2 不思議な兆し

 言うまでもないが夜間の移動は危険だ。


 アイマール王国には立ち並ぶ街灯もなければ、24時間のコンビニチェーンも存在しない。

 松明のみを頼りとし、舗装されてない道を歩く……移動するだけで気力を消費する難行だ。


 石や木の根に足を取られて転倒の危険もある。

 ケガをすればレーレどころではない。動けなくなれば肉食のモンスターが寄ってくるだろう。


「シェイラ慌てるな、急いでも慌てるな」


 俺は焦るシェイラをなだめながら先導する。

 暗闇の中、はぐれないように互いにロープを握り、声を掛け合うのだ。


「レーレ、大丈夫か? レーレ、もうすぐ町につくぞ、しっかりしてくれっ」


 必死でシェイラはレーレを励まし続けているが、もう涙声だ。

 無理もない、と思う。

 彼女とレーレは種族こそ違えど姉妹のように仲がよかったのだ。


 ……俺だって、平常心ではいられないぜ……!


 仕事仲間でも、友達でもない。もちろん恋人でもない。

 だけど、いつも一緒にいて互いにカバーし、支えあってきた。

 ケンカをしたって、すぐに忘れて笑っていた。

 そう、強いて言えば俺たちは擬似家族だった。


『死なせたくない』


 そう考えた時、自然と踏み出す足に力がこもった。




――――――




「なんでなんだっ! なんで入れてくれないんだよっ!」


 数時間後、俺たちがたどり着いたのは閉鎖中の門扉だった。


 木造の門扉と城壁……大した規模ではないが、町というよりは軍事施設なのかもしれない。

 とにかく人里に、と街道を進んだが誤算だった。


「すまんな、ここはアランダ様の城だ。城に部外者は入れることはできんのだ」

「大切な友達が病気なんだよっ! なんで、なんでなんだよっ!!」


 シェイラが門兵に掴みかかろうとしたために、俺は「少しいいだろうか?」と割って入った。

 彼女が門兵と揉めてはややこしくなる。


「すまない、彼女は動転しているんだ。城に入れなくても構わない、治癒師に診て貰うことは可能だろうか?」


 俺は門兵にさりげなく硬貨を渡し、冒険者認識標タグを見せながら事情を説明したが……やはり結果は変わらない。


「すまんな、私にはどうすることもできんよ」


 門兵は俺とシェイラを交互に眺め、すまなそうな表情で頭をかく。


 彼のせいではない。

 そもそも、どこの馬の骨とも分からぬ旅人が軍事基地に入ろうというのは無理な相談なのだ。


 ここで騒いで時間を浪費するより、次に向かうのが建設的だろう。


「いや、お騒がせした。少々お訊ねしたいが、1番近い人里はどこだろうか?」


 俺はこの人の良さそうな門兵につけ込むことにした。

 賄賂は払ったのだ、このくらいならバチは当たらないだろう。


「うーむ、む……この辺りは閉鎖的だからな……下手に村に向かうよりは小屋がある。そこの小川を伝っていくといい」


 聞けば悪天候時に狩人や巡回兵が使う避難小屋のようなものがあるらしい。

 普段は誰も使っていないのでそこで病人を休ませろ、と門兵は教えてくれたのだ。


「ありがとう、恩にきるよ。シェイラ、行くぞ!」


 俺は門兵に礼を言い、シェイラを促す。

 門兵としては、これが俺たちへの最大の便宜だと言っても良い。


「くそっ! くそっ! レーレが死んだら城に呪いをかけてやる! オマエたちの皮を剥いで肉を食ってやるっ! 覚えていろ人間どもめ!!」


 シェイラが捨て台詞にとんでもないことを吐き捨てた。

 呪ってやるとは穏やかではない。


 俺は見たことがないが、なにしろ魔法がある世界だ。

 呪いの類いが無いとは言えないだろう。


「やめろ、あまり騒ぐと兵士に捕まって時間が取られるだけだ、今は急いでレーレを休ませるんだ」

「わかってる! わかってるけど悔しいんだ!」


 シェイラが声を出して泣き出した。

 助かった、と思ったあとの門前払いがこたえたのだろう。


「大丈夫、レーレはきっと大丈夫だ。小屋に急ごう」


 俺は根拠のない気休めを口にし、先を急いだ。




――――――




 川辺に佇む小屋は、想像以上に荒れていた。

