2 敵か味方か覆面の男

 その後、俺はシェイラの様子を見るために冒険者ギルドへ向かった。



 一応、変装というわけではないが服装は普段と変えてみた。万が一のためにレーレに頼んで覆面を作ってもらったし、正体を隠して偵察できるだろう。


 時刻はすでに夕方になろうとしている。

 折よくシェイラは戻ってきており、近くの露店で買い食いをしているようだ。

 相変わらずダークエルフ姿である。


 ……あれが晩飯か? 足りるのかな?


 シェイラは貧弱な串焼き肉をガツガツと食べているが、普段の食事量と比べるとやや足りない気がする……依頼をうまくこなせなかったのだろうか?


 そして、ダークエルフは食べ終わった串をじっと見つめて水路にポイ捨てした。


 ……悪っ! めっちゃ悪いな!


 やはりダークエルフとは邪悪なる存在なのか。

 ここサルガドは水の都と呼ばれるほどに水運が発達した都市である。住民は水利に感謝し、水路を誇りに思っている。


 そんな所でポイ捨てなんかしたらタダではすまない。

 案の定、野菜売りのオバチャンに捕まり、すごい剣幕で叱られている。


 少し離れたところから断片的に声を拾うと「どこの子だい!」「ロクな大人にならないよ!」などと聞こえてくる……すいません、その娘、56才です。


 その後、シェイラはベソをかきながら串を拾わされていたが、水路に捨てた木串など見つかるわけもなく……他のオジサンたちの取りなしもあり許してもらったようだ。

 めっちゃ泣いてるし、ポンコツすぎるだろ。


 しばらく後にシェイラはベソをかきながら歩き出す。

 尾行を続けると、彼女は宿屋に入っていった。


 ……ふむ、意外と良い宿だが、ここに泊まるのか……?


 彼女が入っていったのは普段の俺たちが泊まるランクの個室がある宿だ。物価の高いサルガドでは俺でも二の足を踏む宿代である。


 少し違和感を覚えた俺はしばらく様子を窺うことにした。

 すると、案の定というか、シェイラが悲しそうな顔をしながらトボトボと出てきた。宿代が足りなかったのであろう。


 ……おいおい、日が沈むのに宿も決めてないのか?


 俺は少し不安になる。

 サルガドの治安は悪くないが、それでも女性の一人歩きなどは危ない。

 気を取り直したシェイラは2軒目に向かうのだが、やはり中途半端に高級な宿を選択し、涙目で出てきた。


 ……これは俺が悪いのかも。


 贅沢を覚えさせてしまったことが完全に裏目に出ている。

 心が折れたのだろうか、シェイラはべそをかき、道の端っこで体育座りを始めてしまった。ポンコツすぎるだろ。


 ……むう、こうなれば仕方ない。変身だ!


 俺は革でできた覆面をかぶり、服を脱ぎ捨てる。

 ちなみに覆面は目鼻口の部分が開いたデストロイヤータイプである。


脱衣クロス・アウトッ! 変身完了だ!」


 水運の町だけはあり、サルガドには半裸の漁師や人足は多いので全裸でなければ問題はない。

 俺はふんどし姿となりシェイラに近づいた。


「お困りですか? お嬢さん」


 警戒されないように少し離れた位置から声を掛ける。

 するとシェイラはパッと顔を上げ「エステバ――ひっ」と怯えた表情を見せる

 やはり心細かったのであろう。不安げな様子だ。


「だ、誰だっ! 知らない人にはついていかないぞっ!」


 シェイラは俺の言いつけを守っているらしい。知らない人にはついていかないのは大切なことだ。


 しかし、名前を聞かれるとは誤算だった。何にも考えてないぞ。


「――名前? 名前か、名前ね。田嶋昭広たじまあきひろです」

「タジマーキ……?」


 とっさに昔の名前を名乗ってしまった。聞き慣れない音の響きにシェイラが首を傾げる。

 黒髪のほうが可愛いなコイツ。


「そう、タジマーキです。お嬢さん、宿をお探しのようですが――」

「ひっ!? 来るな! 近づくな! 大声を出すぞ!」


 シェイラが妙に怯えているが、どうしたのだろうか?

 視線の先を追うと、俺の槍が怒りを得てふんどしから飛び出していた――どうやら黒髪のシェイラに反応してしまっていたようだ。


 ……なんか、黒髪が新鮮なんだよなあ。


 俺は「失敬」と断り、ふんどしを締め直した。


「お嬢さん、察するところ、あの宿屋と値段の折り合いがつかなかったようですが、幸い私はあの宿に顔が利きます。少し値引きができないか交渉してきましょうか?」


 もちろん嘘である。

 このまま放っておけないし、今日の宿代くらいは俺が出してやろうというだけだ。


 しかし、疑うことを知らないダークエルフは「ほんとうか?」と俺の申し出を喜んだ。


「ええ、もちろんですよ。少し待っていてください」


 俺はシェイラを残し、宿屋に入る。強盗と間違えられたが、ひどい誤解だ。


 まあ、ひと悶着もんちゃくあったが、事情を話して宿賃を払えばなにも問題はない。

 支払いを済ませた俺は外で待つシェイラに声をかけ、立ち去ろうとした。


「明日からはギルドで宿を紹介してもらいなさい。それではこれで失礼」

「待ってくれ、タジマーキ! お礼をしたいんだ」


 意外なことにシェイラが引き止めてきた。

 しかし、お礼と言っても金もないシェイラの差し出すモノといえば――


 ……体か!?


 不純異性交遊、援助交際……『オジサン、お金持ってるんでしょ? 遊ぼうよ』妄想の中でシェイラがささやく。

 やはりダークエルフとは邪悪なる存在だったと確信した。


 俺の怒りに耐えきれず、固く縛ったふんどしの紐が切れ、雄々しくそそりたった長槍が姿を現す。


「ギャーッ!! イヤーッ!! ちちちんこ隠せーっ!!」


 シェイラは両手で顔を隠し悲鳴を上げる。

 全裸、覆面、少女……俺の中でなにかが目覚めようとしている。力のたぎりが抑えきれない。


「ちょっと、あんたなにやってるんだ!」

「変態だ! 女の子が襲われてるぞ!!」


 シェイラの絶叫を聞き付けた人が集まってきた。

 悲鳴を上げる少女、全裸の覆面、そそりたった槍……これは良くない。


「さらば!!」


 俺はそのまま水路に飛び込み、潜水でマルリスの家の側まで帰った。

 魔法を使えば水中でも息ができるからな。このくらいはわけもない。



 その後、俺の姿を見たマルリスとレーレが悲鳴を上げたが、こちらは大丈夫。

 彼女らは驚いたが、覆面の存在は知っているのだ。


 知らない覆面に襲われる、そんなシチュエーションを皆で楽しんだ。やったぜ。





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田嶋昭広たじまあきひろ


ひょんなことから判明したエステバンの日本名。

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