2 愛の逃避行
【シェイラ】
エステバンの指示のもと、すぐに荷物をまとめてアレンタの町を出ることになった。
「すまんな2人とも」
エステバンが申し訳なさそうに謝るが、これが彼のせいではないことくらいはシェイラにもわかる。
「エステバンのせいじゃないぞっ。あんなの気にしなくても――」
「いや、アイツはシェイラに執着してたからな。変質者は何をしでかすかわからん。逃げの一手さ」
シェイラの言葉を遮り、エステバンが気遣わしげに「先を急ごう」と手を引いてくれる。
……エステバンっ、そんなに私のことをっ。
この男は私を愛してくれているのだ――エステバンの固く握った手から自分への気持ちが伝わり(錯覚)、シェイラは自分の顔が熱くなるのを感じた。
レーレが「ひええー乙女なんだー」とからかってくるが、こうしたやりとりですら嬉しく感じる。
新年を祝えなかったことは残念ではあるが、エステバンが他の男から自分を守ってくれている――そう考えただけで下腹が熱くなるような不思議な感覚に囚われる。
なんとなく落ち着かなくなり、もじもじと内股になりながら歩くと、それに気づいたエステバンが「おっとすまん」と振り向いた。
「少し休憩にするか。あまり離れないでくれよ」
エステバンは自然な感じでスコップを手渡してくれた。どうやらシェイラが尿意を我慢していると勘違いしたらしい。
訂正するのも恥ずかしいので「ありがと」とだけ伝え、木立の影に隠れて穴を掘る。
自分の痕跡を消すために排泄物を埋めるのは狩人の心得ではあるが、エステバンのようにスコップまで持ち歩く者は稀だ。
一応は採取などの依頼でも使うそうだが、もっぱら普段は穴掘り用である。
別に尿意は無かったが、木立に向かい、ほどよく掘った穴にまたがった。ズボンを下ろすと尻に冬の冷たい風があたり、ほてった体を冷ましてくれる気がした。
……本当はもうちょっと離れたいけど。
かがんだら何となくチョロチョロとした水音を立てて小便が出た。
木を隔てているためエステバンの姿は見えないがいくらも離れていない。
水浴びや排泄など、僅かな油断で酷い目にあった女性冒険者の話をエステバンから聞かされているし、モンスターだっているのだ。
理屈では理解しているし、いつもは気にもしないのだが……何となく今のシェイラは下半身丸出しでエステバンの側にいると考えただけで変な気分になってきている。
……ううっ、発情しちゃったかな?
エルフにも発情期はある。
シェイラは確認のためにそっと下腹部をなぞると、今まで感じたことの無い感覚に囚われ「あ」と小さく声が漏れた。
……ええー? なんだこれっ!
シェイラはわたわたと立ち上がり、ズボンを上げようとした――その瞬間、見知らぬ男と目があった。
「む、発情期の気配を追ってきたが大当たり――」
いや、見知らぬ男ではない、先ほど町で絡んできた森人の男だ。
『変質者は何をするかわからないぞ』
脳裏にエステバンの警鐘がフラッシュバックし、恐怖ですくんでしまう。
「む、小便の途中であったか失礼」
この言葉が引き金となり、ズボンを膝まで上げていたシェイラはひっくり返ってしまう。
男は両手を羽ばたくようにばたつかせ、左右を窺うように首をふり、屈伸するような謎の動きをしながらシェイラにじりじりと近づいてくる――これは彼の氏族の求愛のダンスではあるが、シェイラにそれはわからない。
谷の氏族にとってはロマンチックな躍りなのだろうが、彼女には見知らぬ男の奇怪な動きでしかないのだ。
「ひっ、くるなっ、助けて……助けてーっ!! エステバーン!!」
このシェイラの叫びが、木立の裏に届かぬはずはなかった。
■■■■
発情期
個人差はあるが、排卵日が近くなると森人の女性はムラムラしてしまう人が多いらしい。
効率的に子供を作ろうとする本能とも、ホルモンバランスの関係とも考えられるが原因は良くわからない。
ちなみに発情期の森人の女性は独特の体臭がするようになる。エステバンが以前(1話5)嗅いだ不思議な香りとはこれのことである。
余談ではあるが、森人の月経は年3回。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます