3 ドラゴンとの死闘

 数日ほどハルパスに教えてもらった道順に従い進むと、とんでもない荒野に出てしまった。


 ごろごろと岩が転がり、低木がまばらに生えている乾いた大地……どことなく魔族が住んでいる南部地域に似た雰囲気がある。


「ひええ、何にもないよー」


 レーレが驚きの声を上げたが無理もない。

 旅なれた俺でもアイマール国内でここまで荒れた土地は滅多に見ることがないのだ。


 心なしか風まで荒涼としている。

 春の雰囲気は皆無だ。


「うーん、水は俺の魔法でなんとかなるが、食料の補給は難しいな」


 シェイラが横で「私なら飛ぶ鳥だって狙えるぞっ」と謎アピールしているが、ダークエルフってキャラクター設定だろう。中2ってやつだ。


「道はわかるのー?」

「ああ、石がどけてあるし、これはたぶん道だな。進もう」


 荒野に残る知的生命体の痕跡……とは大袈裟だが、何らかの種族がいるのは間違いない。

 この荒れ地に挑む俺たちの頼りはこの道だけだ。


 迷わないように目立つ岩にチョークで印をつけながら進む。

 スケール感の大きな場所では人間の感覚はすぐに狂ってしまう。小さな用心が大切だ。


「こんなに寂しいところで住むなんて変なやつらだな?」

「人里から離れて暮らすのは森人エルフも同じだろ? 森に隠れるか、荒野に隠れるかの違いさ」


 シェイラは「うむ!」と腕を組んで頷くが、ダークエルフって本当にこんなキャラで正解なのか?


 俺が「まあ、いいけどね」とシェイラの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、ダークエルフは「やめろー」と、か弱い抵抗を見せた。


