4 ハイ

「エステバン、怪我したのかっ!?」


 シェイラがへたばる俺を心配して駆け寄ってきた。

 ちゃんと俺の荷物を抱えてきてくれたところを見るに、気を利かせてくれたようだ。


 しかし、気になる点が一点。


「エステバン、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だが……ダークエルフやめたのか?」


 そう、シェイラの髪は見慣れた白色に変わっていた。


「そうだっ、正義の戦いで正しき心をとりもどしたんだっ!」

「そうか……うん、そうか」


 よくわからないが本人が納得しているなら、それでいいのだろう。

 シェイラのポケットから覗くレーレもなにか言いたげにしているが……なんとなく気持ちはわかる気がする。


 気を取り直して犬人コボルドの若者の方を確認すると、こちらはかなり大変そうだ。

 若者は必死に負傷者の手当てをしているが、毒をもつドラゴンに足を噛まれて振り回されたのだ。

 かなり難しい状態だろう。


 もう1人、倒れたままの犬人は遠目からでもズタズタに引き裂かれており、明らかに息絶えている。


「エステバン、この人たち、ハイコボルドだよ」


 レーレが耳慣れない言葉を口にした。

 ハイコボルドとは初耳だ。


「ハイコボルド? 知らない種族だな。珍しいのか?」

「うん。耳の感じとか、顔も少し犬人とは違うでしょ?人間があまり好きじゃないはずだよ」


 レーレに言われ、再度観察すると、確かに犬人よりも耳が丸みを帯びて大きく、目が垂れてる。

 よく見れば髪の毛のようになっている部分はたてがみのようだ。

 正直、ちょっとブサかわいい。


 ハイコボルドたちは全員が革の防具を身に付け、武装をしている。縄張りの巡回だろうか。


「どうだ、傷の具合は?」


 荷物から薬草を取り出し、ハイコボルドの若者に声をかけると、悲しげな表情で首を振った。


「少し、見せてみろ」


 負傷者は身体中に傷を負っているが、やはりドラゴンに噛られた左足が酷い。

 歯で肉がぐちゃぐちゃになり、折れた骨が飛び出している。開放骨折だ。

 その痛々しさにレーレが「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。


「これはかなり厳しいな……つらいかもしれんが骨の位置を治すために引っ張るぞ。かなり痛むが舌を噛むなよ」


 俺はハイコボルドの若者とシェイラに「肩を押さえろ」と指示し、負傷者の足を思い切り引っ張った。


 あまりの激痛に負傷者は泣き叫び、失禁した上に気を失った……無理もないと思う。


 そして負傷者の剣を鞘ごと副え木がわりにし、噛み潰した薬草をベッタリと貼り付け固定した。

 傷口と足の付け根を固く縛り、止血も完了だ。


 ハイコボルドの若者がすがるような目つきで「お前は治癒士か?」とたずねてくるが、これには首を振るしかない。


「お前さんの村には治癒士はいるか? 2人も運ぶのは無理だろう、手伝わせてくれ」


 ハイコボルドは顔をしかめ「いない、治癒士はいない」と呟き涙をこぼした。


 回復魔法がないなら生死は覚束ない。生き長らえても足は元には戻らないだろう。

 俺は「そうか」と応え、負傷者を担いだ。


「助かる、キュカも連れていってやりたいんだ」


 そう言うと、ハイコボルドの若者はこと切れた仲間の亡骸を担いだ。


 そこで、俺は異変に気がついた。負傷者の胸のあたりが柔らかいのだ。


 ……あれ? こいつ、女か?


 おぶった体に柔らかさがある。男性的な体格だが女のようだ。


 俺はひょっとしたらとハイコボルドの若者を観察した……こちらも女性かもしれない。違うかもしれない。


 ……うーん、俺が男と女を見誤ることなんかあるのか?


 俺は首をかしげるが、どうにもわからない。


「どうした? 重いか?」


 ハイコボルドの若者が俺の視線に気づき、声をかけてきた。


「いや、まだ名乗っていなかったな。俺はエステバン、3等冒険者だ」

「アタイはチャス。担いでもらってるのがチャロ……妹なんだ」


 女性名、やっぱり女だったみたいだ。

 体格が男性的なのはハイコボルドの特徴だろうか?


「わ、私はシェイラだっ!」

「ボクはレーレ」


 レーレがポケットから出て挨拶している。

 今までこんなことはなかったから少し驚いたが、チャスも「助かったよ、ありがとう」と気にした様子もない。


「なんだ? ハイコボルドはリリパットが珍しくないのか?」

「うん、ボクが住んでた所はここじゃないけど、近くにリリパットの里の気配はあるよ。それにチャスさんの着てる鎧は小人の仕立てだしね」


 レーレが威張って胸をそらすが、何に威張ってるのだろうか……相変わらずリリパットは謎に包まれている。


 俺の様子を見たレーレが「なに?」と不思議そうな顔をするが、怪我人を運ぶのが先だ。


「いや、相変わらずいい乳してるから眺めてただけだ。急いで怪我人を運ぶぞ、シェイラは俺の荷物を持ってくれ」


 レーレは「にゃははー、エステバンもすっかりボクの虜だねー」などと照れ笑いしている。

 実はレーレは体のサイズが小さいだけでスタイルはかなりいい。

 シェイラが膨れっ面をしているが、そこは気にしなくていいだろう。


 チャスも「リリパットとはたまに交流がある」と教えてくれる。

 しかし、彼女は「人間とは交流がない」と続けた。


「助けてくれて感謝はしてるんだ。でも、その、村には入れないかもしれない……人間は」


 チャスが気まずげに告げるがなんの問題もない。


「ああ、なら村の近くまで行き、チャロを渡そう。ただ、俺たちは探し物をしてるから、村の物知りを紹介してくれないか?」


 こうした場合は「見返りはいらない」などと安易に言うと警戒されるものだ。

 ある程度の要求は伝えた方がよい。


「わかった。ついてきてくれ」


 チャスは納得した様子で俺たちを先導した。

 死んだ仲間を背負う足取りは重い。


「ちょっと待ってくれ、エステバン、待って!」


 振り返ると、俺の荷物を抱えたシェイラがドラゴンの尻尾を引っ張っている。

 気持ちはわからんでもないがどう考えても運ぶのは無理だろう。


「シェイラ、そんなに尻尾を引っ張ると――」


 俺が注意を促そうとした瞬間、ドラゴンの尻尾は千切れ、バランスを崩したシェイラは盛大に転んでべそをかいた。


 言わんこっちゃない、トカゲの尻尾は切れやすいからな。


 シェイラはそれでも諦めず、尻尾だけを引き摺って運んでいた。




■■■■



ハイコボルド


ハイエナの亜人。見た目は人の骨格をしたハイエナ。

個体数があまり多くない上に、犬人ほど人に馴染まず僻地に隠れるように住んでいる。

ハイコボルドのコミュニティは完全な女性優位であり、体格も女性の方が大きい。

ちなみにハイエナはネコ目ハイエナ科であり、犬より猫に近い動物である。

勇猛果敢で集団での狩が得意。屍肉はほとんど食べないらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る