10話 封印の遺跡
1 未来の予想図
サルガド北岸
大都市サルガドは中央にメディオ川が流れ、大きく南北にブロックが別れている。
今、俺たちがいるのは北側だ。南側よりも人口は少なく10000人程度。
総じて貧しいものが多く住み、南側と比べて治安も悪い。
メインストリートの商店街も石造りの町並みが続く南部とは違い、テントを張ったような露天が多く、バザーのような雰囲気だ。
だが、他の都市と比べれば北側だけでもかなりの規模を誇り活気に満ちあふれている。
雰囲気は違えど、サルガドは南北共に大都市なのだ。
「やあ、そこの若奥さん! この美しい皿はどうだい? 遥か北のリオンクールで作られたリオンクール焼きだ! 遥かな彼方より旅をした北方陶磁の名品だよ!」
「えっ? 私かっ? エステバン、でへへ、若奥さんだって。夫婦と間違われたぞ?」
怪しげな雑貨屋の親父に見え透いたお世辞を言われたシェイラは有頂天だ。
しまりのない顔で俺に腕を絡ませ、ほおずりをしてくる。
彼女はこの間の一件以来、ずっとこの調子なのだ。
……うーん、婚約者として復縁したとか考えてるんだろうなあ……
俺とてシェイラのような美少女に懐かれて嫌なはずはない。
ただ、やはり気になるのは種族の違いによる寿命の差である。
人間である俺があと20~30年生きたところで、
恐らくは女子高生が女子大生になる程度……ひとときの関係ならば問題は無いが、結婚となると難しい。
共に年を取れない関係が長続きするとは思えない。
ジジイになってから若いシェイラに捨てられる可能性は大いにある。
……シェイラに「勃たなくなったエステバンなんて用済みだっ」とか言われたら立ち直れんな……
俺は小さくため息をつき、暗い未来予想を思考の隅に追いやった。
「――テバン、エステバン、そのお皿買うのか?」
シェイラに声をかけられて我に返ると、雑貨屋の期待に満ちた笑顔が目に入ってきた。
物思いに耽るうちに、皿を凝視する形になっていたらしい。
「――ああ、いや、旅に陶器は向いてないから」
バツが悪くなった俺は適当に「これを貰うよ」と髪飾りを手にした。
緑に彩色された木彫りのシンプルなデザインの輪っかだ。2つで1対らしい。
「お目が高いね! それは遥かな東海に浮かぶ島でしか取れない香木さ、奥さんの白い髪にピッタリだ! 8000ダカットでどうだい?」
雑貨屋の親父はニイっと愛想笑いを見せるが、これには苦笑いをする他ない。
この髪飾りはどう見てもありふれた木彫り製品だ。しかも古い。
俺が80ダカット渡すと、親父は「毎度あり」と愛想笑いをした。
どうやら出しすぎたようだが……まあ、この世界の買い物とはこんなものだ。
現金掛け値なしの呉服店でも開いたら大流行するかもしれないが、俺には元手がない。
期待に満ちあふれた表情のシェイラに苦笑し「やるよ」と髪飾りを手渡した。
「あ、ありがと。嬉しいぞ」
シェイラはにまにまと笑いながら髪飾りを大切そうに胸に抱いた。
……おや、意外な反応だな?
彼女の反応は少し意外だ。
もっとこう、ぴょんぴょん跳ねて「やったー」とか言うと思っていたんだが。
「エステバンの気持ち、受け取ったからな。わ、私も同じ気持ちだ」
瞳にうるうると涙を溜めながら、しなだれかかってくるシェイラ。
……これは絶対にアレだな。森人の風習で男が女に髪飾りを贈ることはうんたらかんたらってヤツだ。めんどくせえ。
この手の価値観のズレも異なる種族と結婚する時の障害でもある。
考えてほしい、外国人と結婚するのですら大変なのに、いわんや森人を、だ。
だが、俺はここで突き放すほど空気の読めない男ではない。
俺はピトッと貼り付いてきたシェイラに腕をまわして抱き締めた。
……まあ、いいか。いつまでも若い嫁を貰うと前向きに考えれば……
後の苦労は後の俺がすればよい。据え膳食わねば男の恥だ。
俺はシェイラの顎に手を当てて上を向かせた。
しばし、じっと見つめ合っていたが、何かを悟ったのか、彼女はぎゅっと固く目をつぶり……
「あー、いつまでもそこにいたら商売の邪魔なんだけど」
不機嫌そうな雑貨屋の親父に邪魔された。
……空気読めよ。
――――――
その後、気を取り直した俺たちはサルガド北区の冒険者ギルドへ向かう。
サルガドの町は極めて大規模であり、南北それぞれに独立した都市機能を有しているのである。冒険者ギルドも例外ではない。
様子を見ればシェイラは緑の髪飾りを日に透かしてみたり、眺めて締まりなく笑ったりと忙しそうだ。
レーレも盛り上がっているようだが、ここはスルーするのが無難である。
オッサンがキャピキャピとした会話に割り込んでもキモがられるだけだが、黙って見守れば大人の余裕に見えなくもない。
説明が遅れてしまったが、俺たちが北側に来たのは観光ではなく仕事である。
南の
これは特殊個体アーケロンを討ち取った俺たちへの指名依頼らしく、冒険者の流儀としては拒むことはできない。
……さあ、どんな冒険がまっていることやら。
わざわざ他地区の冒険者を呼ぶとはただ事ではない。
俺は石造りのギルドに入り、無人のカウンターに「たのもう」と声をかけた。
■■■■
ナウなヤングの森人たちの間で緑色の小物を贈り合うのが流行っているらしい。
特に伝統というわけでもないが、シェイラはこの手のことに憧れるお年頃である。
プロポーズ的な意味は無く、感覚としては日本のトレンディなアベックが別れ際にテールランプを5回点滅させるのに近い。
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