「あっ、ちょっと待ってエステバンっ!」


 なすがままになっていたシェイラが突然大声を上げた。

 長い耳がピクピクと動いている……何か異変を察知したようだ。


「どうしたの?」

「シーっ、シェイラが何か異変を耳にしたようだぞ」


 不思議がるレーレを俺はたしなめ、ダークエルフをじっと見守る。


「あっち、誰か戦ってる……? ちがう、モンスターに襲われてるぞっ!」


 シェイラは「あの裏だっ!」と、やや離れた小さな岩山を示した。


「よし、すぐに向かうぞ。冒険者の仁義だ!」


 助け合いは冒険者の仁義である。

 俺たちは岩山に向かい駆け出した。




――――――




 俺たちは小さな岩山の上で状況を確認する。


 岩山の反対側は湧き水があるらしく、小さく緑が広がっていた。

 そこで争う犬人コボルドたちと……2匹のモンスター。


 犬人は3人、すでに1人は倒され、もう1人も襲われて血まみれだ。

 加勢しなければ残りの1人も時間の問題だろう。急ぐ必要がある。


 そして争うモンスターは――


「シェイラ! あれはドラゴンだ! 足が早くて毒がある。素早くてしつこいやつだ、追われたら俺を呼んで逃げに徹しろ!」


 この世界のドラゴンは火を吹いたり空を飛んだりしないが、極めて危険なモンスターだ。

 硬い皮膚と鋭い毒牙をもち、速い動きで獲物を狩る恐るべきハンターである。

 簡単に説明するなら3~4メートル級の体長をもつトカゲか。


 普段なら戦いたい相手ではないが、緊急事態だ。一気に行くしかない。


 俺は躊躇ためらわずに斜面を駆け下り、血まみれになった犬人の足に噛みついている個体を狙う。

 もう片方はシェイラが弓で狙撃するはずだ。


 数々の戦いを経験した俺たちに細かな打ち合わせは必要ない。

 シェイラは俺の狙いや癖は把握してくれている。


「おおおおぉぉぉっ!!」


 雄叫びを上げ、体当たりのようにして斧を振るう。

 ドラゴンの硬い皮膚を突き破り、斧は脇腹に深々と食い込んだ。

 鱗を裂き、骨を砕いた感触が手に伝わる――恐らくは臓器も破壊したはずだ。


 ドラゴンはいきなり現れた新手に怒り狂い、犬人の足を離してこちらに襲いかかった――だが、予想通りの動きだ。


 俺に向けて大きく開いた口の中に剣を浅く差し込む。

 剣は上顎うわあごを傷つけたが、浅い。


 こいつらの牙には肉を腐らせる毒がある。

 止めのチャンスではあるがイマイチ踏み込めなかった。


 口中を傷つけられたドラゴンは身構え、しきりに俺を威嚇してくるが明らかに怯んでいる。


 ドラゴンとはいえ野生動物、いきなり現れた強敵を警戒するのは自然なことだろう。


「おおおおおぉぉぉ!!」


 俺は再度、雄叫びを上げた。

 野生のモンスターは怯めばもろい。

 剣と斧を擦り合わせて金属音を立て、襲いかかる素振りを見せると背を向けて逃げ出した。


 殺す必要はない、これで十分だ。


 俺は血まみれになってあえぐ犬人に「もう少しまて」と告げて、残り片方のドラゴンとの戦いを観察する……が、こちらはかなり善戦していた。


 ドラゴンと戦う犬人の若者は中々の腕前で、素早い身のこなしと巧みな盾さばきでドラゴンを牽制している。

 見ればドラゴンの頭部や脇腹などに矢が何本も突きたっているが、これは高台からシェイラが狙撃しているのだ。


 この犬人の若者、援軍の弓兵シェイラを意識して巧みにドラゴンの注意を引いているらしい。

 冷静で勇気のある決断だ。並みの者ならばこれ幸いと逃げ出し事態を悪化させただろう。

 名のある戦士かもしれない。


 ……これはチャンスだな。


 ドラゴンは犬人とシェイラの矢に怒り狂い、こちらには無警戒だ。


 俺は適当な狙いで斧を投げつけ、そのままドラゴンの背に飛び乗った。


 いくらデカかろうがトカゲである。

 背に乗ってしまえば牙も爪も届かないと踏んだのだが――甘かった。

 ドラゴンは俺を押し潰すように横回転し、地面と自らの巨体をこすり合わせるように暴れた。


 俺は振り落とされないようにドラゴンの背に剣を突き立て、えぐるように動かす。

 ドラゴンも必死ならこちらも必死である。


 振り払われては確実に殺られる。ドラゴンとの根比べだ。


 ――どれだけ時間が経っただろうか。


 何度も叩きつけられ、巨体に潰され、硬い鱗と地面に体を削られた。

 なんどか衝撃で意識が遠くなるが、有り難いことに痛みが俺の意識を呼び戻してくれる。


 そのうちにドラゴンの動きが鈍くなり、動かなくなった。

 どうやら仕留めたらしい。


「すまない、人間の戦士よ。助かったぞ」


 やっとの思いでドラゴンの背から這い出した俺に、犬人の若者が声をかけてきた。

 意外と高い声だ。想像よりも若いのかもしれない。


「ああ、こっちはいい、負傷者を見てやってくれ」


 これだけ伝えると、俺はあまりの疲労でへたり込んでしまった。

 ドラゴン2匹とやりあうなんて正気の沙汰じゃない。


「あー、くたびれた」


 思わず不平が口からでた。

 空を仰ぐと、視界の端に斜面を駆け下りるシェイラが見えた。




■■■■



ドラゴン


明確な定義はなく、体長3メートルを超えるトカゲやヘビをドラゴンと呼ぶ。

でかいトカゲとあなどるなかれ。

人間の全力疾走よりも速く走り、知覚に優れているためずーっと追いかけてくる。そして獲物を追い詰め、毒で弱らせ、鋭い牙と爪で獲物を生きたまま補食する恐ろしい存在なのだ。

その肉は食用にはなるが、独特の臭みがあり決して美味ではない。しかし、その希少性から高額で取り引きされるようだ。

肉質はボソボソとして品質の悪いササミに近い。

高タンパク、低カロリー。寄生虫が怖いからちゃんと火を通して食べよう。

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