おまけ エステバンの休日 上

 時は巻き戻り、ドアーティと別れた直後。



 これといった予定のない俺はレーレを連れて冒険者ギルドの酒場に来た。


 本当は娼婦でも買おうかと考えていたのだが、レーレが気乗りしないようなので諦めたのだ。

 別に無理強いすることでもないし、それは別に構わない。


「なあ、後で久しぶりに小人責めしてくれるか?」

「いいよっ! エステバンもボク無しではいられない体になってきたね?」


 俺たちが他愛もない話をしながら飲んでいると、近づいてきた女の影がある……支配人ギルドマスターのサンドラだ。


「ちょうど良いところにきたね、狐のエステバン」


 サンドラが近づくとレーレはササッと俺のポケットに隠れてフラップ(ポケットの蓋)を閉じた。手慣れた動きである。


「頼みを聞いてほしいんだ、もちろん礼はする」


 サンドラの微妙な言い回しから察するに、ギルドからの依頼ではないのだろう。

 やっかいごとらしい。


「そりゃあ、頼みと礼によるだろうさ」


 肩をすくめてからかうと、サンドラは「それはそうだな」と雰囲気をやわらげた。


 俺は少しおどけた口調で「とりあえず聞くさ、言ってくれよ」とうながす。

 緊張した女と話をするのは別れ話だけで十分だ。


「そうだな、難しい話ではないんだよ。実は――」


 サンドラが言うところによると、彼女と付き合いのある元女冒険者が金に困って借金苦にあえいでいるらしい。


 これは珍しい話でもない。


 冒険者ってのは学も無ければ金もない。

 よほど目端の聞くやつでなければ、引退後に安定した生活なんて送れやしないのだ。

 そこそこ名の知れた冒険者でもセカンドキャリアは乞食なんて話もまれに聞く。


 サンドラの昔馴染みの冒険者も結婚して引退後に商売を始めたらしい。

 ただ案の定、商売は傾き借金まみれ。

 旦那は借金を返すために子供を置いて出稼ぎに行き、帰ってこず、今も借金取りに嫌がらせを受けているらしい。


 そして、借金を回収しているのがサンドラのとこの若い冒険者らしい。

 冒険者がギルドを通さずに個人的に仕事をすることはままあることだ。


 だが、双方に義理のあるサンドラの進退は窮した。


 サンドラはギルドの顔役ではあるが、だからこそ介入できないのだ。

 下手に若い衆の『仕事』に手を出せば騒ぎだすバカはいるだろう。


 そのいざこざを『穏便に』治めてほしいというのが、サンドラの頼みだ。


 ……ふうん、なるほどね。


 この話を聞いても俺は興味も湧かない。


 サンドラが困っているなら助けてもいいかな、程度の話だ。


「ま、お礼次第だな」


 俺はサンドラの胸を人差し指でつんっと押した。

 彼女は痩せた年増ではあるが、若い者にはない崩れた色気がある。


 サンドラは「アンタも物好きだね」と俺の指を静かに外し「今回はダメさ」と苦笑いした。


「借金に追われてるのはカルメンなんだよ、姉妹になるのはゴメンさ」


 この言葉にはさすがの俺も驚いた。




――――――




 カルメン、それは若い頃に付き合ってた女の名前だ。


 シェイラには美化して伝えたが、はっきり言えば大した冒険者ではなかった。

 魔法は少々使えたが、何をするにも鈍く、パーティーメンバーの足を引っ張りがちだったのを覚えている。


 当時の俺はガツガツしていて、すぐに彼女とは仕事で組むのを止めてしまった。


 だが、仕事の出来で人の価値は決まらない。

 冒険者として見れば難あり。だが、女としてはかわいいヤツだった。


 少しぽちゃっとした見た目で、吸い付くような白い肌と美しい黒髪の持ち主……性格も大人しくて俺のことをいつも立てていたのを思い出す。


 ……そう言えば、いつも彼女をかわいがっていた女冒険者が……あ、思い出した! あれがサンドラか!


