6 ダークエルフ見参
幸いなことにアーケロンが力尽きたのは対岸の側だった。
俺たちはアーケロンの骸が流されないように固定し、すぐに焚き火をおこした。
これは仲間に無事を報せる意味もあるが、季節は秋だ。濡れたままでは体力がもたない。
ありがたいことに周辺には枯れた芦などが豊富で燃料に不足することは無さそうだ。
俺は股間からレーレを取り出し、服を脱がせて焚き火に寄せて暖をとらせた。レーレは意識を失いぐったりとしているが、呼吸はしっかりしている。大丈夫そうだ。
この際、マルリスにレーレを見られるのは仕方ないだろう。
ズボンの中で放っておいては死んでしまう。
「人形……? まさかノームかい?」
マルリスが怪訝そうな顔でレーレを凝視している。
小人は非常に珍しく、彼女も驚いているようだ。
「いや、リリパットだよ。俺とシェイラは彼女を故郷に帰すために旅をしてるのさ」
俺はそう言いながら服を脱ぎ「キミも服を乾かした方がいい」とマルリスを促した。
マルリスは少し躊躇いながらも服を脱ぎ、火にあてる。
レーレのことは気になるようだが何も聞いてこない。やはり冒険者としてこちらの事情を詮索するのに遠慮があるのだろう。
「……あの、さ。助けてくれてありがと……強いんだね、その」
「エステバンだ」
俺が再度名乗るとマルリスは「エステバン」と小さく呟いた。彼女の態度がずいぶんと軟化したのを感じる。
別に恩を着せるワケでもないが、彼女を庇う形になったのが功を奏したらしい。
「もっと火に寄れ。もう日が暮れる、移動は明日にしよう」
俺が誘うと、マルリスが大きな体を縮めるようにして並んで腰をおろした。
夕暮れ時の焚き火、裸の男女、潜り抜けた危機……もう言葉はいらないだろう。
牛乳がちゃんと出たことは特に記しておく。最高だな。
――――
――
いや、凄かった。めちゃくちゃ燃えた。
1ラウンド終了後にマルリスがベソかきながら「こんなに優しくされたのは初めて」とか言い出した時は興奮し過ぎてアレがコレもんになって暴走を食い止めるのが大変だった。
3ラウンド目からはレーレ様も参加なさるし、もう絞り絞られてヘトヘトになり……
――結果、今に至る。
「ぶおーん、おん、おん、おっ、えぐっ、ぶおーん、おん、おん」
この音なんだと思う?
シェイラが泣いてるのだ。
あの後、ロレンツォを救出した水竜の牙とシェイラは二手に別れ、水竜の牙はアーケロンを回収するための人手を呼びに行き、ロレンツォとシェイラは焚き火を目当てに俺たちを救出に駆けつけてくれたのだ。
そして、俺たちは行為に没頭するあまりに舟の接近に気づかず……シェイラは接合する俺たちをバッチリ目撃してしまったのだ。
「浮気、浮気されたー! ぶおーん、おん、おっ、えぐっ、ぶおーん、おん」
何と言うか、子供のような泣き方だ。おんおん泣くってこういう感じなんだろうな。
女の涙なのに色気を全く感じない。
マルリスもレーレも急いで半乾きの服を身に付け、気まずそうにしている。
ロレンツォは「げへへ」と笑うのみだ。
「エステバンよお。このデカいアーケロンと一騎討ちしたらしいじゃねえか。ずいぶんと腕を上げたなあ」
「違うっ! おぐっ、うぐっ、わた、私も手伝った、ぶおーん、おん、おっ」
この場を和まそうとしたであろうロレンツォの発言もいちいちシェイラが拾い、訂正する。
「私も、私も手伝ったっ! お店っ、お、お金貯めてお店を一緒にやるって言ったから! 頑張って、なのに浮気されたー! ぶおーん、おん、おっ」
誤解しないでほしい。
わりとアイマール王国では貞操観念は弛く、結婚もしてない俺の下半身は自由のはずなのだ。
このあたりは冒険者と
「シェイラ、悪かったよ。でもな――」
