おまけ せいけんエステバン誕生

 その後

 


 ダークエルフと化したシェイラと、なにやらシェイラに叱られているレーレを残し、俺は賢者の元へ向かった。

 彼女らも忙しそうだし、少し離れるくらい問題無いだろう。


 道中で盗賊がいることは分かりきっているので、予め調査で使ったルートをたどり、迂回しながら進む。

 今回は最悪発見されても逃げるだけなので歩みは速い。


 早朝から半日ほどかけて進むと、木製の簡素な防壁を備えた開拓村のようなものが見えた。

 外には畑のようなものも広がっている。


「あれか……?」


 つい独り言が出てしまうが、それだけ意外だったのだ。


 俺は勝手に『賢者の隠宅』という言葉のイメージだけで、古い塔や忘れられたほこらみたいなのを想像していたが、考えてみれば賢者にも生活がある。

 人が住むにはそれなりのコミュニティがあるはずなのだ。


 近づくと、見張り台らしき櫓から弓を持つ蜥蜴人リザードマンがこちらの様子を窺っているのが確認できた。

 今は盗賊がでているし、警戒しているのだろう。

 自給自足の生活とは、モンスターや盗賊から身を守る術がないと成立しないのだ。


「おーい、俺はアレンタの町から来た! 紹介状もあるぞ!」


 誤射されないように手を振りながら近づくと、中から別の男が槍を手に出迎えてくれた。こちらは人間である。


「全てを知ると言われる賢者様に尋ねたいことがあり面会に来た」


 俺が簡単に用件を伝えると、ジロジロと見られはしたがどうやら取り次いでくれるようだ。

 男は「門で待て」とそっけなく告げると壁の中に消えた。


 この男も、見張りの蜥蜴人もなかなかの身のこなしだ。


 ……これは、早まったかな?


