4 赤いアヌス
俺たちはアナル野郎を縛ったままアレンタの町に連行する。
ちなみにこの手の犯罪者は隊列の後ろに回すと良からぬことを企むので、先を歩かせ、剣で尻を突つくように歩かせるのがコツだ。
「おらっ、キリキリ歩け」
俺が軽く尻を突くとアナル野郎は「痛い!止めてくれ!」と悲鳴を上げて歩き続ける。もう何度も突いたので彼のズボンは尻が真っ赤だ。
「畜生、なんで星の剣で俺の尻が……ちゃんと返してくれるんだろうな?」
「やかましい」
俺はアナルの質問には答えず、彼の尻を刺す。すると「もうやめてくれっ」と情けない声を出した。
この剣は谷の氏族の宝剣らしく、透き通るような美しい銀色の剣だ。
流れ星を鍛えたらしいが、隕鉄でも混ぜ込んで作るのかもしれない。
「エステバン、こいつはどうなるんだ? 縛り首か?」
シェイラが心配げに訊ねてくるが、同じ森人が厳罰に処されるのではと心を痛めているらしい。
「まあ、シェイラが強姦未遂を訴えないのなら、こいつの罪状は刃物を振り回して市場を騒がしたことと脱走だが、もともと微罪だから大した罰は受けんだろう」
俺が「都市法にもよるがな」とつけ加えると、アナル野郎は目を丸くしていた。
「詳しいな。あんた判事か?」
「んなわきゃないだろ。冒険者稼業じゃ法律を知ってるヤツは得するから覚えたんだよ」
法律を知ってる冒険者……というか、低級冒険者だと字を読めるやつもロクにいないので騙され放題だったりするのだ。
簡単な法律を把握しているだけで身を守れることはわりとある。
「エステバンはな、学者みたいに賢いんだ」
なぜかシェイラが威張っているが気にしないでおこう。
「まあ、長くて数日の入牢だろ。頭を冷やしてきたら剣は返してやる」
アナル野郎は悔しげに歯噛みをするが、取り上げないだけありがたいと思えよ。
「もう逃げてきたらダメだぞ。悪いことをしたら仕置きを受けるのは人間も森人も一緒だからなっ」
シェイラが偉そうにアナル野郎に説教してるが、十何年も森人の女を探してたコイツの方が人里に慣れてるような……まあ、その辺は言わぬが花だろう。
アナル野郎が厳罰に処されないとわかりシェイラも安心したのかもしれない。
……わりと危なかった気がするが、本当にわかってるのかね?
シェイラを人質にとられてたらヤバかった。コイツがバカで良かったと思う。
思い出したらムカついてきたので「さっさと歩け」と尻を突いた。
――――――
俺たちは程なくしてアレンタの外郭にたどり着く。
すると、入市税を回収するために近づいてきた年かさの衛兵が、縛り上げられたアナル野郎を見て「これは何か?」と怪訝な顔をした。
「市場で刃物を振り回した森人を市外で見かけましたので、逃走したと判断し捕らえました」
「なるほど、ご苦労様です。賞金はでないかもしれませんが――」
衛兵は少し申し訳なさそうな顔をするが、俺だってこんなケチな犯罪で賞金があるなんて思っていない。
「いえ、かまいませんよ。それよりもお仕置きしたくてね……少々オイタが過ぎるので教育してやってくださいよ」
「ああ、なるほどなるほど。新年の祭りですからな。寂しい思いをしてる若いのが喜びますよ」
俺が小銭をわたすと衛兵は「おいアチェロ! 牢につれていけ!」と若い衛兵を呼びつけた。
アナル野郎は不安げな表情を見せたが自業自得、仕方ないだろう。
「おやおやもう尻が真っ赤だ。ポーションをたらふく使ってやらねばもちませんな」
「ポーションですか……ほどほどに頼みますよ」
アナル野郎は意外とキツイお仕置を受けそうだ。衛兵はニヤリと笑い、俺は眉を潜めた。
ポーションは依存性の強い薬物だ。あまりいい印象はない。
……ま、シェイラを襲おうとしたのは事実だしな。
俺は「自業自得」と呟いて門を潜った。
実は冒険者の制裁で『微罪で牢にぶちこむ』ということは稀にある。
衛兵に小銭を渡したのは『よろしく頼むよ』のサインだ。
大抵は衛兵に小突かれたり、無駄な尋問で寝かしてやらないとか飯抜きとかその程度だが、アナル野郎は顔がいいので可愛がられることになったらしい。
どの都市でも衛兵は新年の祭りは休めないので人数が多い。アナル野郎は眠れぬ夜を過ごすことになりそうだ。
あのベテラン衛兵は森人を差別したりしない博愛主義者のようだから、アナルくんも人間との交流がすすむことだろう。
……ま、襲われる側の気持ちを味わえば二度とやらんだろうさ。
そう考えれば悪くない仕置きにも思えてきた。
女を抱くときには気持ちや金銭などの同意が必要だ。ただ乗り、ましてや強姦など言語道断である。
衛兵の詰所には治癒師の出入りもある。
金さえ払えば痔の治療くらいはしてもらえるだろう。
「どういうことだ? アイツは牢に入れられるんだろ?」
「あのねー、あの人のお尻にねー」
シェイラが疑問を口にしたが、レーレが事細かに説明してやっているようだ。
それを聞いたシェイラは赤くなったり青くなったり忙しく顔色を変えている。
「お、お尻にそんなことしたらダメだっ!」
「でもさー、エステバンとクロイアヌスさんならアリじゃない?」
二人がキャアキャアと騒ぎだしたが冗談じゃない。
お相手にするならもっと少年じゃないと無理だ。俺には男色趣味はないからな。
「そんなことはもういいさ、それよりも――」
俺はシェイラの肩をぐいっと引き寄せ「デートの続きさ」とささやいた。
余談だが、この後は俺も頑張ってムーディーな感じで終日エスコートし、シェイラと
シェイラがあんまり「痛い痛い」と騒ぐもんだからどうにも……先っぽも入らないぞ。
やっぱり俺、若い娘は苦手だわ(自己暗示解除)。
読者諸兄よ、大きけりゃいいってもんじゃないぞ。
大きな凸に小さな凹。サイズが合わないのは悲劇というものであろう。
■■■■
冒険者の制裁
組織の和を乱すような言動が多い冒険者は、さまざまな嫌がらせを受けて排除されていく。
今回の衛兵を使うリンチは本来は密告による逮捕がポピュラー。遵法精神に乏しい冒険者も多く、何らかの微罪を犯している場合が多いので密告されたら簡単に入牢となる。
衛兵もベテランになると心得たもので、あえて冒険者同士のイザコザには首を突っ込まない。袖の下で大抵は済ましてくれる。
ちなみに経験豊富で要領のいいエステバンはこの手の嫌がらせに引っ掛かることはまずない。
※直腸にポーションは大変危険です。絶対にマネをしないでください。
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