5 対決! 魔貴族ヴァラファールの脅威

 遺跡、外周部



「グモオォォォ!」


 俺の剣に腹を裂かれ、腸をぶちまけた豚人オークが悲鳴を上げてうずくまる。すかさず俺は左手の斧を頭蓋に落とし、トドメを刺した。


「お見事! 素晴らしい戦技だ!」


 すかさずドアーティが前に出て次の豚人に襲いかかった。

 俺たちは交互に前に出て、力を温存しながら前に進む。

 ダンジョンアタックではよくある戦術だが、効果的だ。


「シェイラ! 屋根の上だ!」


 俺の声に反応したシェイラがすかさずに矢を射ると、遺跡の屋根の上から落ちるゴブリンが確認できた。

 素晴らしい精度の射撃だ。


「よし、ドアーティさん、このまま前に出ます!」


 急増チームの俺たちだが、非常にバランスが取れた編成である。

 特に索敵に優れたシェイラが大活躍だ。


 弓の腕前もさることながら、特筆すべきは森人エルフの聴覚だ。

 入り組んだ地形の戦いでは不意討ちがなにより怖い。そのリスクを下げてくれるシェイラの存在は大きい。


「ひえー、いっぱいいるねえ」


 ポケットの中のレーレが呑気な声を上げたが無理もない。

 この遺跡、とにかくモンスターの数が多いのだ。


 俺もドアーティも汗と返り血で染まっている。

 何匹倒したかは、もはやか数えてはいない。


 この遺跡にいるゴブリンや豚人の群れは1つや2つではない。

 恐らくはダンジョン化して日が浅く、営巣に向いた空き地を狙い、さまざまな集団が寄ってきたのだろう。

 だが数こそ多いが、統制が無いゆえに俺たちの侵入を許している。


「よし、入り口だ。エステバンさん、ここからが本番だぞ」

「ええ……少し待ってください、様子を確認します。周囲の警戒を頼みます」


 遺跡の入り口で足を止め、俺は魔力を薄く広げた。

 レーダーをイメージするように内部の構造を探る――これは俺のオリジナル魔法だ。名前は特に無いが、仮に構造探知魔法とでもしておこう。

 便利な魔法ではあるのだが、探知範囲に比例して魔力の消費が増えるのと、使用中は無防備になるのが欠点である。

 発動に時間もかかるし、使い勝手が良いとは言いがたい。


 内部の構造を探ると、すぐに違和感を覚えた。

 なんらかに阻害され、まったく魔力を通さない空間があるのだ。


 ……見つけた! これが封印か!


 これほど強力な封印など並みのモノではない。

 間違いなく、魔貴族を封じているのだ。


「見つけました。遺跡の中央部、そこに封印はある。このまま確保しましょう」

「中央部だな、承知した。一気に行くぞ!」


 遺跡の内部は神殿として改装されていただけに明るく広い。しかし、ダンジョン特有の腐肉や屎尿しにょうが入り交じる悪臭が立ちこめている。


 屋内にはゴブリンや、それに飼われているのであろう野犬が群れを成していた。


 ドアーティはモンスターの群れに一気に駆け寄り、次々と屠る。

 1人、2人、3人と部屋を駆け抜ける裸忍者の影が増えた……錯覚ではない。あれは忍術の奥義『分け身の術』だ。恐らくは魔法の一種なのだろうが、まったく見分けがつかない。


