3 こぐんふんとう

 翌日の早い時間、マルリスの家



 俺は昨日の出来事を話ながらマルリスとレーレと共に朝食をとっていた。

 レーレは「あはは、シェイラらしいね」と笑っていたが、マルリスは憂い顔だ。

 やはりヒモの口から他の女の話題は聞きたくないのかもしれない。


「ねえ、やっぱりシェイラさんと仲直りしなよ」


 朝食を食べ終え、片付けをしていたタイミングでマルリスが話しかけてきた。


「さっきの話を聞く限りじゃ危なっかしいし……それに仲間なんだろ? アンタたちには旅の目的があるんだろ? いつまでも私なんかと一緒にいちゃダメだよ」


 マルリスは自信なさげに呟くが……これは罠だ。

 俺は知っている。この手の「自分に自信の無い女」がこぼす愚痴を真に受けてはいけない。


 以前、俺がヒモまがいのことをしていた女冒険者は「いつまでもこんなオバサンに付き合ってちゃダメ」とか「早くいい人を見つけなきゃね」とか言ってたくせに、いざ別れるとなると「あんたを殺して私も死ぬ」とつけ狙われたものだ。

 毒を飲まされた上に背中と腹を刺されて死にかけたんだよな……具がはみ出したし、回復魔法がなきゃ確実に死んでたぞアレは。


「まあ、なあ……また夕方くらいに様子を見に行くとするか。レーレはどうする?」


 俺が尋ねると、レーレは元気に「行くよー、ボクもシェイラは好きなんだ」と嬉しそうに応えた。

 彼女はもともと友達と一緒にいたくてリリパットの里から出てきたのだ。仲の良いシェイラが気にならないはずがない。


「それがいいよ、アタシもギルドで情報は集めるからさ」


 マルリスも協力してくれるようだ。俺も家事を頑張らねば。



 女を働かせて他の女の尻を追う……いろいろと大丈夫かな、俺。




――――――




《シェイラ》



 シェイラの朝は遅い。

 ぐっすりと眠り、朝食としてみずみずしい果物で腹を満たし、のんびりとチェックアウトをすました彼女は意気揚々とギルドへ向かう。


 本来、彼女のような低ランクの冒険者は少しでも割りの良い依頼を求めて朝早くギルドへ向かうものだが、名の知れた冒険者であるエステバンと共に行動していたために、イマイチその辺りを理解していない。「今日の食い扶持がないかもしれない」という危機感がないのだ。


 案の定、シェイラがギルドの掲示板を見るころにはロクな依頼は残っていなかった。


 彼女は小声で「困ったな、さすがに知らないモンスターの討伐は不安だし……」などと呟き、うろうろとしている。


 ……そうだ、ギルド職員に聞けば良いんだ!


 昨日、助けてくれたタジマーキは「宿はギルドで紹介してもらえ」と言っていた。

 きっと、依頼も紹介してくれるだろう。


 シェイラは受付カウンターに向かい「あの」と遠慮がちに受付嬢に話しかけた。




――――――




 数時間後



「このおっ! 逃げるなよお!!」


 シェイラはサルガド郊外の水のほとりで蛙を追いかけていた。

 ここは人の営みと野生の境界線といった辺りである。


 はた目にはお転婆な少女がいたずらしているようにも見えるが、彼女は必死だ。


 結局、彼女はラーナと呼ばれる蛙捕獲の依頼を受注し、懸命に追いかけている。

 このラーナは薬の原料になるために需要があり、駆け出し冒険者の仕事とされる。すでに彼女の魚籠びくには2匹のラーナが入っていた。


「このっ! このっ! なんで逃げるんだっ!!」


 シェイラも必死ならラーナも必死だ。

 ラーナはピョコピョコと跳ね回り、釣られたシェイラは泥に足を滑らせて盛大に転ぶ。


「くーっ、痛たた……あっ! ちょ、待て!!」


 シェイラが転んだ拍子に蓋が空いたのだろう。2匹のラーナがこれ幸いと逃げ出した。

 この蛙は薬にするために生きて捕まえる必要があり、それ故に起きた悲劇だ。


 シェイラは反射的に立ち上がり、再度足を滑らせベチャリと泥にまみれた。


「うっ、うっ、うっ、エステバン……なんで私を1人にするんだっ」


 とうとう我慢ができなくなって泣き出した。

 自分から婚約解消だと宣言したことなど忘れ、身勝手なことを口にするのはご愛敬だろう。


 昨日からろくな稼ぎもなく、蛙相手に這いずり回り、挙げ句に転んで泥まみれだ。

 森で育ったシェイラにとって湖での狩りは勝手が違う。猟果が振るわないのも無理もないのだが、それでも彼女の自尊心は大いに傷ついたらしい。


 しばらくの間、彼女は泥地で「エステバン、エステバン」とベソをかいていたが、不意に耳がピクリと動いた。


 聞きなれない音がする。

 また、彼女の耳がピクリピクリと反応した。


「……赤ちゃん?」


 シェイラは泣くのを止め、顔を上げて音を探る。

 間違いない、赤子の泣き声である。


 モンスターの中には女子供の泣き声で人を騙す質の悪いのもいないでもない。

 慎重に気配を探ると、上流から流れてきたかごの中から聞こえてくるようだ。


 捨て子である。

 それ自体は珍しくもないが、上流で流れされた籠が沈みもせず、モンスターに襲われもしなかったのは奇跡的なことではある。


「大変だ! 早く助けなきゃ!!」


 幸い、籠は川の深みを流れてはいない。彼女はざぶざぶと流れをかき分け、赤子を保護した。

 人間の赤子のようだ。生後半年と言ったところか。


 シェイラが抱えると、赤子はピタリと泣き止み、じっと彼女を見上げた。


「わあっ、かわいいな」


 シェイラは一目で赤子に心を奪われた。母性愛と呼ぶには幼すぎる感情ではあるが、赤子を愛しいと思う感情が湧いてきたのだ。


「こんなにかわいいエステバンを捨てるなんて酷い親だ。私がなんとかしてやるからな」


 シェイラは岸に上がり、ニコニコと赤子に話しかける。

 勝手にエステバンと名付けたようだが、これはエステバンが父親だという設定なのだろう。アイマール王国では、親子で同じ名を名乗ることは珍しくない。

 彼女なりにエステバンと家庭を築くビジョンがあるようだ。


 だが、彼女は人の町を知らなかった。

 皆が血縁である 森人エルフの里ならまだしも、大都会のサルガドで見ず知らずの捨て子を引き取る者などいないのだ。


「あはっ、やめろよっ。私の指はオッパイじゃないぞ」


 のんきに笑うダークエルフ。

 彼女は考えることが苦手であった。





■■■■



ラーナ


まんまガマガエル。

ガマの油と呼ばれる分泌液には強心作用、鎮痛作用、局所麻酔作用、止血作用などがあるらしい。

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