13話 黒きアヌス
1 黒いアヌスの男
レーレの出産(?)後、俺たちは闇雲に進んだ街道から戻る形でアレンタの町にたどり着いた。
アレンタの町は大都市サルガドよりほど近く、衛星都市のような扱いを受けるが5000人近くの人口がある立派な城郭都市だ。
今は新年を迎えるために町全体がお祭りムードであり、どこか浮わついた雰囲気が漂っている。
「ひへっ、へへへ」
となりでシェイラが奇声を発しているがあまり気にしてはいけない。難しい年頃なのだ。
「嬉しそうだねーシェイラ」
「うんっ、
シェイラが俺の腕に絡み付きながら「大切な人は家族とか恋人だぞっ」と嬉しそうにしている。
レーレは「ひえー、急接近だねー」と適当な感じでシェイラの相手をしている。
「でもさー、大切な人とどうやって過ごすの?」
「あ、愛を語ったり、き、き、キスするんだっ! ……たぶん」
レーレは「えー、その後はー?」などとからかい、シェイラは耳まで真っ赤にしている。
……まあ、賑やかでいいんじゃないの?
俺は2人のかしましい様子に苦笑しながら冒険者ギルドに向かい歩を進める。
新しい町に着いたらとりあえずはギルド。これが冒険者の心得である。
「ギルドに行ったら町でも歩くか。お菓子でも買ってやろう」
この言葉にシェイラが小躍りして喜びを表現している。密着した体勢で実に器用だ。
「それでー、その後はー?」
「そりゃ、シェイラの言うとおり愛を語ったり、恋をささやいたりしてからキスして一緒に寝るんだよ」
レーレが「ひゃー!」と喜び、シェイラが「そんなこと言ってないぞ!」と真っ赤になって抗議の声を上げる。
「ん? したくないのか?」
「そんな言い方はズルいぞっ!」
シェイラが「ばかばか」と俺を小突いてくる。じゃれてるだけなので痛くも何ともない。
イチャイチャしながら町を歩く俺たちは、端から見れば立派なバカップルだろう。
……ま、たまにはいいさ。
新年のお祭りはハレの日なのだ。こんな日くらいは浮かれてもいい。
「予定変更。今日はギルドに行かずにデートしよう」
気まぐれに俺が告げると、シェイラの顔はパッと明るくなり、ピョンと俺に抱きついた。
新年のお祭りの間は仕事をやりたがるものがおらず依頼料が割増になるので、本当は仕事をする予定だったのだが……こんな姿を見たらそうも言ってられない。
それに先日のキスから何となく、お互いの距離感が変わったのは俺も感じていた(12話参照)。
「ま、いいんじゃないの?」
俺がシェイラをぐりぐりと撫でると、周囲から舌打ちが聞こえた気がした。
――――――
「うーん、シェイラの帽子とコートなら何色がいいかな?」
「そうだなあ、やはり目立たない色がいいだろうな」
バザーのようにテントがひしめき並ぶ新年の市場は大変な賑わいだ。
レーレと俺がシェイラの防寒具の生地を選んでいると、不意に男が近づいてきた。
「そこの冒険者! 魔族狩りのエステバンとお見受けした!」
男は白い髪に紫色の瞳のイケメンだ。
耳が長いところを見ると森人で間違いないだろう。
……だけど、面倒くさそうなヤツだなあ。
森人の男は20代の若者に見えるが、彼らの年齢は見た目ではわからない。
優男だが弓ではなく剣を持っているところを見るに剣士だろうか。
「聞いているのかっ!? 魔族狩りのエステバン!」
「えっ、私ですか? 人違いですけど」
俺は軽くスルーをしてイケメンに背を向けた。
イケメンは「えっ? すいません」と素直に謝る。わりと良いヤツかもしれない。
「なーなー、エステバン、本当に良いのか? あの人用事があるんじゃないのか?」
「そんなワケないだろ? 俺は魔族狩りなんてしたことないぞ。たまたま名前が似てるだけさ」
シェイラは「そっかー、やっぱりエステバンは頭良いな!」とニコニコしている。
「おかしい、エステバンって名前で、森人といて……やっぱり魔族狩りのエステバンじゃないのか!? 森人を連れた冒険者なんて他には見たことがないぞ!」
なんかイケメンが騒ぎだしたが危ないヤツかもしれない。
俺は見ないことにした。
「客じゃねえのか? なら店の前で騒ぐんじゃねえよ、衛兵呼んでもいいんだぜ?」
「あ、すいません。後ろで待ってます」
店主に叱られてスゴスゴと引き下がるイケメン。
しかし、『後ろで待ってます』ってことは、後で絡んでくる気まんまんである。
……うわ、面倒くさいな。
少し名前が売れるとこの手合いが増える。
バカは面倒くさい上に何をするかわからないのが怖い。
新年のお祭りを楽しみにしていたシェイラには悪いが、町を離れる必要があるかもしれない。
俺はまだしも、シェイラやレーレに何かあってからでは遅いのだ。
「やれやれ、さっきから何の用だ? 言っておくが、魔族狩りなんかしてないぞ」
買い物を終えた俺は、荷物をシェイラに預け、ゆっくりと振り返った。
当然、剣はいつでも抜ける体勢である。
「やはりオマエがエステバンか! 我が名はクロイアヌス、
イケメンの名乗りに俺は驚きを禁じ得ない。
……黒いアヌスだと!? 何を言ってるんだコイツは……!