「ひ、ひええー……すごすぎるよお」


 ポケットのレーレが思わず、と言った風情で感嘆の声を漏らした。それにより、俺も正気に戻る。


「――っと、いかんいかん。シェイラ、ドアーティの討ち漏らしを片付けるぞ!」


 俺は雄叫びを上げ、目の前のゴブリンの頭を斧でかち割り、続けざまに隣のヤツに斬りかかった。

 とにかく派手に、多数を混乱させるのだ。


 適当に暴れて神殿からモンスターを追いたてる。全滅させる必要はない。


 シェイラも心得たもので、俺の後ろに着き、短弓で連射をしている。

 次々にゴブリンは倒れ、すぐに遺跡の外へと逃げ出した。


「十分だ。矢を温存しろ」


 容赦なく逃げるゴブリンの背を射抜き続けるシェイラを促し、俺たちは先へと進む。


「ドアーティさん、いけますか?」

「無論さ。だが、マントが駄目になった」


 ドアーティはボロボロになったマントを優雅に投げ捨てた。


「まあ、いいさ。新しいマントが欲しかったところだ」


 ドアーティが軽口を叩き「ふ」と薄く笑う。

 全裸でありながら実にダンディだ。


「なんか、慣れてきたかな?」


 シェイラが小首を傾げるが、男の裸体を見慣れるとは淫乱な娘である。


「いやらしいヤツだ」

「なんでだよっ!? ぶらぶらさせてるのはアイツじゃないか!」


 シェイラがぎゃあぎゃあ騒ぐが、俺たちの声に反応するモンスターはいない。

 どうやらある程度は駆逐したようだ。


 ……ま、すぐに集まってくるだろうが、今のうちだな。


 モンスターのいなくなった無人の神殿はガランとしており、何とも言えない寂しさがある。


 静まり返った神殿に、俺たちの足音のみが響いていた。




――――――




「これか……?」


 それは、異様な空間だった。

 部屋の中にある黒いプレハブ……パッと見で得た俺の感想である。魔貴族の封印としては小さく感じた。


 広間にポツリとある漆黒の建造物は魔力を全く通さず、中の様子を窺うことはできない。


「エステバンさん、これか?」

「はい。間違いないでしょう」


 俺とドアーティは警戒しつつも黒い建造物に近づき、慎重に確認する。


「まて、何か書いてある――古語か」


 ドアーティがなにやら文字の書かれた入り口のようなものを発見した……が、書いてあるのは古語である。残念ながら俺には読めない。


「ドアーティさん、読めますか?」

「いや、私は――だが封印は解かれていないようだ」


 ドアーティも解読できてないようだが、これは仕方がない。


 考えてみてほしい。日本人とて数百年前の古文書を読める者がどれくらいいるというのか。

 このことで俺とドアーティを責める者がいたら筋違いである。


「好奇心を捨てよ、邪悪を封ぜし扉なり」


 その時、思わぬ方向から声が聞こえた。俺とドアーティは顔を見合わせて首を振る。


「好奇心を捨てよ、邪悪を封ぜし扉なりって書いてあるぞ?」


 何やらシェイラが不思議なことを言っている。おかしなモノでも食べたのであろうか。


「どうした? 急に賢いふりして?」

「ふ、ふりって失礼だな! これは森人エルフ文字だよっ! 人間は使わなくなったけど、もともと皆使ってたってハコモ爺ちゃんが言ってたぞ!」


 ……誰だよハコモ爺ちゃん。


 ハコモ爺ちゃんはわからないが、シェイラは実に得意げである。

 レーレも一緒になって「人間は古いこと忘れちゃうからねー」などと言っているが……なんかムカつくな。


 しかし、今回はシェイラが大活躍である。俺が「偉いぞ」と頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「えへ、この取っ手を引くんだぞ? 書いてあるもん」


 シェイラは鼻を膨らませながら黒い建造物に近づき――


「わっ! バカっ! やめ――」


 開けてしまった。


 凄まじい魔力の奔流が中からあふれ出るのがわかる。

 とんでもない化け物の気配――魔貴族である。


『我を醒ます者は誰だ』


 建造物の中で何かが動いた。ライオンの頭を持った大男だ。


 凄まじい重圧、膝が震え、逃げることも叶わない。


 ……やばすぎるぞ、こいつは!


 見ればドアーティも動けずにいるようだ。無理もない。


『我が名はヴァラファール、魔族の――』


 ガラガラー、ピシャッ。


 その時、シェイラが何事も無かったかのように封印の扉を閉めた。


『ちょ、まっ――』


 途端、ピタリと先程までの重圧は消え、俺は体の自由を取り戻した。


 中からドンドンと扉を叩く音が聞こえるが開く様子はない。


「えへ、びっくりしちゃったな」


 シェイラが舌を出してテヘペロをするので、特大のゲンコツをお見舞いした。


「あぶっ、した、したをはんだよお」


 舌を噛んだシェイラがべそをかくが自業自得だ。

 レーレが「痛そー」と呟くが、これくらいは当たり前である。危うく死ぬところだったのだ。


「エステバンさん、これは……封印は中から開かない、と考えて良いのだろうか?」


 ドアーティが不安げに黒い建造物を確かめているが、間違いはないだろう。

 なぜなら先程から『開けろー開けてくれー』とか言いながらドンドン叩く音が内側から聞こえるからだ。


「まあ、大丈夫そうですね。現代の言葉で注意書を書いて……っと、これで良し」


 俺は黒い建造物に石筆チョークで『開けるな危険! 魔貴族がいます!』と書いておいた。


「これで一件落着だな。一旦ギルドに向かって、遺跡を維持する冒険者を派遣してもらうか」

「そうですね。もう少しで大変なことになるところでした」


 ドアーティは「今回は助かった」と渋い笑みを見せ、俺たちは固い握手を交わした。死線を共に潜り抜けた仲間――ここに他では得られぬ絆があるのだ。


 俺は泣きべそをかくシェイラに「帰るぞ」と声をかけ、帰路につく。


「ねーねー、エステバン。シェイラがかわいそうだよ。頑張ったのにさ」


 ポケットの中でレーレが抗議の声を上げる。


 見ればシェイラは長い耳をぺたんと伏せ落ち込んでいるようだ。

 これは舌が痛いのではなく、俺に叱られたことがショックだったのだろう。


 ……まあ、確かに頑張ってはいたが……


 さすがにちょっと憐れかもしれない。


「大活躍だったな。ありがとう、助かったよ」


 俺がぽんぽんと頭を撫でると、べそをかいていたシェイラは「えへ」と幼さの残る笑顔をこぼし、レーレが「きしし」と不気味な笑いを見せていた。

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