彼女はこの施設を利用する住民のために奉仕するのが喜びだと言うが、それは平等ではないらしい。

 それはもともとそうしたものなのか、それとも彼女のプログラムの問題なのか――俺には判断することができない。


「なんか、感じ悪いよね」

「エステバンは私の婚約者だぞ」


 レーレとシェイラがぼやいているが、マルタは完全に黙殺している……というか、二人ともわざと聞こえるように言うのやめろ。無駄に刺激すんな。


 閉鎖空間に男女比率1:3……ハーレム展開なんて実は楽しくもなんともない。

 ああいうのは主人公の見てないとこで酷いことになってるはずだ。俺にはわかる。


 ……はあ、早く帰りたい。


 俺は心の中で盛大なため息をついた。

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