5 エステバン、飛ぶ
目の前には4メートル超級の巨大アーケロン、隣にはハリガネ虫、遠くには沈むロレンツォ。
これはかなりハードな状況だ。
……まあ、ハリガネ虫は無視しても構わないな……虫だけに!
俺はダジャレを思い付いたが決して口にはしない。
ギャグがつまらないからでは無く、発音が違うのでダジャレは通じないのだ。
まあ、どうでも良い話だが、こういうのをすぐ思い付くのは年のせいかな?
俺も馬鹿なことを考えられる程度には平常心を保てているようだ。これならいける。
「よし、水竜の牙はロレンツォを救出しろ! 周囲の警戒は怠るな!!」
俺が指示を出すと、水竜の牙は「応!」と威勢よく駆け出した。
撒き餌を散々にばら蒔いた後だ、水に入るには警戒をする必要がある。
彼らが全員で救出に当たれば問題ないだろう。
そして、特殊個体のアーケロン――こいつは
「――俺が、やるしかないだろう!! シェイラとマルリスは牽制してくれ! コイツの気を散らせばいい、決して無理はするなよ!」
俺はロレンツォばりにアーケロンの正面に立ち、斧を振るう。
ガキィンと金属がぶつかり合うような音を立ててアーケロンの前腕と斧が激突した。
衝撃で柔らかい地面に足が沈む……だが、今の俺が怯むはずがない。
「おおおぉ! マルリス、俺の戦いを見ろおっ!!」
身を屈め、アーケロンの鎌のような前腕を躱わし、斧をぶちこむとガキィンと金属音が鳴り響いた。
アーケロンは確かにデカいが、動きは単純だ。前腕と口の針を警戒すればよい。
スケールのデカい攻撃だけに一撃貰えば酷い目に遭うだろうが、当たらなければどうということはない。
何度も左右の前腕を躱わし、避け、隙をついて斧を振るう。
5合、6合と打ち合う内に俺もエンジンが掛かってきた。
昆虫型のモンスターはあまり誤魔化しが効かないので苦手な相手ではあるが、今の俺はこの化け物と五分で戦えている。
……これも
「
俺は転がりながらアーケロンの攻撃を避け、すれ違い様に斧で打撃を加えるが分厚い外殻にはダメージが通らない。
間接部か柔らかい部分を狙うのが有効なのだろうが、それが中々難しい。
……ならば、何度も食らわせてやる!!
俺は回転を早め、2度3度と斧を振るう。刃が通らなくとも、衝撃は伝わるはずだ。
「おらあっ! まだまだっ!!」
俺の連撃を嫌ったか、アーケロンが体を起こしたところを狙いシェイラが矢を放った。
アーケロンの目に矢が突き立つ。
これにはさすがのアーケロンも効いたようでシェイラの方を向き、射撃を警戒した。
……ナイス! これで!!
俺はアーケロンの左脇へ回り込み、真ん中の足の間接部に斧をぶちこんだ。
今までの感触とは違い、明らかにダメージが通った手応えがある。
アーケロンの足が奇妙な方に曲がり、ぶらんと力を失い垂れ下がった。
「よっこいしょおぉぉ!!」
そのままアーケロンに潜り込むように俺は身を縮め、剣を抜く。
そして下から左前腕の付け根を狙い、間接部に剣を突き刺すようにして切り裂いた。ガツンとした感触が伝わり、半ばまで切断した前腕がぶらりと垂れ下がる。
これで左側の足を2つ潰した。アーケロンは大きくバランスを崩し、体を傾かせる。
こうなれば半ばまで仕留めたも同然だ。
シェイラが次々に矢を放ち、体を傾けたアーケロンの腹部に矢が次々に突き立つ。
正直ダメージはあまり無いが、アーケロンの気を逸らすだけで十分な援護である。シェイラと俺との呼吸は完璧に近い。
……貰ったぞ!!