 俺は「なるほど」と小さく頷きながら歩く。


「ちょっと、なにが『なるほどー』だよっ!」


 先ほどから俺のポケットから顔だけ出してレーレが抗議をしている。


「シェイラがいないときに元カノと会うなんてシェイラ怒るんじゃない? またこじれるよー?」


 レーレがぼやくが「仕事だよ」と軽く流し、路地裏を進む。


 泥の壁に板葺きの屋根……簡単な造りの小屋が立ち並ぶ。

 サルガド北区の路地裏は整備されておらず、総じて貧しい家が多い。


「この辺りのはずだが……」


 が路地を曲がろうとした瞬間、喧騒が聞こえた。


「だから金が無いじゃ済まないんだろ!!」


 怒号、物を蹴るような音、子供の泣き声。


「エステバン、あっち!」

「ああ、近いな」


 レーレは子供の泣き声を聞いてやる気になったようだ。

 彼女は気まぐれだが基本的に優しく、子供が泣かされているのを見逃す気質ではない。


 路地を曲がると、すぐに見つかった。

 借金取りと思わしきガラの悪そうな男が2人、ドアの前で怒鳴り散らしている。


 女の足元には泣きわめく女の子。

 壁に穴が空いているが男が蹴り壊したのだろう。


「旦那が帰ってこねえならアンタが体を売ってでも返すんだよ!!」

「2人もガキをこさえてんだろ? へへ、経験が足りねえなら俺のをしゃぶって練習してみるか?」


 男たちの下品な声が響き渡る。

 いかにも借金取りって借金取りだ。


 それを見たレーレが「エステバンやっちゃえ!」とポケットでシャドーボクシングを始めたが、物事はそう簡単ではない。


「借りた金を利子つけて返す、当たり前じゃねえか! コラ!」


 借金取りが吠えたが、まさに道理である。

 これは借金取りが正しい。


 心情的には思うところはあるが、下手にぶん殴っても犯罪者になるだけだ。


 だがもちろん、放っておくわけにはいかない。


「あー、ちょいとごめんなすって」


 俺はちょいちょいと右手で手刀を切りながら両者に割り込んでいく。

 ちなみにこの動作は日本人にしか通用しないから注意してほしい。


「なんだあ? この野郎、邪魔する気かよ!?」


 借金取りの片割れが大振りのナイフを抜いて凄んでくる。

 なかなかの面構えだ。


「いや、邪魔をする気はないんだが、ちょっとこちらのご婦人に用があってね……久しぶりだな、カルメン」


 俺が視線を向けると、カルメンは驚いた様子で「エステバン」と小さく呟いた。


「あー? それがどうしたんだよっ!? こっちだって用があんだよ? わかんねえのか?」

「そりゃそうだ。兄さんが正しいが、ここは頼むよ」


 彼らは仕事中の同業者である。

 ヒーローみたいに登場して一方的にやっつければ俺が社会的に死んでしまう。


「待て、あんたエステバンって言ったか?」


 凄んでいる借金取りを、もう片方が制し、俺に向き合った。


「そうだ。俺はエステバン、長マラのエステバンと呼ばれることもある」


 この異名みたいなのは言ったもんがちの面もあるので適当でいい。


「コイツを知ってるのか?」

「聞いたことあるだろ? 噂の『魔族狩り』だ」


 借金取りが背中を向け、ひそひそと相談を始めたが丸聞こえだ。


 ……バカなんだろうな。


 俺が危害を加えるつもりなら一瞬でカタがつきそうだが……まあ、そこは我慢である。


 しかし、魔族狩りとはひどい誤解だ。

 俺は魔族を倒したことなど1度も無いと言うのに。


 待つこと数分、男たちは少し雰囲気をやわらげて振り返った。


「エステバンさんよ、俺たちも仕事で来てるんだ。邪魔をしないでくれないか?」


 やや冷静な方の借金取りが下手に出てきた。

 もう片方は不満げだが、どうやらコイツとは会話ができそうだ。


「わかるよ、でも大声を出しても金が湧いて出るわけじゃない。そうだろ?」


 ここで、さりげなく借金取りに数枚の硬貨を握らせる。結局はコレが1番話を通しやすいのだ。


「全然足りないとは思うが、それで頼むよ。悪いな」

「へへ、話がわかるね」


 借金取りはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて立ち去る。


 彼らもカルメンから借金返済を望んでいるわけではなく、少しでも回収するように言われていただけだろう。


 俺は借金取りを穏便に引き取らせ、彼らは若干の成果を得た。

 互いに得をしたのだ。


 ……まあ、切った張ったをするような案件でもないしな。


 この埋め合わせはサンドラにしてもらえばよい。一晩も付き合ってもらえばおつりがくる。

 彼女もまんざらでもなさそうだし、もうひと押しすればなんとかなりそうではある。


「エステバン、なんで」


 ぼんやりとサンドラの胸の感触を思い出す俺に声がかかる。


 カルメンだ。


 30才ほどのはずだが、あまり印象が変わっていない。

 長い黒髪に白い肌……美人というよりはかわいらしい印象の女性。だが、少し疲れている様子だ。無理もない。


「やあカルメン、変わらないね」


 俺はゆっくりと振り返り、カルメンと向き合った。

 

 胸のポケットでレーレが「こらー」と暴れていた。

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