ただ者ではない、俺の直感が告げる。
「ふふ、我が名に聞き覚えがあるようだな?」
「いや、それはない」
俺はシェイラに「知ってるやつか?」と尋ねるが、彼女も首を振るのみだ。
「で、黒いアヌスが何の用件だ?」
俺の言葉に反応したイケメン……いや、黒いアヌスは待ってましたとばかりにポーズを決め、ビシッとこちらを指差してきた。
いちいち面倒くさいな。
「エステバン、貴様は森人の姫君を
この言葉に俺とシェイラは顔を見合わせた。
「エステバン、私以外の森人といたのか?」
シェイラが怪訝そうな顔でこちらを窺うが、やましいことなど何もない。シェイラの世話だけでも大変なのに、ぽんこつを何人も養う財力は俺にはない。
「そんなワケあるか。お前さんだけだよ」
「わ、私だけかっ! そうか、私だけかっ!」
どうしよう……シェイラのピントのズレた喜びがうっとうしい。
森人とはこんなのばっかりなのだろうか。
「アヌスさんとやら、事情は良くわからんが――」
「問答無用っ! 谷の氏族に適齢期の女性はいないのだ! やっと見つけた森人を人間にかっさらわれてたまるかっ!」
アヌスは本音を隠そうともせず剣を抜き放ち「臆したか! 抜けっ!」などと喚いている。
「え、エステバン! 私のために戦わないでくれっ!」
シェイラもなんだか盛り上がってきたらしいがスルーで。
どこに見ず知らずのヤツとチャンバラする必要があるのか。
……バカなんだろうな。二人とも。
俺は森人どもを無視し、口に魔力を込め、叫ぶ。
「人殺し!! 人殺しだー!!」
バトルクライと呼ばれる『声を大きくするだけ』の魔法。
だが、人の多い市場で使えば――
「うわっ? 人殺しだってよ!?」
「剣を抜いてるっ!?」
「ヤバイぞアイツ!」
「衛兵さん、こっちです!」
――こうなるわけだ。
当たり前だが、アレンタのような都市で武器を振り回せば衛兵がすっとんでくる。
市内には司法もあれば警察力もあるのだ。
すでにアヌスは衛兵に取り囲まれ剣を取り上げられている。
「ちがうんだ! あの男にハメられ――」
「うるさいっ! 言いたいことがあれば詰所で聞いてやる!」
引きずられるようにして連行されるアヌス。
衛兵は対人戦闘の訓練をしたプロでもある。数に差があれば抵抗できるはずがないのだ。
俺も衛兵から事情を聞かれたが「あの男が家内に無理やり……ええ、家内はもちろん断ったのですが逆上して」など、しっかり状況は伝えておいた。
ぶっちゃけ、今回の件に関してはアヌスが全面的に悪い。
事実を並べれば、いきなり現れた彼がシェイラに目をつけて絡んできただけだ。 こちらは100%の被害者である。
先ほどの店主も証人になってくれたので、俺たちはその場ですぐに解放された。
お礼もかねて証人になってくれた店主から追加で色々と買ったが安いものだ。
「エステバンが私を奥さんって呼んでくれたんだ。『シェイラは渡さない』って守ってくれたんだ」
「よかったねー、愛されてるねー」
シェイラとレーレがキャッキャとはしゃいでいるが、アヌスはすぐに釈放されるだろう。
彼は剣を抜いただけで人も傷つけてなければ、物も壊していない。微罪なのだ。
逆恨みをされてはたまらない。
ここは町を離れた方が無難だろう。
■■■■
新年のお祭り
文字通り新年を祝うイベントである。
アイマール王国の人々は3~6日くらいお祭りムードの中を過ごす。
雰囲気的にはクリスマスに近く、恋人たちの性夜になるのも同様。シェイラもわりと頑張ってエステバンの気を引いている。
ちなみにエステバンはここ数年はお祭り期間内は「割りがいいから」と仕事をしていたらしい。意外と記念日的な催しには淡白なタイプなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます