18話 古代からの呼び声
1 古代遺跡へ観光
「おお、これぞまさしくイプノティスモの瞳!」
目の前で初老の貴族が頬擦りせんばかりに宝石をかかえこんで喜んでいる。
この貴族はアレハンドロ・エスコーダといい、エスコーダ地方を治める領主だ。
今回、エスコーダの冒険者ギルドに『1番等級が高い冒険者への指名依頼』としてイプノティスモの瞳の奪還を依頼したらしい。
貴族らしくよく太った貫禄のある姿をしている。
「エステバン、本当に感謝している。もし良ければ当家で侍従武官として招きたいと思うがどうだろうか?」
エスコーダ卿は本当に喜んでいるのだろう。俺を結構なポストで迎え入れたいと言ってくれた。
侍従武官とは君主の側に仕える軍事アドバイザーだ。かなりの影響力がある。
だが、俺がそのポストに着けば誰かが弾かれる。よほど上手くやらねば恨みを買うだろう。
ありがたい話だが断るのが無難だ。
「大変ありがたいお話ですが、今は妻と共に目的のある旅の途中でして、心苦しく思いますが辞退をお許しください」
「そうであった。魔族を狩る旅路だとか聞いたが、魔貴族とはどのような存在なのか?」
エスコーダ卿は俺の非礼に腹をたてるでもなく、子供のように目を輝かせて喜んでいる。
なかなか面白い人物のようだ。
……仕えるならこんな人物がいいかもしれないが、後継ぎが同じとは限らないからな。
貴族家に仕官するのは日本での就職より覚悟が必要だ。
なかなか難しいのである。
話上手なエスコーダ卿と色々話すと面白い。
貴族の社交術だろうか、大げさに喜び、笑い、気安く質問してくる。
魔貴族について話すと、ヴァラファールが封印されていた遺跡に興味しんしんのようだ。
エスコーダ卿によると、このエスコーダ地方は古代の遺跡が多く、イプノティスモの瞳もそうした遺跡から出た古代の遺物だったらしい。
「エステバンの
「左様です」
唐突に遺跡の話から飛んだので少し驚いたが、エスコーダ卿はあまり気にした様子はない。
ハルパスもそうだけど、貴族って自分の話したいことだけ話してるような……まあ、彼らからしたら俺に気づかう必要はないし、当たり前か。
「それはよい。この辺りの遺跡は古代森人の遺跡なのだ。生きた遺跡に森人を連れていくと反応をみせることもある」
俺が「反応ですか」と聞き返すと彼は丸い顔をニッコリとほころばせた。
「興味があるかね。ならば遺跡の立ち入りを許可しよう。何かあったときは報告があれば報酬もだそう。まあ、調査され尽くした遺跡たちだがね」
古代の森人文明に興味があるかと言われたら微妙だが、観光くらいしてもいいんじゃなかろうか。
シェイラのご先祖さんだし、レーレとの思いで作りなど、理由なんていくらでも思いつく。
……よし、行ってみるか。
エスコーダ卿の話も面白いし、森人に反応するのならばシェイラがいる今がチャンスである。
「ありがとうございます。ぜひ遺跡を見学させてください」
「それはうれしい。我が領の数少ない自慢だからな――ドナートはいるか?」
エスコーダ卿は手を叩いて家来らしき初老の男性を呼びだした。
隣の部屋に潜んでいたようだが、暗殺などを警戒していたのかもしれない。
マンハリンの件を考えれば当然の用心ではあるだろう。
「聞いていたか? エステバンに便宜をはかるように。子細は任せた」
それだけを告げ、エスコーダ卿は立ち去った。
俺との会話も終わりらしい。
「ではエステバンどの、こちらに――」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
俺はドナートと呼ばれた男性にうながされてエスコーダ卿の応接室を退出する。
この紳士、初老ながらも護衛をしていただけに足運びに隙がない。
俺がイプノティスモの瞳をつかい、エスコーダ卿になにか仕掛けた場合は彼に不意打ちされたのだろう。
「失礼ですが、ドナートさんは元冒険者ですか?」
「ええ、わかりますかな? 遺跡の調査関係で当家に召し抱えていただいたのですよ」
ドナートは紳士然とした身なりだが、
取り落とし防止のストラップなどつけ、長時間の活動の負担を減らすために剣帯は腰だけではなく肩にもベルトを回している姿は見慣れたベテラン冒険者のものだ。
それを指摘するとドナートは「なるほど」と感心した後、俺の剣帯を眺めて怪訝そうに少し眉の角度を変えた。
俺の剣帯は腰に巻くだけのシンプルなタイプ。剣にも工夫はない。
「はは、私は臆病ですからね。いざとなれば剣は投げるし、剣帯も捨てますから」
そう、ストラップは投擲の邪魔になるし、逃げるときに少しでも身軽になるために剣帯は外しやすいタイプなのだ。
「逃げるために剣を捨てるとは! これは名手達人だ」
「いやいや、それは言いすぎでしょう?」
この後、冒険者あるあるトークで盛り上がった。
ドナートが冒険者を辞したのは24年も前のことらしく、若い頃の思い出にひたりたかったのだろう。
これに気をよくしたのか遺跡についての話も「これは秘中の秘ですが」と前置きした上で、メインの建造物に入るためのロック解除の方法も教えてくれた。
「もともと森人がいなければ反応もしませんし、中は全て調査しております」
そう言って片目をつぶるドナートはなかなか茶目っ気がある。
彼によるとメイン建築物の内部には祭壇のようなものがあるだけらしい。
大きさからして神殿だとされているようだ。
「まれに遺跡に迷いこんだモンスターも現れます、お気をつけを」
「ありがとうございます。成果があれば真っ先に報告します」
今さら俺たちが入ったからとて新発見などあるべくもないが社交辞令だ。
俺はドナートに礼を述べて屋敷を辞去した。
■■■■
古代
ハッキリ言ってよく分からない古代文明。
森人が遺跡に反応するため、森人の祖先とされるが、詳細は不明。単に古代人とも呼ばれる。
かなりの遺跡を残していることから広い地域を支配していたらしいが、何かしらの理由で衰退したようだ。
たまに出土する遺品はイプノティスモの瞳のように秘宝とされるものもあるが、大抵は使い方もわからないガラクタである。
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