2 過去を知る女
俺が声をかけると、無人のカウンターの奥の部屋から「はーい、ちょっと待ってくださいねー」と女の声が聞こえた。職員の控え室なのだろう。
そのまま2分ほど待つと、重そうなドアが開き、中年の痩せた女が姿を現した。
年のころは40代の半ばであろうか、隙のない身のこなしから元冒険者だとすぐに知れた。
少し白髪の混じり始めた焦げ茶色の髪に崩れた色気が漂っている。
「おまたせ。おっ、新顔だね」
「ああ、俺たちはチーム松ぼっくり。指名依頼の話を聞きたい」
女は俺たちから標識(タグ)と手帳を受け取り、不躾(ぶしつけ)にじろじろとこちらを眺めた。
「へえ、狐のエステバンか……懐かしい名だ。あんたが噂のアーケロン殺しとは腕を上げたみたいだね。私はここの
女が馴れ馴れしく声をかけてくるが、ちょっと記憶にない。
まあ、冒険者稼業を続けていれば同業者の顔を忘れることなどいくらでもあるだろう。
俺が「ああ、よろしく」と相手に合わせると、続いてシェイラも簡単な挨拶をした。
「ふうん、カルメンと別れたとは聞いてたが、ずいぶんと若い娘さんだね。いや、
サンドラは皮肉を込めた口調で俺を軽く責める。
カルメンとは俺が若い頃につき合っていた女冒険者だ。元カノの関係者が仕事相手とは世間は狭い。
隣でシェイラの目が三角になっているが慌ててはいけない。
こうした時こそ男の器量が問われるのだ。
「シェイラ、カルメンとは俺が若い頃に付き合っていた女性さ。美しい冒険者でな、頼れる魔術師だった。若く未熟だった俺は彼女に何度も助けられたのさ」
そう、このパターンで昔の女をけなしてはいけない。むしろ持ち上げるのがコツだ。
男女の機微において『昔の恋人を大切にしていた』というのは、決してマイナスにはならないものである。
ここで別れた相手を悪く言えば、自分もそのような扱いをされるのではないかと不審感を与えるだろう。
昔の女を大切にしていたアピールすることにより、今の女を安心させる……これが竿師の技である。
「そうか、昔の恋人か。わ、私は何も気にしないぞっ! 私と出会う前の話だからな」
シェイラは「ふんす」と鼻から息を吐き、薄い胸を反らした。
明らかに何かを聞きたそうな気配だが、そこに触れてはいけない。
「ああ、シェイラは優しい女性さ。いつもありがとう」
ここで営業用(?)のスマイル。
シェイラは耳まで赤くしてだらしなく口許をゆるめた。
……よく考えたら俺がシェイラにここまで気を使う必要もないような……?
そもそも、俺とシェイラの関係はなんなのだろうか。
恋人でもなく、友人でもない。
保護者? うーん、保護者がピッタリくるかもな。
ちなみに俺はオッパイの大きな女性が好きだ。
シェイラは少しボリュームが足りない。
「……あんた、だいぶ女癖が悪化してないか?」
サンドラが失礼な事を言ってくるが、相手をすることはない。
「俺は俺なりに誠実に生きてるさ。それより、依頼を聞こうじゃないか」
俺が話を逸らすとサンドラは大袈裟に肩をすくめて地図を取り出した。
「今回、あんたらに依頼したいのは封印の遺跡の調査、並びにモンスターの駆除だ」
「封印の遺跡……?」
俺は自らの記憶を探るが、どうも記憶にない。
遺跡やらなんやらはモンスターも棲みやすく、ダンジョン化している場合が多い。サルガドのような大都市の側に遺跡があるならば冒険者が入らないはずがないのだが……
「知らなくても無理ないね、この遺跡は合祀神殿が管理してたからね。ダンジョン化は最近のことさ」
「なるほど、冒険者の出入りは無かったわけか。しかし、封印の遺跡ねえ……厄介そうなのが出てきそうな名前だな」
俺の言葉を聞いたサンドラはニタリと笑みを見せ「魔貴族さ」と軽やかに告げた。
――――――
少しのち
俺はギルドの酒場で軽く飲みつつ、先ほどのサンドラの話を
サルガドより数キロ離れた地点の遺跡、そこを管理していた神殿に水害があったらしい。この地方では良くある話だ。
水と共に発展してきたサルガド近辺の人々は水害に慣れているし、封印されし魔貴族がいるという遺跡を放棄するわけにはいかない。神殿の人々は遺跡の維持に努めた。
だが悪いことは続くものだ……そこに疫病が蔓延したのだ。水害の後に疫病は一種のつきものである。
やむ無く人々は遺跡から離れることにした。一時避難のつもりであったろう。
だが、人の気配が無くなった神殿にゴブリンやその他のモンスターが住み着き、あっという間に遺跡はダンジョン化した。
こうなると、もうダメだ。
普段ならすぐに冒険者を派遣するのだが、相手は魔貴族になるかもしれない。
並みの冒険者では太刀打ちできないのである。
そこで、南地区で特殊個体のアーケロンを討ち取ったおれ
そう、俺たち『松ぼっくり』への指名依頼である。
もう一人、凄腕の助っ人が来るようだが、他人をあてにしていてはひどい目に遭うだろう。
……シェイラを守りながら魔貴族と戦えるのか?
以前、対峙した魔貴族ハルパスの脅威を思い出すと身が震える。
不安を感じた俺がチラリとシェイラに目を向けると、豆粥をガッつく森人と小人がそこにいた。
お気楽な姿ではあるが、彼女は先日、8等の冒険者となった。
そろそろ駆け出し冒険者は卒業である。
「どうしたんだ? 何かついてるかな?」
俺の視線を感じたシェイラが「えへ」と、こちらを向いて笑う。幼さを残した笑みだ。
……ま、しょうがないか、チームだしな。
俺が小さくため息をつき、シェイラの顔についた豆を摘まむと、レーレが「ヒャー!」と奇声をあげた。
「シェイラ、遺跡では必ず俺の指示に従え。わかったか?」
俺の言葉にシェイラは顔を赤らめ「はい」と小さく頷いた。
……どうも、やりづらいねえ。
俺は苦笑しながらシェイラの頬にそっと手を添え、摘まんだ豆を鼻にねじ込んだ。
酒場に森人の絶叫が響き渡り、俺たちの冒険は幕を開けた。
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