5 新たな扉
チャロは助からなかった。
いくらも進まぬうちに痙攣と呼吸異常を起こしたのだ。
恐らく毒がショック症状を引き起こしたのだろう。
負傷と失血で弱っていた彼女はあっという間に息を引き取った。
チャスは静かに泣き、暗い道行きはさらに重いものになるが、こればかりは仕方がない。
人の生死はどうにもならないのものだ。
もし、俺たちが先にドラゴンと交戦していたら死んでいたのは俺かもしれない。
剣と魔法の世界、モンスターがいる世界で生きるとは、こういうことだ。
道から外れ、荒野を重い足取りで進むことしばし、彼方から人影が近づくのを確認した。
「チャス、あれは?」
「心配いらないよ、私の群れの者だ。だけど狩りじゃなさそうだし、
チャスも首をかしげるが、彼女に分からないことが俺に分かるはずもない。
彼らの目的はこちらのようで、徐々に近づいてきたが特に身構えた様子はない。
敵意がないならばそれで良しとすべきだろう。
「チャス、その方たちが2頭のドラゴンを倒し、お前を救った人間の英雄と妻たちか」
「はい、なぜそれを……?英雄?」
チャスが小さく驚くが、俺には見当がついた。
わざわざ俺を『英雄』などと大袈裟に呼び、かつ、このような真似ができる者など1人しか知らない。
「言葉を話す不思議なカラスが我らに伝えてくれたのだ。人間の英雄と、その妻たちが我らのためにドラゴンと戦っているとな」
年嵩のハイコボルドは「よくやってくださいました」と両手で俺の手をとり、深々と頭を下げた。
続いて、シェイラにも、レーレにも同様に手をとり頭を下げる。
「チャロとキュカは残念でしたがチャスは戻った。それがどれほど――」
年嵩のハイコボルドは言葉をつまらせむせび泣いた。
それこそ左右の者が心配して脇を支えたほどに。
……おそらくは近親者かな……娘や姉妹かもな。
その脇を支えるハイコボルドたちもさめざめと泣いている。
俺はハイコボルドたちの様子から近しい者を亡くした悲しみを感じた。
「エステバン、こちらは我が氏族の長老ガラだ。アタイとチャロの伯母、キュカの母になる」
俺はチャスの紹介を聞き「エステバンです」と短く自己紹介した。
助けられなかったことを謝ってはいけない。
それは彼女たちも望んでいないのだから。
「我らの
長老ガラは再度、若々しい手で俺の手を取った。
ハイコボルドの老若はよく分からないが少なくとも老人の手ではない……つまり、それだけハイコボルドは厳しい生活をしているのだろう。
年老いるのが困難なほどに。
俺たちは招待を受け、ハイコボルドの村に向かった。
――――――
ハイコボルドの村、いや塒は岩の風化によってできた洞穴だった。
彼らは氏族単位で生活を営み、この洞穴に老若男女で15人……今では13人が住んでいるらしい。
ハイコボルドの氏族はそれぞれのテリトリーの中で狩猟し、各地に点在する拠点を転々とするそうだ……まさしく塒である。
葬儀は簡素なもので、皆で浅く掘った穴で火葬し、燃え残った遺骸を埋めるだけのようだ。
そして、皆で死者の思い出を語り、泣き、笑う。
良い葬儀だと心底思う。
俺もこうして弔って欲しいくらいだ、そう思えるほどに。
チャスは妹との思い出を語り、俺は彼女たちがいかに勇敢に戦いドラゴンに勝利したかを『ややドラマチックに』語る。
シェイラは苦労して運んだドラゴンの尻尾を皆に見せ「皆で食って敵を討つんだ!」といきまいていた。なんとも勇ましいことだ。
「英雄どの、この度は誠にありがとうございました」
葬儀の後、長老ガラが声をかけてきた。
ガラも体格が男性的だが女性だった。どうやらハイコボルドは完全な女性優位の社会らしい。
ちなみにハイコボルドの男性は女性的ではないが、体格がやや小さい。
「チャスから聞きました。何かお探しだとか」
「はい、私はぬるぬるを探しているのです。この荒野にぬるぬるを持つ種族がいると、あの言葉を話すカラスに教えられました」
長老ガラは「はて」と何かを考え込む。
俺は詳しくローションについて彼女に伝えた。
「それはおそらくパロル液、我らハイコボルドの出産に使うものです」
長老ガラによると、ハイコボルドのお産は極めて難産で、それを補助するためにぬるぬるのローションに似たものを使うらしい。
……お産に使うものならば人体への悪影響は少ないはず……いける!
