おまけ エステバンの休日 下

「……なんで、エステバンが?」


 カルメンは泣きそうな顔で呟いた。

 彼女の足元には4才くらいの女の子が不安げな表情でへばりついている。


「心配しないで。俺は、お母ちゃんの味方さ、キミとお母ちゃんが困ってると聞いて、助けに来たんだよ」


 俺は屈み、女の子と視線を合わせて、ゆっくりと、だがハッキリと伝える。


 これはカルメンにも「他意はないよ」と伝えているのだが、どこまで通じているだろうか?

 当の本人は戸惑った様子でこちらを見つめるばかりだ。


 ……妙に察しの悪いとこがあったからな……


 俺は立ち上がり「会えて嬉しかったよ」と伝えてきびすを返した。


「待って、エステバン」


 後ろからカルメンの声が聞こえるが、それには応えず立ち去ることにした。


「えー、あんなのでいいの?」


 ポケットからレーレが不満げな声をだす。

 こいつは元カノに会うなって騒いでたくせに「つまんないの」とか勝手なことを言っている。


「あのなあ、カルメンは人妻なんだよ。人目があるのに、俺が上がり込んで噂になったら困るだろ」

「そっかー、エステバンはえらいね」


 カルメンの家の前は無人であったが、近所の住民は隠れて見ているだけだろう。


 旦那の留守中に男を引っ張りこんでは、すぐに面白おかしく脚色されて噂になる。

 世間とはそういうモノなのだ。


「へへ、シェイラにも言っといてあげるよ。エステバンは元カノに見向きもしなかったって」

「いいよ別に、今からサンドラ口説くし」


 俺とレーレは賑やかに歩く。

 仕事はおしまい、酒場でだらだらすることにしよう。



 ちなみにサンドラの尻を撫でたら「いい加減にしろ」って怒られた。契約不履行だ。




――――――




 その夜



「えへへー、エステバン、してあげよっか?」


 珍しくレーレが猫なで声ですり寄ってきた。

 彼女もシェイラがいなくて色々と思うところがあるのかもしれない。


「ああ、ちょっと待ってろ、針と革ひもを出してくるから」

「あ、ランプに火もつけてね!」


 俺たちが小人責めの支度をしていると、不意にドアがノックされた。


「あれ? エステバン、誰か来たよ?」

「ふむ、心当たりは無いが」


 夜間の来客、しかも心当たりはない。

 俺は剣を抜き、息を殺して外の気配を探る。

 ドアの外は恐らくは1人だ。


 再度、ドアがノックされる。


「すまんが声を聞かせてくれないか?」


 俺はドアの外に声をかける。

 さすがに夜間の客を前にいきなりドアを開けるほど勇敢にはなれない。


「エステバン……昼間はありがとう、私、お礼も言えなくて」

「カルメンか、こんなに遅くにどうした? そんな薄着じゃ寒かっただろう」


 用心をしながらゆっくりとドアを開くと、そこにいたのはカルメンであった。

 彼女は初冬の夜にはそぐわない薄着をしている。


 しかし、俺はすぐに軽口を後悔した。

 彼女は多額の借金がある身である。上着などはとうに売り払ったのだろう。


「あの、部屋はサンドラに聞いて、その、さっき声が聞こえたけど……新しい恋人と旅をしてるって」


 彼女は俺の『新しい恋人』に遠慮をしているらしい。

 しかし、ドアの前で立ち話をする時間ではない。


「ははあ、サンドラにからかわれたな。レーレ、姿を見せてやってくれ」


 この声に反応したレーレが姿を現すと、カルメンは「まあ」と小さく声をあげた。


「驚いたか? 彼女はレーレ、一緒に旅をしているのさ」


 俺の言葉を聞き、カルメンは「ほっ」と息を吐くと部屋に入ってきた。

 レーレが何か言いたげにしてるが嘘はついてないぞ。


「エステバン、私を」


 カルメンは潤んだ瞳でこちらを見つめて「買ってください」と消え入りそうな声で呟いた。


「借金のために?」


 俺が分かりきった質問をすると、カルメンは両手で顔を抑えてめそめそと泣き出した。


「またアイツらが来たのか?」


 俺の問いにカルメンは首を振る。


「違うの、もう耐えられない……主人は出稼ぎに行って便りもない。毎日借金取りに追われて娘にも上着ひとつ着せやれない」


 顔を抑えたまま、彼女はぼそぼそと事情を話始めた。


「体を売るなんてやめておけ。俺ならキミを逃がしてやることもできるぞ」

「だめ、娘はまだ夫を待っているの、私も……」


 そこでカルメンは言葉を飲み込んだ。


 正直、彼女が娼婦になるのはいい気分はしない。


 だが、反対する権利は俺にはない。

 反対するならばそれだけの代替案を示さねば無責任だろう。


 俺には彼女の借金を返済することはできないし、返すアイデアもないのだ。

 娼婦になると思い詰めるほどの借金である。俺の手にはあまる。


 ……消えた夫とやらは逃げたんじゃないのか?


