4 全裸忍術

ドアーティと合流した俺たちは彼の先導のもと、遺跡へと向かう。

荒れた草むらを抜けると間もなく、石造りの小さな集落のような建築物の群れが見えてきた。


「あれが神殿だ、遺跡を利用して造られたようだな。魔貴族の封印は大きな建物の内部にあるようだ」


 ドアーティが遺跡を示し、周囲の構造などを細かく伝えてくれた。

 先行していた彼はすでにキャンプのような拠点も用意しており、偵察を済ましているそうだ。


 神殿は遺跡を再利用して作られた建造物らしい。

 10棟ほどの小屋と本殿ほんでんらしき大きな建物がある。本殿が俺たちの目標だ。

 全体的によく整備されており、遺跡と言った古めかしさはあまり感じない。


「ドアーティさん、内部はモンスターがいると聞きましたが――」

「ああ、広いだけに色々いるようだ。豚人やゴブリンも別々に巣を作っている気配がある」


 俺はドアーティから様々な情報を得て状況を整理していく。


 正直、面倒ではあるが、これを怠るのは不味い。

 急造チームであるがゆえに何を目標とし優先するのかは話し合う必要があるのだ。

 曖昧なままダンジョンに挑み、意見の対立などがあっては生死に関わる。


 今回の依頼、支配人ギルドマスターのサンドラはドアーティがメインで俺たちがサポートという扱いだったようだ。

 ドアーティは俺たちの知らない情報も持っており、彼の話を参考にしつつプランを練る。


 先ず、最優先は生きて帰ること。

 次に、魔貴族の封印を確認すること。

 最後に、封印が解かれていた場合は撤退すること。


 これらが決まり、いよいよ遺跡への突入が決まる。

 モンスターの排除も目的ではあるが、魔貴族さえどうにかすればなんとでもできると判断した。


「見事だな。今回のダンジョンアタックはエステバンさん、あなたが指揮を執るといい」

「承知しました。とっさの時には失礼をするかもしれませんが、よろしくお願いします」


 俺とドアーティががっちり握手をしてミーティングは終了だ。

 ドアーティは素早い動きで敵を翻弄する忍者だ。確かに指揮官には向かないだろう。等級に拘らず、役割を冷静に判断する彼はさすがといえる。


「よし、遺跡に向かうぞ! 準備はいいか!?」


 俺がシェイラたちに声をかけると、レーレは「わかったよー」と気の抜けた返事をし、シェイラは頭に『?』を浮かべたような表情を見せた。

 この森人エルフは完全に話を理解していない。


「あのな、こんな時は『準備はいいか』と聞かれたら『おう』と答えるんだ。わかったか?」


 呆れた俺が頭を掻きながら説明すると、シェイラは良くわからないなりにコクコクと頷いていた。


 バカバカしく見えるかも知れないが、こんなことでも意外と連帯感が高まったり士気が上がったりするものである。

 遊んでいるのではなく、必要だからやっているのだ。


 ごほんと咳払いをし、俺は改めて「準備はいいか!?」と声を上げる。


「応」

「おー!」

「おお?」


 すると、発音は同じながら、三者三様の答えが帰って来た。


 ……うーん、締まらないが、仕方ないか。


 俺は苦笑をし、皆に向かって「行くぞ!」と声を掛けた。




――――――




 遺跡の外部は小さな石造りの小屋が立ち並び、小集落の様相を示している。

 恐らくは遺跡を管理する人々が住居として利用していたのだろう。


 今、その建造物はモンスターの巣である。


「足音がする! 2本足が数匹!」


 耳のよいシェイラが警戒をうながすと、ドアーティが「私に任せてもらおう」と飛び出した。


 現れたのは数体のゴブリン、彼らは驚きつつもドアーティに向け敵意を見せ、石や粗末な木槍を投げつけた。

 そしてそれらは、ドアーティを貫いた――かのように見えた。


「キャーッ! あぶない!」


 レーレが悲鳴をあげるが、無理もない。

 ゴブリンたちも勝利を確信したであろう。


 しかし、ゴブリンの投擲を受けたのはドアーティのマントのみだ。

 全裸の忍者はマントのみを残し、すでにゴブリンの頭上を越えるほどに跳躍していた。

 そして、左右の短剣を目にも止まらぬ速度で振るう。


 彼が1度、2度、3度と身をひるがえす度にゴブリンの首がねとばされる。

 すべて一撃、素晴らしい技の冴えだ。


「変わり身、忍術の初歩だよ」


 ドアーティは誰に聞かせるともなく呟き、優雅な動きでマントを拾い上げた。

 すでに4体のゴブリンはものを言わぬむくろである。


「さあ、先を急ごう」


 呆然とする俺たちに声をかけ、ドアーティは歩を進める。


「凄い……変態だ」


 シェイラがポツリと呟いた。




■■■■



ドアーティ


アイマール王国お抱えの1等冒険者。38才。

彼はサルガドの冒険者ではなく、魔貴族の封印が解かれることを恐れた王国が派遣した冒険者である。

当代一流の忍者であり、異名の『煙のドアーティ』とは、煙のように見えても触れないという意味が込められている。

妻子がおり、普段は地図の収集や料理が趣味の良き家庭人である。全裸だけど。

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