俺は心中でガッツポーズをした。
「しかし、パロル液を作るヌメリ苔は冬にはありません。よろしければ温かくなるまで
「それは……ありがたいですが――」
話が上手すぎる。
俺が『絶対に何かあるぞ』と身構えた。
すると案の定、ガラは「代わりといってはなんですが」と対価を要求するそぶりをみせる。
「なんでしょう? できることならいいのですが――」
「チャスに、種をつけてください」
俺の言葉に被せるように、ガラがとんでもないことを言い出した。
そもそもハイコボルドは人間嫌いじゃなかったのか。
「は? いやそれは、なぜですか?」
お約束の展開といえばお約束だが、突拍子も無さすぎる。
しかし、俺の疑問に長老ガラは怯む様子はない。
「我らの氏族では狩りを主導するリーダーが群れを率います。昨日まではキュカ、チャス、チャロが合議で全てを決めていました。幸い3人の仲はむつまじく、上手く回っておったのですが――」
意外なことに長老ガラが族長ではないらしい。
強い個体が群れのリーダーとなるシステムのようだ。
「今ではチャスしかいません。そうなると
「なるほど、氏族の中から選べば争いが起き、他の氏族から迎えては乗っ取られるかもしれない」
俺の言葉を聞いたガラは重々しく頷いた。
「そうです。その点、全く外の世界から来た『英雄』は都合がよい。無論、ただの人間ではダメです。しかし、ドラゴン2匹をひしぐ戦士ならば――」
長老ガラの言葉は真剣そのものだ。
小さな氏族にも政治はある。いや、小さな氏族ならではの問題かもしれない。
正直、俺は
ここは是非ともお願いしたいが……問題が1つ。
「しかし長老よ、私は妻たちを蔑ろにするつもりはない」
そう、これだ。
さすがの俺もシェイラを泣かせてまでヨソで種まきはやりづらい。
どうにか誤魔化せればよいのだが……さすがのシェイラも洞穴の中で一緒に生活して気づかないなんてあり得ないだろう。
なんとか言いくるめて、しばらく町に戻らせたいところだ。
「ふむ、やはり人間も女が家内を取りまとめると見えますな。我らで奥方たちを説得します。チャスもエステバン殿を憎からず思っておるはず、なにとぞお考えくださいますよう」
ガラはそれだけを伝え、チャスの元へ向かった。
……おいおい、こんな都合がいい話があるのか?
上手くいけばシェイラを気にせずケモノデビューが決まるかもしれない。
――――――
そして、それからどのようなやり取りがあったのかは分からない。
分からないが……俺の前にチャスがいる。
場所は洞穴の中、つまり、他の者もいるのだが……チャスは衣服に手をかけ、次々と脱いでいく。
他の目は気にしなくても良いらしい。
ちなみにシェイラは洞穴におらず、姿は見えない。
「あ、アタイ、初めてなんだ……あんまり見られると、その……」
チャスの体はブチ模様の毛が生えている。なんだか不思議だ。
そして、下着に手をかけ脱ぐと……見慣れた立派なモノがついていた。
「あれ? 見間違いかな?」
俺は目をこするが、幻覚ではないらしい。
なかなか立派な逸物である。
「あれ? なんでついてるんだ? フタナリちゃんか?」
混乱する俺にチャスはクスリと笑い、しなだれかかってきた。
……マジかよ、ケモノで男の娘とか最高かよ。
俺の中で日本人の血が騒ぐ。
そう、俺のルーツはHENTAIの国なのだ。
そして……俺は新たな
ハイエナのチンチンって引っ込むのな。
■■■■
ハイコボルドの生殖
驚くべきことに、ハイコボルドの女性には陰核が発達した擬陰茎なる器官がある。ご丁寧なことに脂肪が入った擬陰嚢なるタマタマもセットだ。
なぜこのような器官があるのかは謎だが、一説によると女性優位の社会を維持するうちに男性ホルモンの分泌が過剰になり発達したとも言われる。
擬陰茎には尿道もついており、オシッコもでるようだ。
性交の時は女性が腹筋を使い擬陰茎を体内に収納して男性を受け入れる……つまり、女性の準備なくしてハイコボルドは性交できないのだ。性交の主導権を握ることで女性優位の社会を維持する一助とするとも言われているが真偽は不明。
ちなみに擬陰茎は産道も兼ねるが、細く長いためにハイコボルドの出産は非常に難産である。男性諸氏は自分のモノから赤ん坊を出すことを想像してほしい。
一説によるとハイコボルドの初産は半数近くが死産であり、このためチャスの氏族はパロル液と呼ばれるぬるぬるを使うのだ。
ちなみにぬるぬるを使えば、ハイコボルドの死産は劇的に減るらしい。
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