3 光

 突然、レーレが生み出した繭――これを前に、俺たちはどう解釈してよいのか戸惑っていた。


 ……病気を癒すためか? それとも、なんらかの変態をするのか?


 繭から出てきたら似ても似つかぬ姿だったら……と想像すると不安で押し潰されそうになる。


 ……モスラとかハエ人間みたいなのが出てきたらどうするんだ?


 姿形が醜いだけならまだしも、モンスター化して襲いかかってきたらどうすればよいのか。

 シェイラを守るためにレーレだったモノと戦えるのか。


「――なあエステバン、レーレと初めて会ったときのこと、覚えてるか?」


 不意にシェイラが訊ねてきた。

 俺が暗い自問を繰り返しているのを察したのか、明るい口調だ。


「ああ、覚えてるぞ、あの時はシェイラが亀を苛めてたな」

「私は苛めてないぞっ!レーレを亀から助けたんだよっ! もうっ、エステバンひどいぞ!」


 彼女は明るく、昔話とも言えない思い出を語る。

 せいぜい半年くらいの出来事――だが、話題がつきることはない。


 しばらく話し込んだ後、ふと目が合い……どちらからともなく俺たちは自然に唇を重ねた。

 わずかに唇が重なるだけの子供のような口づけ。

 だが、シェイラは急に立ち上がり「ま、薪を拾ってくる」と勢いよく外へ飛び出してしまった。


 ……中学生かよ?


 耳の先まで真っ赤になったシェイラの姿はどことなくユーモラスでかわいらしい。


 人は性行為の最中は完全に無防備になる。

 さすがにこの状況で彼女を抱く気にはならないが、ああまでかわいい反応をされては苛めたくなるのが人情ではないか。


 ……帰ってきたらからかってやるか。


 俺はシェイラのおかげで自らの心がほぐれていくのを感じていた。


 ……春先には、一人だったのにな。


 シェイラもレーレもいつの間にか、俺にとって大きな存在となっていた。


 こんな形で別れたくない、このまま心地のよい旅を続けていたい……そう考えると、繭は小さく反応した気がした。




――――――




 それから、俺たちは互いに交代しながらレーレの繭を見守り続けた。


 その間、雨漏りのする屋根やひび割れた外壁を修復し、何とか人が住めるような環境を整えていく。

 シェイラも実に嬉しげに狩りをしたり、薪を拾ったりと忙しそうにしていた。


 彼女にはそれなりにちょっかいをかけて過ごしたが一線は超えていない。

 さすがの俺も行為の最中に襲われるホラー映画のような展開はごめんだ。


 俺はシェイラにも繭から出てきたレーレがどのような姿になっているか分からないと伝え、警戒を促している。

 彼女もそれは理解しているようだ。


 今は交代で、繭の様子を見守り続けている。



 そして、6日目の朝が来た。


「――バンっ、エステバン」


 シェイラが軽く俺を揺すった。

 これだけで何かが起きたのは容易に想像ができる。


 俺は顎関節と手足の指を素早く動かし、すぐに意識を覚醒させた。


「エステバン、繭が」

「ああ、確認した」


 剣を引き寄せ繭を確認すると、すぐに異変に気がついた。

 繭は内側から圧を受けたように膨らんでいる。今にも何かがが飛び出しそうだ。


 ……いよいよ、なのか?


 シェイラが不安げにピタリと寄り添ってきた。

 俺は彼女の手を握り「大丈夫だ」と伝えたが……何が大丈夫なのかは自分でもわからない。


 時にすれば数分、永遠とも思える時間ののち――繭は音もなく裂けた。

 同時に吹き出す黄金色をした光の粒子。


「わあっ、綺麗だ」


 シェイラが無邪気な声を出して喜んだ。

 本来ならば警戒すべき事態だろう。だが、たしかに美しい。


 尽きることのない光の粒子は囲炉裏の炎を反射し、美しく明滅する。

 その数は何十万、何百万だろうか。時間にして僅か数十秒の光のシャワー。


 そして全てが終わった後に、ひょっこりとレーレが繭から顔を出した。


「うー、ん……ふう、くたびれた。お腹が空いたよー」


 彼女は伸びをして体をほぐしたのち、のんきに空腹をアピールしてきた。


「レーレ、大丈夫なのかっ!?」


 たまらずシェイラが駆け寄り、レーレの安否を確認する。


「ごめんね、二人とも。ボクもまさかあんなに早く赤ちゃんが産まれるとは思わなかったんだ」

「赤ちゃん!?」


 俺とシェイラはレーレの衝撃発言に驚き、顔を見合わせた。


「うん、さっきのはリリパットの赤ちゃんなんだ。あの光が落ちたところからリリパットは生えてくるんだよ」


 彼女の話はなかなか衝撃的である。リリパットとは胞子で増えるのだろうか?


