15話 異世界ウ〇ルン滞在記 エステバンが~荒野で~ハイコボルドと~出会った~

1 新たなる旅立ち

 少し風に温かさを感じ始めた季節。

 俺はアレンタの町で何度目かの講義をしていた。


 聴講しているのは娼婦組織の顔役4名である。

 彼女たちは引退した娼婦で、現役の娼婦が抱えるトラブル解消のために性の賢者である俺に相談してきたのだ。


 俺が賢者になってからいくらも経っていないのに凄い耳の早さである。

 この世界の格言に『娼婦と乞食の耳目はどこにでもある』とあるが、よく言ったもんだ。


 今日の議題は娼婦が避けて通れぬ道、妊娠である。


「いや、顔に出したがる男は確かにいるが、妊娠を避けるためにとる手段じゃない。男が病気持ちだと目に入った時に失明することもあるからだ」


 俺が断言すると、顔役の一人が「ありゃあ染みるからねえ」としきりに頷いている。

 こんな50過ぎの年増が顔を汚されている姿を想像して……意外と興奮した。


「じゃあどうすんだい? 堕ろすのかい?」


 少し若い顔役が不満そうな顔をするが無理もない。

 治癒士にかかるほど金のある娼婦はまずいない。堕胎は命がけなのだ。


「それも選択の1つかも知れんが、俺は産む方がリスクが少ないと思う」


 もちろん出産も命がけである。そして産まれた子供には手間がかかるのも理解している。

 だが、素人が行う堕胎はそれに増して危険が大きいと思うのだ。


 この言葉を聞いた顔役たちは「簡単に言うけどね」「男にはわからんかも知れないけど」と露骨に嫌な顔をした。

 腹が大きくなれば娼婦は続けられないし、子供が産まれてもしばらくは働けない。


 シングルマザーにとって出産は文字通りの死活問題なのだ。


「もちろん、子供を育てる手間や出産の休暇も必要だ。そこでこんな制度を考えた。聞いてほしい」


 俺が考えたシステムは簡単なものだ。

 娼婦の上がりを少しだけ値上げしてプールし、貯めた金は妊娠や病気などで働けなくなった娼婦の援助にする。

 いわば原始的な共済保険だ。


「それだけじゃない、年をとって働けなくなった女を雇って子守りをさせるんだ。母親は安心して子供が預けられれば仕事に精がだせるし、引退した年増も仕事を得ることができる」