 男たちの身のこなしを見て『盗賊の仲間じゃないだろうか』と疑念を感じた俺は周囲の確認をすることにした。

 いざというときの逃走経路は確認したい。


 門から見える範囲で集落を眺めたが、鍛冶屋もあれば厩舎もある。

 防壁と櫓も備えたそれは、砦のような雰囲気だ。



 ――待つことしばし。



 戻ってきた先ほどの男が「コンラード様はお会いになるそうだ」と告げた。

 どうやら賢者の名はコンラードというようだ。


 意外にも特に大きいわけでもない家屋に案内され、中に入ると初老の男性が「いらっしゃい」と声をかけてきた。

 年の頃は60前後ほどの白髪の老爺だがやけに背が低い。

 地人ドワーフかとも思ったがヒゲを剃りあげておりなかなか判断が難しい。

 年経た地人は長い髭が誇りでもある。


「最近が盗賊が出るというので客は久しぶりですよ」

「はじめましてエステバンと申します。3等の冒険者をしております」


 左右に積まれた本や巻物がなければ、村役人でもやってそうな人当たりの良さを感じる。


 ニコニコとした様子も偏屈者が多い地人らしくない。

 恐らくは混血か、背が低めの人間だろうと俺は納得した。


「どれ、紹介状があるとか?」

「あ、こちらです」


 賢者は「拝見」と俺から紹介状を受け取り、さっと素早く一読した。

 その落ち着いた様子はいかにも賢者だ。俺の期待はいやが上にも高まっていく。


「さて、何かご質問とか。答えられることなら良いのですが」


 この言葉に俺は『おや?』と反応してしまう。

 全てを知るなどと名乗るからにはもっと尊大なのかと思っていたのだが……。


「賢者とは先に生きている賢者から学識を認められた者の俗称のようなものですよ。尾ひれがついてますがね」


 賢者コンラードは自嘲ぎみに「すこし大袈裟に伝わっております」と苦笑いをした。

 なるほど、賢者とは文字通り『賢い人』くらいの意味らしい。


 このタイミングで俺の後ろで控えていた案内の男が部屋から出ていった。

 どうやら信用されたようだ。


「それで、いかなる質問ですかな?」

「はい。男女和合の秘訣です」


 俺の質問に賢者が不思議そうな顔をするが俺はいたって真面目だ。


 心が通じていれば体なんて……みたいなことを言うやつは本当に何もわかっちゃいない。

 人間は体と心を分けて考えるべきではないのだ。


 体を鍛えて性格まで変わるパターンや、ストレスから体の病気になるパターンはいくらでもある。


 実際にシェイラは『出来なかったこと』を自身の身体的な欠陥ではないかと悩んでいるのだ。

 解決できるのなら、早く解決してやりたい。


 俺が真剣に状況を説明すると、賢者は「なるほど」と頷いた。


「体と精神は分けて考えるべきではない、とは面白い」


 賢者は何やらメモを取っているが、琴線に触れたようだ。


「確かに異種婚は難しさもありますし、ねやのことは大切でしょうな。和合の技術は貴族の秘事として伝わっておりますよ」


 ふざけるなと怒鳴られることも覚悟していたのだが、この賢者、意外と話がわかる。


 彼は「たしか、ここにありますよ」と本棚から1冊の本を取り出した。

 本が貴重な世界では、蔵書の多さは知識の量でもある。

 わざわざ来た甲斐があったと言うものだ。


「ありましたよ、実に簡単だ。身体幼き者は和合の前に舐めるのですよ」

「舐めましたけど」


 あまりのシンプルな答えに、つい反応してしまった。


「え? 舐めたの?」

「舐めましたけど」


 賢者は『まさか』といった風情だ。


「こう……ペロペロと?」

「ええ、もうペロペロと」


 俺の答えに賢者はショックを受けた様子でページをめくる。

 そして、ある答えにたどり着いたようだ。


「ならばこれですな。香油を塗布し、滑りを――」

「使いましたけど。香油」


 俺の答えに賢者が愕然がくぜんとした。

 信じられないものを見る目付きだ。


「使いましたか」

「ええ、粘度の高いぬるぬるのやつを」


 賢者は「ほ、他には――」と色々と調べてくれたが、試したものばかりだ。


 アダルトビデオなどない世界では貴重な記録も、俺からすればバカバカしいものばかりである。


 いつの間にか俺が性知識を講義する形となり、最後は侍女らしき女数名と実践して見せたほどだ。


「こ、これは凄い」


 賢者はおかしな興奮をしながらメモを取り続け、終わったあとには回春して混ざっていた。


 ……アイマール王国はおおらかだからな。




――――――




 そして翌日の夜明け。

 俺たち二人は全裸で並び、朝日を迎えた。


 朝の気配に生命のさざめきを感じる――春が近いのだ。


 しばらく2人無言で朝日を眺めていると「これをお持ちください」と賢者がメダリオンを首から外し、手渡してくれた。


「これは?」

「賢者の証です。あなたの知識はまさに賢者にふさわしいものだ。性なる賢者よ」


 なんだか微妙な称号をもらってしまった。

 だが、このメダリオンがあれば学者間で色々と便宜をはかってもらえるそうだ。ありがたくいただこう。


「恥ずかしながら私はこの年までこの営みに、あのような広がりがあることを知らなかった……エステバン、あなたの知恵は私と彼女たちの蒙を啓いたのです」


 そう言ってコンラードは、精も根もつきてぐったりとした女たちを眺めた。

 その目は慈愛に満ちている。


 いつの間にか俺たちはエステバン、コンラードと呼び合う仲になっていた。

 ある意味で自然なことだろう。


 俺と彼は同じ戦場よるを潜り抜けた戦友なのだ――男の友情は長さじゃない。


「新たなる賢者よ、あなたの探求に実りがあることを願います」


 賢者コンラードに祝福され、俺は新たなる冒険に旅立つ。


 俺の名はエステバン。

 性賢エステバンとも呼ばれるようになった。




■■■■



賢者


文字通り『賢い人』である。

エステバンは性知識で賢者になったが、そもそも彼の科学知識などはアイマール王国ではかなりのレベルであり、学者になっていたら賢者にはなっていたものと思われる。

エステバンの豊富な異世界の性技や異種族との対戦の記録はコンラードによって2冊の本にまとめられ、性のバイブルとして広く流通した。

それと共に『性賢エステバン』の名は謎の賢者として記録に残ることとなる。

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