「ぶおーん、おん、おっ、またエステバンに言いくるめられる! 騙されるっ! ぶおーん、おん、おっ、し、信じてたのにっ! うっ、うっ、裏切られたあっ!」
なんか人聞きの悪いこと言われた気がする。
マルリスも興醒めと言った表情だし、レーレもばつが悪そうに俺のポケットに隠れてしまった。
俺たちは何とかシェイラをなだめ透かして宿まで連れ帰り、なしくずし的に解散した。
この後は宿で『女を泣かせてる』みたいな白い目に晒されたが、まあ、仕方ない。
今回ばかりは俺が誤魔化そうとして体を触ろうとしても「他の女を抱いた手で触るなっ!」とか言い出すし、手に負えない。
その日は無理やりシェイラに食事を詰め込み、ベッドに押し込んで寝かせつけるのみだ。
……こんなにシェイラが悋気もちとは知らなかった……と言うか、すっかり婚約者のつもりだったんだなあ……
しかし、恋人らしい行いもしたことないのだが、どこで認識のズレが生じたのだろうか? 不思議な話である。
付き合ってるつもりなら、もっと色々とすることがあるだろうに。
俺は何だか悪いことしたような気分になり、眠りにつく。
お子さまの機嫌も一晩寝れば治るだろう。
――――――
「たいへん! たいへんだよっ! エステバン!」
翌朝、レーレが騒ぐ声で目が覚めた。
もう日が高い、昨日の疲れで寝過ごしたようだ。
「どうした?」
ベッドに腰かけるように身を起こし、視線を上げると――見たこと無い美少女がいた。
セミロングの黒髪を背中に垂らした高校生くらいの美少女が俺を見つめている……凄い可愛い。
朝立ちの股間に力が増した。
この気が強そうな美少女は俺へのプレゼントなのだろうか?
「エステバンっ!! 目が覚めたか!」
美少女が俺をビシッと指差して胸を張る。
……貧乳だな。見たことある乳だ。
俺は改めて美少女を観察するとシェイラだ。髪が黒いのでイメージが違った。
「どうしたシェイラ? イメチェンか? いつもの髪も良かったが、黒い髪も似合うな。まあ、こっち来て座れよ」
実際に肌が白いシェイラが黒髪になるとよく映え、これはこれで可愛い。
せっかくなので俺はシェイラをベッドに誘うことにした。
「なっ! なっ! 今さらそんなこと言っても遅いんだからな! 婚約解消だっ!! 私はダークエルフになったんだからな!!」
「ダークエルフ?」
俺はシェイラを改めて観察した。
髪を染めた以外は違いが分からないが……
「ダークエルフはなっ! 悪い森人なんだっ! 髪を染めて怖いんだぞ!!」
そう言いながらシェイラは無造作に垂らした髪を掻き上げた。
……あー、なるほど。ヤンキーが髪を脱色するようなもの、なのかな?
森人は白い髪だから染髪するのがワルなのかも知れない。
「これからはお前の好きな髪型もしてやらないし、一緒にいてもやらないっ! 婚約解消なんだぞっ! 浮気はダメなことなんだっ! 謝っても許さないぞ!」
そう言い残し、シェイラはバタンと扉を乱暴に閉めて出ていった。
……ダークエルフって種族じゃないんだな。
ちょっと寝起きでついていけなかったが、あのシェイラも可愛いのでは無かろうか?
「ひええ、エステバンどうしよう?」
レーレが慌てているが、どうもしなくて良いような……56才で非行に走るとか、森人は凄い。
こうして、シェイラはグレてダークエルフとなった。
■■■■■■
ダークエルフ
非行に走り、髪を染め村長や親の言いつけに背いたりする悪しき森人の総称。
若者が猟果やどんぐりの独り占めをはじめたら要注意。非行の小さなサインを見逃さないようにしたい。
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