5 エステバン、逮捕

 一方、マルリス宅で留守番をしているエステバンとレーレ。



「なんかマルリス遅いね。これじゃシェイラ探しに行けないよ」


 すっかりシェイラを探しにいくつもりだったレーレがぼやく。


 ハウスキープで忙しい俺とは違い、彼女は退屈なのだ。


「そんなに退屈なら手伝ってくれてもいいんだぞ?」


 俺が苦笑すると、レーレは「やーだよっ」とそっぽを向いた。

 道具が踊り出すレーレの魔法は家事にも便利そうではあるが、本人にその気がなければ仕方がない。


 俺は気にせず、雑巾がけに戻ることにした。

 なにしろマルリスの家は広い。雑巾がけは重労働だ。


「ねーエステバン、なんで裸なの?」

「裸じゃない。ちゃんとエプロンしてるだろ?」


 退屈したレーレがお喋りをしているが、俺は忙しい。

 適当に相づちを打ちながら作業にいそしむ。


 しばらく丸出しの尻をレーレに見せつけながら雑巾がけをしていた俺だが、外から賑やかな気配を感じ手を止めた。


「お客さんだな。果実酒サングリアの支度でもしようか、レーレも飲むだろ?」


 ここで言う果実酒とは醸造酒に搾りたての果汁を加えたモノだ。とても飲みやすいので人気がある。


 レーレは「ヤッター」と喜び、瓜を転がし始めた。


 アイマールの瓜は色が蛙みたいでエグいがサッパリしていて食べやすい。

 ちなみにスイカもあるが、スイカは縞模様ではなく真っ黒である。


 俺が台所に立つと、ガチャリと扉が開き、赤子を抱えたマルリスとシェイラがそこにいた。

 シェイラはダークエルフではなく、いつもの白い髪である。


 ……おや? 珍しい組み合わせだな。赤ん坊?


 俺が首をかしげるとシェイラが「エステバンっ!」と飛びかかってきた。

 抱きついてきたのではなく、文字通りに飛びかかってきたのだ。


 ガシッと両手両足で俺をホールドし、コアラのような体勢でしがみつくシェイラ。


「エステバンっ! ダメじゃないかっ! なんで私を一人にするんだっ!」


 森人エルフは俺に張り付いたまま顔をグリグリと押し付けた。


 ……なんでも何も、自分から婚約解消だと騒いで出ていったんだが……


 俺には意味がわからない。


「寂しかったぞっ! へんな男にも声かけられたんだ! エステバンは私から離れちゃダメだ! 責任とって結婚するんだっ!」


 なんかワケの分からないことを言っているがどうすんだこれ。

 見ればマルリスは苦笑いし、レーレは「きしし」と奇妙な笑いを見せた。


「あー、シェイラ? ダークエルフやめたのか?」

「そうだっ! マルリスとエスエルのおかげで正しき心をとりもどしたんだっ!」


 俺は「エスエル?」と問い返すと、マルリスが「この子だよ」と赤子を見せてくれた。

 エスエルと呼ばれた子はシェイラが騒いでいてもお構いなしでスヤスヤと眠っている。


「その子は?」

「シェイラさんが拾ってきたんだ。アタシが育てるよ。だから――」


 ピンときた。別れ話だコレ。

 マルリスのようなタイプは『やだやだ!マルリス捨てないでくれ!僕死んじゃう』とか言ったら思い直してくれそうではあるが――


 問題はへばりついているシェイラだ。彼女に知られては面倒になるのは目に見えている。

 なんとか気づかれないようにマルリスに意思を伝えたい。


俺はシェイラを張りつけたまま、無言でマルリスの肩にそっと手を置いた。

 マルリスは複雑な表情をみせ――すっと俺の手を外した。


 ……フラれた!


 かなりショックである。面と向かってフラれるのは久しぶりだ。


「あのさ、この家を処分しようと思ってんだよ。それで、冒険者向けの小間物(雑貨)屋でもやろうと思う。のんびりと」


 俺の動揺を感じ取ったのだろう。

 マルリスは若干早口な説明口調で、気まず気な表情を見せた。


 ……女にこんな顔をされたら仕方ないな……


 俺は竿師として、女の幸せを常に願っている。

 ここは身を引く場面だ。


 悪い印象を残さず撤退するのは大事なことである。うまくすれば復縁の目が残るからだ。


「いいさ、マルリス……また会える日を楽しみにしてる」

「……ゴメン、ありがと」


 マルリスは呟くように、別れを口にした。


「エステバン! 私が帰って来て嬉しいんだな!? 泣くほど嬉しいんだな!?」


 どうしよう……張り付いてるシェイラがマジでうざい。

 正しき心だかなんだか知らんがあっちに行って欲しい。


 イラついた俺が鋭く舌打ちすると、レーレが「あー」となにか言いたげにしていた……なんか言えよ。



 こうして、元の鞘に収まった俺たちはマルリスの家を去る。

 夢のヒモライフは終わりを迎えたのだ。


「エステバン、あのさー」

「エステバン、私はなー」


 帰って来たシェイラはいつにも増してベタベタしてくるが――まあ、仕方ないか。


「マルリスみたいな乳になるまで揉んでやろうか?」

「な、なんでだっ!この前は小さいのが好きって言ったじゃないか!」


 まあ、賑やかでいいと思う。

 レーレも嬉しそうにしてるし、これで良かったんだろう。



 そして、裸エプロンのままの俺は通報され、衛兵にこっぴどく叱られることになる。

 なんでふんどしは良くて裸エプロンがダメなんだ……解せぬ。




■■■■



裸エプロン


日本でトラディショナルな家政のスタイル。アイマール地方ではほとんど見ることはない。

ちなみにエステバンが逮捕されたのはふんどし未着用のためである。ふんどし+エプロンならば問題はない。

暑い日に魚屋や肉屋に行けば上半身裸の男が前掛けをしている姿を見かけることもあるが、これはあくまでも別ジャンルである。

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