4 捨て子

《シェイラ》



 少し後、ギルド



「いやあ、ガキん子を連れてこられてもなあ」


 ギルドでは少し騒ぎが起きていた。

 シェイラが赤子を持ち込み、支配人ギルドマスターのロレンツォに「養ってくれ」と迫っているからである。

 彼女は 森人エルフの感覚で『余裕のある家庭や村長が孤児を養う』と思い込んでおり、彼女にとって支配人のロレンツォは長者なのだ。

 ロレンツォに頼めば引き取ってもらえると思い込んでいたらしい。


 だが、その常識は人の町では通じない。シェイラの計画は初手から躓(つまず)いた。


 そして、戸惑っているのはシェイラとロレンツォだけではない。

 赤子を引き取れとロレンツォに迫る森人……かなり目立つ絵面である。

 周囲の冒険者も「なんだなんだ」と好奇の眼差しを向けているようだ。


 サルガドのような大きな町ではシェイラのような9等冒険者が支配人と親しく言葉を交わすことはない。

 つまり、冒険者たちがロレンツォとシェイラの関係を邪推するのに十分な光景ではある。


「狐はどうしたんだあ? そう言うのはアイツがうまいだろお?」


 ロレンツォの言う狐とはエステバンのことである。経験豊富で世事に長けており、冒険者としては圧倒的な学がある彼にロレンツォは一目おいているのだ。


「でもっ、エステバンは……うっ、ぐっ」

「おいおい、泣かれちゃあ困るぜえ」


 シェイラが何かを思い出し、べそをかきじめ、大男のロレンツォがわたわたとあやす。

 一見コミカルな光景ではあるが、ロレンツォの社会的な信用は低下し続けている。ギルドとしては笑えない状況だろう。


 見かねた美人受付嬢が「すみません、支配人」と2人に割って入った。


「お話は聞かせていただきました。たしか合祀ごうし神殿には孤児院があったはずです」


 受付嬢は言葉を溜め、シェイラと向き合い「そちらに行かれてはいかがですか?」と硬い表情で告げた。


 その様子からは明らかに「これ以上業務を邪魔するな」との意志がうかがえる。

 サルガドのギルドは人手不足、駆け出し冒険者のわがままに付き合っている暇は無いのだ。


 しかし、シェイラにその手の機微は読むことはできない。


「ほんとうか? そこに行ったらエステバンは養ってもらえるのか?」

「……そうですね。話は聞いてもらえるでしょう」


 受付嬢の微妙な物言いには気づかず、シェイラは「良かったなーエステバン」などと赤子に話しかけている。


 その様子を見たロレンツォは「うーん」と唸りながら禿げ頭を掻いた。




――――――




《マルリス》



 秋の日差しが傾き始めたころ。



 マルリスはサルガドの街にある合祀神殿に足を向けた。

 簡単な依頼をこなした後、シェイラがそちらに向かったのを聞いたからだ。


 ……まったく、あんな娘さんを放っておいて、エステバンもエステバンさ。


 彼女はエステバンとシェイラが仲違いしている現状に少し負い目を感じていた。


 マルリスとて、何度も体を重ねたエステバンのことは憎からず思っている。

 だが、それ以上に『自分みたいな女が幸せになるなんて』というような自己肯定感の低さを抱いていた。


 彼女は、連れ込みの娼館を経営していた母から産まれた。父はわからない。

 当然のように『良くない環境』にあった彼女は幼い頃から大人の欲を身近に感じ、淫らな行いに嫌悪感を感じながら育った。


 しかし、母はまだ若いマルリスと幼い弟を残して娼婦がかかるわけのわからない病に苦しみ死んだ。

 マルリスは13才だった。


 娼館を継いだ少女に悪い虫が群がるのは時間の問題だった。何度も痛い目に遭い、子供を産んだこともある……が、子供は色々な事情で彼女の元から離れた。

 懸命に育てた弟も、一人で大きくなったような顔をして出ていった。


 マルリスが男を信用できなくなったのは必然であったろう。

 そのうち彼女は娼館を閉め、冒険者として生きていくようになった。

 なるべく、1人でできる仕事がしたかったのだ。


 こんな自分を選ぶ男……エステバンはマルリスにとって不思議な男だ。

 決して美しくない彼女の体を積極的に求め、女としか見ていない。それは彼女にもよくわかる。

 しかし、それゆえにマルリスはエステバンに抱かれることが、悦び以上に不安なのだ。


 ……はあ、アイツ、女をダメにする男だな……


 小さくため息をつきながら歩き続けると、合祀神殿の側で複数の泣き声が聞こえた。

 赤子と、子供だ。


 自然とマルリスの足が速度を早めた。出産を経た女性は赤子の泣き声に敏感である……彼女も例外ではない。