 彼女には言えないが、旦那が女房子供を置いて夜逃げした可能性は十分にあり得ることである。

 俺はなんだか、見た事もない旦那に対し無性に腹がたってきた。


「エステバン……私なりに覚悟は決めたの、でも」


 カルメンは全身の力を抜き、俺に寄りかかってきた。

 これを俺は支え、抱き合う形となる。


「せめて、せめて私を女にしたあなたの手で落として……私はあなたに買われたら落ちることができる」


 声を震わせる彼女の言葉は甘く、俺の脳をとろけさせる。


「抱いてください」


 この声を聞いたとき、俺の堅固な理性は粉微塵に吹き飛び、カルメンをベットに組伏せた。


 足元でレーレがポカポカと殴ってきたが無視だ。


「カルメン、俺はお前が抱きたい」

「ああエステバン、落として……! 私を落として!」


 俺たちは激しく求めあい、共に何度も果てた。


 レーレがむくれていたが仕方ないだろう。

 助けを求める女性の涙を止める、それが俺の生き方なのだ。




――――――




 それから5日間、俺はカルメンを仕込み続けた。


 もともと彼女は俺と付き合っていただけはあり、この国においては卓越した性技を持っていた。


 だが、優れた娼婦とはそれだけではない。

 多額の借金を返すほどの娼婦になるためには身に付けるべきことは多々あるのだ。


 彼女の吸い付くようだった肌は長年の苦労のせいかカサついていた。髪にも艶がないし、服装も粗末でださい。

 人の印象は見た目が大切である。ここは改善が必要だ。


 借金の引け目からだろうか、妙に自信なげな表情と、やや丸めた背筋。

 これも良くない。


 また、娼婦にも娼婦の組織はあり、そちらにも挨拶する必要がある。

 これを無視して娼婦になることはできないし、もちろん営業もできない。


 そして危険から身を守る客あしらい、さまざまなニーズに応える性技。

 魅力的な外見を保つためのケアの方法も伝えた。



 俺たちの5日間は目ぐるましく過ぎていく。


「ありがとうエステバン。それじゃ、行くわね」


 俺の前にいるカルメンに5日前の草臥れた雰囲気はない。

 入念に手入れをした髪や肌も艶を取り戻していた。

 そして、下品にならない程度の派手な服を着、綺麗な姿勢で歩んでいく。


 5日間で迷いを振り切っているのだろう、彼女は振り返ることはなかった。


 ……大丈夫、うまくいくさ。


 俺は彼女が成功することは確信していた。

 カルメンは少々とうがたった年齢ではあるが、彼女のもつ高いホスピタリティーには需要が必ずあるはずだ。


 娼婦を買う男は多かれ少なかれ寂しさを感じている。

 彼女のおっとりとした癒しのパワーで寂しい男をとりこにできることだろう。


「もー、エステバンっ! こっからはボクも構ってよね!」


 カルメンを見送った後、レーレが待ってましたと飛び付いてきた。

 彼女はカルメンのトレーニングの最中は小さな娘の相手をしてくれていたり、服を作ってくれたりしていたのだ。

 先ほどカルメンの来ていた派手な服はレーレの仕立てである。


「ああ、悪かったな。シェイラが帰ってくるまでレーレの言うことを何でも聞いてやるぞ」

「え? 本当に? じゃあさ――」


 俺たちは明るく笑いながら町を歩く。

 直後にシェイラが帰って来て、むくれたレーレを宥めるのに少々手こずったが……まあ、お約束ではある。



 余談ではあるが、数日後に若い客と手を組んで歩くカルメンを見かけた時のこと。

 彼女が俺にウインクしながら手を淫らに動かし、客の股間をまさぐった時には感動したね。

 路上で客を果てさせるとは凄い技である。


 俺も真似してレーレをズボンに放り込んでみたが……なんか違うな?




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カルメン


エステバンより1つ年下の29才。ブラウンの瞳に黒い髪。

優しい雰囲気の女性。

若い頃のエステバンと付き合っていたが、ギラついていた若きエステバンと穏やかな彼女とではイマイチしっくり来ずに別れてしまったらしい。

今回の件で娼婦になったのち、7年で借金を返済し娼婦組織の顔役の1人になったらしい。だが、残念ながら旦那さんは帰ってこなかったようだ。

ちなみに、彼女が手玉に取っているのは傷心のウルバノくんである。彼はカルメンに入れあげて借金返済を大いに助けたらしい。

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