3 暗示
「少し休憩にするか。あまり離れないでくれよ」
俺はトイレに行きたそうにしていたシェイラに声をかけて道端に荷物を下ろすと、彼女は少し恥ずかしそうに木立へと向かう……すこしデリカシーが無かっただろうか?
「エステバン、さっきの人、本当に追いかけてくるかな?」
レーレが心配げに声をかけてくるが、そればかりはわからない。
だが、わからないなら悪い方を予測して避けるのが無難だ。
「わからんな。だけどシェイラに万が一があったらだめだろ?」
「きしし、エステバンもだいぶほだされてきたねー」
レーレが「このこのー」とからかってくるが、実際に俺たちの関係は近くなった。
身持ちのかたさには定評のある俺だって、シェイラのような美少女にあからさまな好意を向けられては嫌な気はしない。
「シェイラ遅いねー」
「まあな、そんな時もあるだろ」
ぼんやりと他愛のない話をすること10分ほど。
レーレは退屈してきたらしいが、小便していたら便意を催すことだってあるし、肉ばっか食ってるシェイラは便秘体質で長グソなのだ。
……まあ、本人には言わないけど。
ちなみに俺はわりとちょっとしたことで緩くなるタイプだ。
深酒したら100%腹下しする。
『――て、助けてーっ!! エステバーン!!』
突然、シェイラの悲鳴が聞こえた。
「エステバンっ!」
「わかってるさ!」
武器だけを構え、俺はすぐに飛び出す。
シェイラがいるであろう木立の裏に回り込むと、それはいた。
先ほどのアナル野郎と下半身丸出しで身を縮めるシェイラ。
……わかりやす過ぎるぜ!
俺は無言で飛び掛かり、右手の剣を袈裟斬りに振るう。
アナル野郎は「うわっ」と小さく悲鳴を上げて剣を躱わすが、これはフェイントだ。俺は間髪おかずに左手の斧を地面スレスレで振るう。
そのまま斧頭の底でアナル野郎の足をかけ、思い切り引き付ける。斧を使った足払いのような形だ。
これが見事に決まり、アナル野郎はあお向けにひっくり返った。
「待て! まだ俺は何も……」
アナルが必死に命乞いを始めるが、攻撃を緩めるつもりはない。
俺が喉元に剣を突きつけようとした瞬間――アナル野郎はブリッジのような体勢からカサカサと虫のような動きで難を逃れる。エクソシストのようだ。
「ぎゃー! 気持ち悪いよ!」
レーレが悲鳴を上げるが同感だ。
そのままアナル野郎は両手を使わずにブリッジの体勢から勢いよく立ち上がる。
凄まじい身体能力、体のバネだ。
……だが、バカだろ?
俺は立ち上がるアナル野郎の前に斧を突きだすと、勝手に頭から衝突しアナルは再度倒れ込んだ。
そのまま俺は喉元に剣を突きつけ、アナルの剣を抜いて遠くに放り投げた。
「あの剣は――」
アナルが何か抗議の声を上げたので顔を蹴り飛ばし黙らせる。
「ひゃー、久々にエステバン怒ってるね」
「当たり前だ。シェイラに手を出されて黙っていられるか」
こいつがここにいるってことは衛兵の詰所から逃げ出したのだろう。さすがに当日釈放はあり得ない。
そこで強姦未遂……スリーアウトだ。さすがに許したらダメだろう。
俺はアナル野郎を何度か蹴り飛ばし、縛り上げた。
「シェイラ、もう大丈夫だ」
俺はシェイラを助け起こしてやる――まだ尻はむき出しのままで白い肌が眩しい。
シェイラは呆然としていたが、これで我に返ったらしい。
俺に勢いよくしがみついてきた。
「エステバンっ! 怖かった!」
俺は彼女の背中をなで「もう大丈夫だ」とささやく。
尻を撫でたい衝動に駆られるがそこは我慢だ。
「エステバンっ、私は……エステバン以外に種付けされたくない。エステバンに――」
ここまで言われて黙っていては男ではない。
俺はシェイラの唇を奪い、強く抱き締めた。
「あん、エステバン……ここじゃやだ」
「そうか、ならアレンタの町に戻るか」
さりげなくシェイラの尻を撫でると潤んだ瞳で「ここじゃやだ」と再度抗議された。
乙女はなかなかうるさい。
「……ううっ、人間なんていくらでもいるじゃないか! なんで森人に手を出すんだよお」
後ろで放置していたアナル野郎がうめく。
……そういえばいたな。
俺はシェイラに「ズボンを履いてくれ」と伝えると、彼女も正気に返ったらしくわたわたとズボンを探し始めた。
「
アナル野郎が身勝手な理屈を並べ立てるが、こいつにはこいつの事情があるのだろう。
「その女だって、同族がいないから人間に――」
「それは違うぞ」
シェイラが俺の後ろからアナル野郎に声をかける。
「私とエステバンは、その……段階を踏んで恋人になったんだ。す、好き同士なんだ。お前も人間の恋人を作っていいんだぞ?」
森人同士、何か感じるところがあるのか、その言葉は責めるものではない。
いつの間にか彼女の中では俺たちは好き同士の設定のようだが――どうなんだろう?
確かに好きかと聞かれりゃ好きだし、抱けるかと聞かれりゃ抱けるわけだが……まあいいか。
俺は心の中で『シェイラは俺の恋人だ』と反復し念じることで自己暗示をかけることにした。
そう考えると寿命の差とか気にならなくなってきたな。俺はかわいい恋人がいて幸せだなあ(自己暗示中)
「シェイラ、もう大丈夫なのか? コイツに何かされなかったか?」
「俺は何もしてない! 森人の女の気配を追ってきたら目があっただけだ!」
アナル野郎が騒ぐが、町から追いかけてきただけで何かする気まんまんなわけだが……コイツはアホか。
「人間なんか嫌に決まってるだろ! なんで人間と
「なんでだ? 森人と人間は子供も作れるしあまり違わないぞ?」
アナル野郎が「全然ちがうだろっ」と吐き捨てるとシェイラが不思議そうな顔をした。
この辺は価値観や倫理観になるデリケートな部分だろう。谷の氏族とやらは森の氏族より純血主義が強いのかもしれない。
……そういえば、ファビオラは混血だと言っていたが、その辺も関係してるのかもな。
俺はぼんやりと森の族長を思い出す。また
俺だってファビオラと関係を持つまでは亜人は完全に恋愛対象外だったのだから。
「とりあえずだ、お前は衛兵に引き渡す。脱走したのは明らかだし、これ以上シェイラに付きまとわれては迷惑だ」
これ以上アホの相手をしていては頭がどうにかなりそうだ。
「エステバン、でも」
「シェイラが良くても俺の気が治まらん。大事な恋人の尻を覗いたヤツは許せないだろ?(自己暗示完了)」
俺の言葉にレーレが「ひゃー」と喜び、シェイラは耳まで真っ赤になった。
「そ、そ、そうだな! 私の尻はエステバンのものだし、勝手に見ちゃダメだな!」
「そうだ。もう見せるなよ」
俺とシェイラはこれ見よがしにイチャつき、アナル野郎は悔しげにうめいた。
■■■■
文字通り、渓谷に住む森人。
森人はいくつか氏族があり、その1つである。
シェイラの出身である
他と交流がほとんどなく、独特の風習がある様子。
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