2 あのコの香り
翌日
「ここが古代森人の遺跡?」
「封印の遺跡より大きいな!」
レーレとシェイラの言葉の通り、俺たちは古代森人の遺跡に来ていた。
整備された町のようにも、1つの施設にも見える不思議な構造だ。
古代遺跡などというと、砂漠やジャングルにたたずむ朽ちた建造物をイメージするかもしれないが、ここはエスコーダの町のほど近くにあり、よく管理されている。
これは遺跡から出る遺物――金属や石材を資源とし、町を発展させてきた歴史があるからだ。
一説によるとエスコーダの町自体が遺跡の一部を利用して作られたとも言われている。
「ここに、ご先祖さまが住んでたのか……?」
半ば風化した町を眺め、シェイラが目を細めた。
いわば民族のルーツである。彼女なりに思うところもあるのだろう。
「きしし、エステバン、シェイラのこと見つめちゃってどうしたの?」
「ん、ああ。シェイラが綺麗だから見とれてただけだ」
シェイラに見とれていた俺を目ざとく見つけたレーレがからかってくる。
だが、俺が見とれたって不思議ではない。シェイラは黙っていれば美少女だし、寂しげな遺跡と彼女はまるで映画のワンシーンみたいなのだ。
……まあ、黙っていればだけども。
突然の不意打ちにうろたえたシェイラが「な、な、ばばば」と顔の前でバタバタと手を動かし、そのままつまずきひっくり返った。
「なにやってるんだ、ほら」
「だって、いきなり綺麗だって言われて――」
顔を真っ赤にしたシェイラに手を貸し、引き起こすと「ぶりっ」と音がした。
どうやら引っ張られたひょうしに屁が出たらしい。中年オヤジみたいなしまりの無さだが、油断もあっただろう。
わかるわかる、急に動くと屁が出るよな。
森人だって屁もひる。人間だもの。
「はうっ……き、聞いたか?」
シェイラが泣きそうな顔でこちらを見ているが、ここは知らないふりをするのがマナーだ。
「いや、屁の音など聞いてないな。レーレは聞こえたか?」
「ううん、おならの音なんか聞いてないよ」
俺たちが「知らないよ」と言っているのにも関わらずシェイラは真っ赤になり、べそをかいてうずくまった。
屁をこいたのは自分やんけ。知らんがな。
シェイラが立ち直るのに30分ぐらいかかったが、その後も問題なく俺たちは進む。
道はかなり状態がよく、ところどころで砂が堆積しているものの、しっかりとした素材で舗装されている。
外周部の遺跡は石材として切り出されたのか基礎部分しか残っていなかったが、中心に進むにつれて様子が変わる。
中央部付近には建物がそのまま残っているのだ。
石材でもなく、金属や木材でもない、不思議な継ぎ目の無い素材が使われていた。
――これは建材として切り出せなかったらしいな。それにしてもアスファルトでもFRPでもないし、不思議な素材だ。
さわると固いがツルリとしており、白っぽく明るい色をしている。完全に未知の素材だ。
「見たことないな。古代の技術なんだろうか?」
「なんだろうね? 漆喰じゃないのにツルッてしてる」
俺とレーレはそれなりに楽しみつつ移動しながら歩いているが、シェイラは無言だ。
屁を聞かれたのがショックとか子供か……子供だな。
「シェイラ、屁を聞かれたくらいで気に病むな。世の中には『おならフェチ』というジャンルもあるし、俺だって理解がないワケじゃない」
俺は堂々と「お前が望むなら、俺の顔にまたがってするがいい」と告げる。
未体験のジャンルではあるが、試す価値はある。
「ひ、ひええ……すごい話だよお。ね、ね、それって嬉しいの?」
「わからん。だが、わからないものをわからないままにすることないしな」
性の探求、それは人間としての本能のようなものだ。
この会話を聞いていたシェイラが無言で俺を叩いてくる。マンガならポカポカと効果音がつきそうな動きだ。
それを見たレーレが「ひゃー、バカップルだね!」と喜んでいる――2人とも楽しそうだ。いや、俺も含めて3人か。
この3人で旅をするのもあと、わずか。
少しぐらいはしゃいだっていいじゃないか。
――――――
歩くこと小一時間、遺跡の中央部、お椀のようにくぼんだ低い位置にたどり着いた。
遺跡全体がクレーターのような地形になっており、あの不思議な素材が中央部に光を反射して集めているような不思議な構造だ。
じんわりと温かく、外に目を向けると反射した光がまぶしい。
そして、最中央にそびえるのは謎の物体――漆黒のモノリス(?)としか言いようのない不思議な物体だ。
大きさは判然としないが直径20メートルはありそうな、高さ4メートルほどの円柱形。一見しただけでは建造物なのかどうかすら判断できない。
……継ぎ目が全くないが、何かを切り出したのか?
ペタペタと触ると、周囲の熱で温められたのか意外と熱い。
「わっ、温かいな」
シェイラが隣でモノリスに触れると、壁の一部が反応し、30センチ角ほどの正方形が浮かび上がった。
まるでコンソールだ。
「わっ、わっ、なんか出たぞ」
「ああ、聞いた通りだ。森人が触れると反応するのさ」
コンソール(?)には読めない文字が表示されるが、エスコーダ卿の屋敷であらかじめドナートから聞いていたように操作する。
すると肩の上で「お客さん?」とレーレが声を上げた。
「なんだ? お客さんて」
「エステバンが書いたんじゃん。古語でしょ?」
よくわからんが「ゲスト」とでも入力したのだろうか?
それにしてもシェイラも分かっていないような古い言語をなぜレーレが知っているのか――謎である。
「ここ押してみなよ」
「こらっ、勝手に触ったら……っと、読めるな」
レーレが触れた所には「変換」と書いてある。
俺は記載されている入力の手順に従い、実行キーを押す。
すると、壁の一部が『プシッ』とSFチックな音を立てて開いた。
「おいおい、なんだこりゃ」
「わ、わ、すごいな!」
俺たちが声を上げる声に反応したように、モノリスの内部に光が灯った。
それは太陽光でも火の光でもない、人工的な明るさだった。
■■■■
屁
体内で食物が消化された時に生じたガスや、飲み込んだ空気を尻から排泄すること。
森人は肉食中心のため、かわいいあの娘の屁もかなりくさい。これは肉類に含まれるたんぱく質や脂肪を分解するとときに生ずるアンモニア、インドール、硫化水素など臭いの強いガスが増えるためだとか。
屁の臭いが気になる人は食生活を見直すと良いかもしれない。
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