俺は飛び上がり、左右の武器をアーケロンの頭部にぶちこんだ。
斧がアーケロンの口針を捉え、中程からへし折った。
この針は高額で売れるのだが、今はそんな事を言ってる場合ではない。
「どっせい!!」
着地すると同時に下から斧頭でアッパー気味に突き上げた。
このアーケロン、デカいだけあって滅法タフだ。
昆虫型特有の無感情も加わり、この打撃も効いているのかイマイチ分からない。
ロレンツォのようにいきなり首をもぎ取るのはある意味で正解なのだろう。
「食らええ!!」
その時、マルリスがアーケロンの左側から槍を構えて突撃した。
今まで付かず離れずでアーケロンを牽制してくれていた彼女だが、狙っていたのだろう。
体格の良い彼女の刺突は見るからに重く、深々とアーケロンの腹部に突き刺さり、そのまま槍を返して抉りに掛かる。
しかし、その一撃にアーケロンが危機感を覚えたか、尻を振るように身を捩り、背中の甲殻を大きく開いた。
……まさか、飛ぶのか? この巨体が!?
俺はマルリスに「槍を離せ!」と指示をするが、彼女の槍にはストラップのような手抜きがついており動きが遅れた。槍を取り落とさない工夫が裏目に出た形だ。
……こりゃあ、マズイ……いや、ピンチはチャンス! 仲良くなるチャンス! 突っ込め!!
俺はマルリスの脇に走りより、アーケロンの体に斧を食い込ませ彼女を抱き寄せた。
「離せ! 何するんだい!」
マルリスは身を捩らせて俺から逃れようとするが、槍が離せずに思うような身動きができないらしい。
「口を閉じて、舌のぉうおおぉぉぉひゃおぉっ!!」
俺は「舌を噛むぞ」と言いたかったのだが、アーケロンの飛翔により変な声が出た。
体のバランスを崩しているのが原因か、それとも俺たちの重量のせいか、アーケロンの飛行もフラフラとしており、水切りのように何度も水面に激突する。強い衝撃が伝わるし、スゲエ怖い。
……ぐはっ、これはたまらんな……
水がかなりの勢いで顔にかかり息ができない。
俺は風魔法の応用で口の回りに酸素を集め、呼吸を確保する。
……マルリスにも……
俺はマルリスの口にも酸素を集めようと試みるが、これがなかなか難しい。
自らの体に魔法を掛けるのは比較的容易ではあるが、他人の体はイメージしづらいためになかなか魔法を掛けるのは難しいのだ……しかもこの状況である。集中は難しい。
よって、口移しで酸素を供給するしかない。
そう、これは仕方ない。仕方ないのだ。
俺は目を固く閉じて俯くマルリスに顔を寄せた。
彼女は少し抵抗したが、俺の意図に気付き、口移しで酸素を確保したようだ。
……むふ。役得役得。
俺がにやけると、強い衝撃を受けた。どうやらアーケロンが着水し、水に潜るらしい。
ズボンのなかで小人の暴れる感覚があり「がぼがぼげー」みたいな音を発しているが、そう言えばレーレがいたんだっけ。
……やべっ、死んでないよな?
股間で小人の溺死事件など起きたら気色悪すぎる。
俺は股間にも空気を集めた。
しばらく潜行を続けたアーケロンだが、ふっと何かの糸が切れたかのように力を失い浮上を始めた。
どうやら力尽きたようだ。
アーケロンの骸と共に水面に浮上した俺たちは「ぶはっ」と声に出して呼吸を確保した。
俺とマルリスは抱き合ったような形のまま見つめ合い、そのまま無言で唇を重ねる。
少し震えているが、これは仕方がないだろう。全く未経験の状態で絶叫マシンに乗ったようなものだ。しかも安全装置なし。
……吊り橋効果かな? だとしても逃すつもりはない。
俺はそのままマルリスを捕らえていた槍のストラップを魔法で焼き切る。
股間の風魔法の効果が切れたようで、またズボンの中で小人が暴れはじめた。
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