 マルリスが急いで近づくと、そこにいたのは――赤子を抱え「おんおん」と泣くシェイラであった。


「シェイラ、さん?」

「ぶおーん、おん、おん 、ズビビビッ、ぶおーん、おん、お? うぐっ、ひっく」


 シェイラは見覚えのあるマルリスの顔を見て泣くのを止めたが、赤子はそうはいかない。シェイラの腕の中で泣きわめいていた。


「なにをしてるんだい? その赤ん坊は……?」

「うぐっ、神殿もエステバンを育ててくれないって、エステバン、ウンチ臭いし、泣き止まないし、うぐっ……ヒック」


 マルリスは「エステバン?」と顔を引きつらせたが、どうやら赤子の名前らしい。


 マルリスは「かしてみな」と赤子を抱えて確認し、何度か頷いた。

 なぜシェイラが赤子を抱えているのか気にはなったが、事情を聞くのは後回しにしてもいいとマルリスは断じた。

 赤子の世話が先決である。


「気持ち悪いんだろ? かわいそうに、神殿で井戸を借りてキレイにしてやろう。あとお腹も空いてるね」


 マルリスは赤子に優しく語りかける。

 シェイラは気まずそうにしているが、マルリスの手慣れた様子に圧倒され異論は挟めないようだ。


「シェイラさん、この子は女の子だよ。エステバンはやめときな」


 マルリスが苦笑すると、シェイラはキョトンとした顔をみせた。


 ……まるで子供じゃないか。


 そのあどけない表情に、思わずマルリスは「ぷ」と小さく吹き出した。


「ふふ、子供から宝物を取り上げるなんてできないからね。返してやるよ」


 マルリスがニッと笑うと、シェイラはパチパチと瞬(またた)いた。


「なんの話だ?」

「返してやるよ、エステバン。大切な人なんだろ?」


 その言葉に反応し、シェイラはぴょんぴょんと跳び跳ねて喜びを表現した。



 マルリスは神殿で井戸を借り、赤子の尻を清めたのち、自らの乳房を含ませる。

 赤子は必死で乳首に吸い付き、マルリスは脳天まで痺れるような喜びを感じた。


「わっ、わっ、吸ってる! お腹すいてたんだ!」


 シェイラは興味津々である。出生率の低い森人社会において赤子は何より大切にされ、他人の目に触れないよう養育する。

 弟も妹もいない彼女は身近に赤子を見たことがなかったのだ。


 マルリスが赤子の世話をする間に聞いた話によると、シェイラは縁もゆかりもない捨て子を拾ったようだ。

 そして、里親を探していたらしい。


 マルリスは呆れた。そして怒った。

 たしかに合祀神殿に孤児院はある。だが、それはサルガドの市民のためのもので、シェイラのような旅人が利用できるはずはない。

 それを知りながらギルドはこちらに厄介払いをしたのである。


 シェイラの世間知らずには呆れるばかりだが、それでもギルドの対応は酷いものだ。


 マルリスは顔をしかめながら乳房から離れた赤子の背を叩き、げっぷをさせた。

 これをしないと、せっかく飲ませた母乳を吐き戻してしまうからだ。


 それを見たシェイラが「あはっ」と笑う。

 もう全ての悩みは解決したと言わんばかりの表情だ。


 ……まったく、どこのお姫様だい。


 マルリスは苦笑し「アタシが育ててやるよ」と小さく呟いた。


「ほんとか? エステバン育ててくれるか?」

「ああ、でも女の子だから違う名前を考えようか」


 シェイラは「うんっ」と元気よく返事をし、ちょこちょことした謎の躍りで喜びを表現した。


 ……この娘には保護者が必要なんだ。エステバンって保護者がさ。


 シェイラにつられてマルリスは薄く笑う。だが、寂しげな笑いだ。


「……男を忘れるために子育てなんて、不毛かね?」


 マルリスは腕の中でまどろみ始めた赤子に、優しく語りかけた。





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合祀ごうし神殿


多様な種族の住むアイマール地方は多神教である。

人には人の、森人には森人の神がおり、極端に排他的な信仰でなければ大抵が合祀神殿にまつられることとなる。

その数は実に多く、規模の大きなサルガドの神殿には1078柱もの神がいるとされるが、多すぎて誰も把握していない。

神殿はさまざまな慈善事業を行っているが、基本的に神殿のスポンサーである市民が対象である。

ちなみにエステバンを呼び出したのは『道の神』であり、岐の神として日本でも祀られている存在である。

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