 この話を聞いた顔役は、微妙な表情をする者、真剣に聞く者、苦笑いをする者、様々な反応を見せた。


 彼女らは酸いも甘いも味わい尽くした海千山千の娼婦たちだ。

 旨い話には飛びつかないし、他人に過剰な期待も抱かない。


 だが、俺が丁寧にメリットとデメリットを説明するうちに、少しずつ理解を示してくれた。

 中でも効果があったのは子供の教育の話だ。


「余裕があれば引退した商人にでも頼んで読み書きや計算を習わせるのも良いだろう。学を身につければ子供を亡八ぼうはちや娼婦にせずともすむ」


 この言葉は効いた。

 誰しも好んで娼婦にはならない。皆が事情を抱えているのだ。


 言うまでもないが、生まれは人の人生を大きく左右する。

 娼婦の子として生まれれば男女ともに荒んだ環境で生活をし、男は亡八や反社会的な組織に、女は娼婦、というのは1つの流れではある。


 ちなみに亡八とは娼館の男性店員だ。


「わかるけどさ、金がいくらかかるかわかったもんじゃないよ」

「そうだな、金を貯めるだけじゃ追いつかないだろう。貯めた資金を運用するのも手だが……この辺は頼れる商人に相談した方がいい」


 なんとなく話はここで一区切りとなり、顔役たちがガヤガヤと先程の話を相談している。

 だが、そこはオバチャンの群れなので話が二転三転しているようだ。


「そう言えば賢者様、あんた冒険者だろ?」


 また話題が飛んでこちらに向かってきた。

 俺が「そうだ」と短く答えると「そりゃいけないね」と他の顔役が乗ってきた。


いくさだよ、アランダが仕掛けてくるよ」

娼婦わたしらは稼ぎ時だけどね、ひっひっひ」


 彼女らの話をまとめると、先日の盗賊はアランダという領主の差し金だったらしい。

 今にも戦争が始まりそうな緊張した雰囲気があるようだ。


 さまざまな客をとる娼婦は情報通だ。

 その顔役の彼女らは町のささいな変化も見逃さない。


 本当に戦になるかは別にして、そういう雰囲気があるのだろう。

 無視できない情報だ。


 ちなみに戦は冒険者にとっては鬼門である。

 戦争が始まれば街道は厳しく監視され、人の往来は制限される。

 無理をすればスパイ容疑で逮捕だ。


 そうなると旅から旅の冒険者はつらい。

 戦時下では領主のもとで傭兵をするくらいしか仕事はなくなるが、冒険者など使い捨てが関の山だ。


 逆に荒くれの男たちが傭兵として金を貰う戦争は娼婦たちの稼ぎ時でもある。

 同じ戦でも娼婦にとってはボーナスタイムだ。


「ありがとう、助かったよ。すぐに町を出よう」

「ひーっひっひ、そりゃ残念だねえ。今回の礼を全員でしようと思ったのにさ!」


 俺が素直に礼を述べると、年嵩としかさの顔役は何が楽しいのか大喜びした。人間だとしたら70前くらいだろうか……耳が異様な形をしているところを見るに他の種族との混血だろう。


「それは残念だ。急ぎでちょっと頼めないだろうか?」


 昔、パーティーを組んでいた年増好きの強者が、歯がない老婆に口でしてもらうのは得もいわれぬ快楽だと語っていた。

 チャンスを逃したのだとしたら無念である。


「嬉しいねえ。あんたは女を泣かせてるね」

「針上手のお嬢ちゃんに恨まれるのはゴメンだよ!」


 顔役たちはケタケタと笑うが冗談だったらしい――若者の純情をもてあそぶとはあんまりだ。

 魔女のごとき笑い声に見送られ、俺は町を出る決意を固めた。



 宿に戻ると、黒い髪のシェイラが威嚇的な動きでレーレをいじめていたが……たぶんキャアキャア言ってるから遊んでいるだけだろう。


 二人は毎日のように仕立ての仕事をしていたが、今は請け負っていないらしい。

 どうでもいいけど、仕立屋の店員も針子の森人エルフがある日突然ダークエルフになったのだ……さぞ驚いたことだろう。


「二人とも、急で悪いが旅に出るぞ。仕立屋にも挨拶しといてくれ」


 俺が声をかけると2人は『蛮族に捕まった小人ごっこ』みたいな奇妙な遊びを中断し「わかった」「はーい」と個性を出して返事をした。


 ……どうでもいいが……


「シェイラ、せっかくダークエルフなんだし『私に命令するなっ』みたいに反抗してもいいんだぞ?」

「なんでだよっ、反抗してもいいなんて言われてする反抗なんて邪悪じゃないぞっ!」


 黒髪のシェイラがぷりぷりと怒っているが、なかなかいい。

 俺はver.ダークエルフのほうが好みだな。


「ぎゃー、ぶつぶつ言いながら尻を触るなあ」


 シェイラの抗議で我に返った。

 どうやら無意識に尻を撫でていたらしい。


 この俺を惑わすとはダークエルフとは恐ろしい存在だ。


 ともあれ、俺たちは町を離れる。

 次なる冒険に向けて旅立つのだ。




■■■■



アレンタの娼婦組合


この後、エステバンの提言を受け入れ、妊婦や病人へのカンパのような単純な形から共済保険がスタートした。

これは組織内の相互扶助の一環として受けとめられ、意外とスムーズに導入されたらしい。

仮病などで不正に受給する者も当然あらわれたが、長い時間をかけてシステムが洗練されていく。そして、後の世で娼婦組織から独立し保険会社となったらしい。


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