 もともと緊急避難用の施設である、普段は放置されているのだろう。


 土壁にはヒビが入り、そこから雑草が生えている有り様だ。

 だが風雨を凌げ、囲炉裏がある。


 ……十分だ、レーレを温かくしてやろう。


 俺は荷物を下ろし、囲炉裏の灰に触れた……多少湿気しけっているが、そのまま使えそうだ。

 前の使用者の残したものか、薪代わりになりそうな枯れ枝も若干ながら残っている。


「シェイラ、俺は火を起こす。レーレを横にしたら薪を拾ってきてくれるか?」


 俺が指示をすると、シェイラはべそをかきながらも「わかった」と立ち上がる。

 じっとしているよりは仕事を与えたほうが気が休まるだろう。


 放置されていた囲炉裏からは嫌な煙が上がるが、すぐに収まり、パチパチと火がはぜはじめた。


「……エステバン、ごめんね」

「気がついたか? 具合はどうだ?」


 揺らめく光に目が覚めたのか、レーレがこちらを見つめていた。

 俺はレーレを手のひらに乗せて体温を計るが、やはり熱い。


「ごめんね、エステバン……まさかこんなに早く……」


 レーレがうわ言のように何かを訴えてくるが、朦朧もうろうとしているのだろう。内容はよく分からない。


「……エステバン、ボクはエステバンが好き、だから……」

「ああ、わかってるよ。俺も好きさ」


 俺はレーレの上体を起こして水を飲ませる。

 これだけの熱だ。汗も酷くかいている。


「……違うの、ボクはエステバン好きだから……だから、エステバンは……」


 レーレは必死で訴えてくるが、これ以上どうすることもできない。


 リリパットの生体はよく知られていないのだ。

 どのような薬を、どれだけ飲ませればよいのか……皆目見当もつかない。


 ……ひょっとしたら、悪いものでも食べさせたのだろうか?


 人間や森人には無害でも、リリパットにとって毒となる食物もあるだろう。


 ……ひょっとしたら、寿命が来たのか?


 体の小さなリリパットが人間と同じ寿命だとは考えづらい。

 冬の訪れと共に彼女の命は燃え付きようとしているのだろうか?


 いつの間にか苦しげな寝息をたてるレーレを眺めながら、俺の思考は悪い方に悪い方にと流れていく。


 ガタリ、と大きな音がして俺の負の思考を断ち切ってくれた。

 シェイラが戻ってきたのだろう。


 ガタリ、ガタリと建てつけの悪いドアが開き、枝を両手に抱えたシェイラが入ってきた。


「エステバンっ、レーレは……!?」


 俺は人指し指を口の前に立て「シーッ」と彼女を制した。


「良く寝ているよ、ありがとうシェイラ。さっそく薪をくべて小屋を温かくしようか」


 俺が努めて明るく声をかけると、シェイラはちょこんとあぐら・・・をかく俺の横に座り込んだ。


「レーレ、治るかな?」

「……治ると信じよう」


 あとは無言だ。

 二人で熱に喘ぐレーレを見守るのみ。


「あっ」


 小さく、シェイラが悲鳴を上げた。

 レーレに異常が起きたのだ。

 苦しげに身もだえたかと思うと体をくの字に曲げ、糸を吐く。


「な、なんなんだエステバン? レーレはどうなっちゃうんだ?」


 シェイラが怯えたような声を出すが俺にもわからない。

 俺たちにできることは呆然と見つめるのみだ。


 そして、糸はどんどんレーレに絡み付き、大きさを増していく。


 シェイラが「まゆだ」と呟いた。

 なるほど、まさしく繭である。

 レーレは繭になろうとしていた。


 みるみるうちに繭は肥大化し、直径にして、1メートル以上はある楕円形を形成した。


 ……これは一体、どう判断すればいいんだ?


 俺たちは謎の繭に気を取られ、呆然と見つめていた。




■■■■



リリパット


ごく珍しい種族であり、目撃例も少ないため生態は謎に包まれている。

今回、糸を吐いたところをみるに絹糸腺けんしせんがある可能性が示された。

絹糸腺とはカイコなどがタンパク質、アミノ酸、炭水化物などを材料として体内で糸を作る器官である。

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