「ここは家の中だし、ほったらかしでも半分くらいは生えてくるかもしれないなー」

「そ、そんなの変だぞっ! 赤ちゃんの世話をしないのか!? 父親はどこなんだ?」


 森人エルフのシェイラはこのリリパットの生態に驚きを隠せないようだ。

 そう言えば森人は子供を非常に大切にするとシェイラから聞いたことがある。子供が少ない森人の事情があるのだろう。


「えー、変じゃないよ。リリパットはそういう生き物なんだよ?」

「そうだな。シェイラ、変だなんて言う方が間違っているぞ。色々な種族がいるのさ」


 正直、俺もリリパットは変な生態だと思う。だが、それは口にすべきではないだろう。

 この世界には多種多様な種族がいるのだから。


「う、うん。ごめん、レーレ。これから赤ちゃんたちはどうなるんだ?」

「大きくなったら近くのリリパットの里に向かうんだー。でも途中で色んなモンスターに食べられたりして大人になれるのは5人くらいなんだよね」


 なんだか鮭のような……リリパットとは本当に不思議な生態のようだ。

 しかし、あれだけの数から成体になるのが5人とは厳しい話である。


 レーレは俺たちが煮炊きしていた鍋の前に座り「早く早く」と急かしている。食欲もあり、彼女の体調も問題なさそうで何よりだ。


「あー、でもさっきの胞子(?)が鍋に入っちゃったな、作り直すか」

「べつにいいよ。いっぱいいたでしょ?」


 俺は微妙な気持ちになりつつも彼女の言葉に頷き、鍋をレーレ用の小さな器によそう。

 見ればシェイラも「え、食べちゃうの?」みたいな顔をしているが無理もない。

 リリパットと森人、そして人間の間には埋めがたい感覚の差があるようだ。


「レーレ、赤ちゃんたちのお父さんは誰なんだ?」


 シェイラが先ほどの質問を繰り返した。

 言われてみれば答えは聞いていなかったと思う。


「ん? エステバンだよ?」

「ええーっ!? そんなのダメだっ! ううっ、レーレ、私の気持ちを知ってるのにひどいぞっ!!」


 レーレが事も無げに語った内容はなかなかショッキングであり、シェイラはたまらず悲鳴じみた抗議を上げた。


 ……ええ? 俺、なのか……


 心当たりがあるような、無いような……なんとも言いがたい内容である。


「ひどくないよ? リリパットは人間や森人とは子供の作り方が違うんだ。こういう種族なんだよ」


 レーレはケロッとしており、悪びれた様子はない。

 これにはシェイラも「うぐっ、でもなんか変だっ」とトーンダウンせざるを得ない。

 なんというか『種族が違う』ってズルいよな。


「シェイラもさ、エステバンと赤ちゃんつくりなよ」

「えっ? う、うん。でも旅の途中じゃ――」


 シェイラはもじもじと体をくねらせながら、ちらちらとこちらに目配せをした。


 レーレにそそのかされたシェイラは完全に『その気』になってるようだが……これは仕方がない。

 これは調子に乗ってキスしたり胸や尻を撫でまわした俺が悪いと思う。


「まあ、また今度だな」


 俺がぽんぽんと頭を撫でると森人は「にへっ」と不思議な声を出した。


「ひええー、ボクが出産してる間に何が」

「ナイショだっ!」


 二人は早速キャピキャピとにぎやかに騒ぐ。


 ……さすがに自分の子供(?)が一面に広がった場所でシェイラは抱けん。


 俺は苦笑いをし、騒ぐ2人をぼんやり見つめていた。


 色々とあったが元通り……でいいのだろうか?

 とにかく、また賑やかな日常が帰って来たようだ。




■■■■



リリパットの胞子


正確には胞子ではなく、卵に近い。どうやら小人責めで他種族の遺伝子を取り込むようだ。

リリパットが人間に近い姿をしているのは種としての生存戦略であり、本質は似ても似つかぬ生物だと推測される。

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