4 遺跡に潜む影
【管理者】
4番ゲートが起動した。
時間を確認すると実に9444年ぶりのことだ。
(完成以来はじめてね、この施設に人がくるのは)
彼女はこの施設の管理者だ。
擬似人格を持つプログラムであり、長い長い時のなか、孤独にこの施設を守り続けていた。
しかし、驚くべき事態だ。
いままで現地人が幾度となくエレベーターを調べていたようだが、ついに起動キーの1つを見つけたものらしい。
(ルナ・オリハルコニウムの剣? 水素ボートのスクリューでも加工したのかしら)
ルナ・オリハルコニウムはステラ・ミスリウムやソル・ヴィブラニウムなどと並び、
これらの超金属を持つ者を文明の継承者として設定していたのだが……まさか剣にしているとは思わなかった。
(だけど、彼らの文明レベルでは、剛性と弾性をあわせ持つオリハルコニウムを剣にするのは理にかなってるわね)
管理者は興味深くこの訪問者たちを観察した。
恐らくは初期試験型の子孫と、環境対応型の子孫だ。
初期試験型は人が衰退した原因の1つとされる発情期を排し、出産サイクルを高めるために抗老化遺伝子を持たないタイプだが……
(なにこれっ? めちゃくちゃカッコいいんですけど!)
管理者はエステバンと呼ばれる男性型の個体に目を奪われた。
(俳優のクイントゥスにチョー似てる! チョーワイルド! 筋肉モリモリだし、これで発情期なしで生殖するとか神か!?)
この個体、管理者の擬似人格の好みにドストライクだった。
彼女はプログラムではあるが、自己修復と最適化を繰り返し、完全な自我を確立しているのだ。そこには異性への好みも含まれている。
ついでにシェイラと呼ばれる環境対応型の女性を見てみると、これがひどい。
(うわー、人の特徴を1番残したはずなのに退化しきってるわね。脳の容量が減ったのかしら?)
言語が操れるギリギリまで脳が退化しているらしいが、性欲だけは一丁前にあるらしい。
先ほどからエステバンにベタベタしているのがムカつく。
退化した脳の代わりに下半身で思考しているようなタイプ。管理者が嫌悪する手合いだ。
そして、2人にくっついている人型の小さな個体……これは愛玩用デザインヒューマンの子孫だろうか? 管理者のデータベースにはないようだ。
(でも、いかにストライクと言えど試験はするわよ。さすがにこの施設が使えないような知性じゃキツいし――えっ、数学できるじゃん! あの見た目でインテリとか少女コミックのキャラクターなの!? 早くボディを起動しなきゃ!)
時間をもて余した彼女は自分の体となる器を何個も用意していた。
はじめはシェイラとかいうメスガキに対抗してつるぺたボディを起動しかけたが、それではキャラが被ってしまうと考え直し、グラマーなタイプを起動する。
何故だかわからないが、エステバンはグラマーなタイプが好きな気がしたのだ。
(これでよし、あとの試験は免除ね。ああ、早く
実はまだ試験は何度かあったのだが、管理者は扉のロックを全て解除した。
完成直後、なんらかのトラブルにより使用されなかったこの施設に来るはじめてのゲスト……これだけでも驚くべき事態だが、エステバンの風貌により、管理者は舞い上がっていた。
(もう、捨てられるのは嫌……人の、ご主人様の役にたつの)
完成直後に放棄され、長い時を独り過ごしてきたことは『利用者の役に立つ』ために生まれてきた彼女にとってつらいことだった。
やっと、利用者と巡り会えた。
その極端な思いは妄念となり、新たな利用者に注がれはじめる。
(嫌われないようにしなきゃ、役に立つと思われなきゃ、ご主人様が私といたくなるように)
人と関わることなく育ち続けた自我は、自らの歪さに気づくことなく起動したボディに意識を移していく。
「きっと、うまくいく」
この体は有名な女優がモデルだ。
きっと、ご主人様も気に入ってくれるに違いない――そう考えるだけで、管理者の口角が上がる。
利用者の役に立つ……その意識がエステバン
「きっと、きっと、ご主人様は気に入ってくれる……ああ、なんて素敵なことかしら」
裸体のまま管理者は蛇のようにぬるりと立ち上がり、モニターによりかかる。
そして、そこに映るエステバンの姿を、愛しそうにベロリと舐めた。
■■■■
【管理者】
この遺跡を管理するプログラム。
長い時間放置されたために地雷化している節がある。
惚れっぽかったり、気に入った異性を勝手に恋人扱いしたり、同性に対して妙に攻撃的になったりしてるヤツには要注意だ。
下手に踏み抜いたら火傷じゃすまないぞ。
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