4 牙の王(似 )

 小舟は水路を出てメディオ川に至り、さらに北上し湖を目指す。


 を操るのは水竜の牙のメンバーだが、テキパキと機敏に操舟する姿は頼もしい。

 シェイラにいいとこ見せようとでも言うのか、もう1艘と競うように舟を進めている。


「ねえ、エステバン……あのマルリスって人さ」


 いつの間に紛れ込んだのか、レーレが俺のポケットから話しかけてきた。

 シェイラが逆ハーレムでチヤホヤされているので退屈になったのだろう。


「あの人、血は薄いけど牛人ミノタウロスだよ。角もあるし、色々あったんじゃないかな? あの胸だと子供もいるかもね」

「そうかもな――ん? 子供?」


 俺が聞き返すと、レーレは「そうだよ」と頷いた。


「牛人は赤ちゃんができるとオッパイが大きくなってミルクが出続けるんだ。もっと北の方じゃ牛人とか山羊人のミルクは市場で売ってるんだよ」

「へえ、そうなのか。牛人のミルクね」


 なるほど、あの爆乳は種族的なモノもあるようだ。

 しかし、俺は少し引っ掛かりを感じる。


 子連れの冒険者はいないでもない……だが、大抵は男親の出稼ぎのような形が多いし、母親になってまで危険な冒険者を続ける者は極めて稀だ。

 先程の他を寄せ付けない言動といい、過去に何かあったのかもしれない。


 ……まあ、人生だ。色々あるわな。


 冒険者が他の冒険者の過去を探るのはマナー違反だ。

 この業界にはワケ有りの者が多く、逃亡中の犯罪者が偽名で登録するケースもあるほどである。


 マルリスの過去を詮索するのは褒められた行いではないだろう。


 ……しかし、母乳ミルクか……


 想像しただけで俺の股間は怒りを得て固さを増した。

 あの爆乳で母乳とか、マルリスはどれだけ俺を悦ばせるのだろうか?


「ひええ、なんで今の会話で大きくなるの!?」


 俺の異変を察知した小人が驚きで声を上げた。

 これは丁度いい。


「レーレ、ちょっと頼むわ」


 俺は「ひええー」と悲鳴を上げるレーレをズボンに突っ込んだ。

 小人が股間でガサガサと暴れ、ほどよい刺激を感じた俺は小さく喘いだ。


 ……見つかったらどうしよう? マルリスに軽蔑されてしまう!


 こんな小人遊びをしていることを知られたら――考えただけで興奮してきた。ヤバい、パンツ汚しそう。


 俺は「くうっ」と悲鳴を噛み殺し、身悶えを堪えた。



 こうした冒険のスリルを含みながら舟は進む。

 もうじき目的地に着くようだ。




――――――




 一行は小さな小島に下り立ち、舟を水から揚げ、ベースとなるキャンプを設営する。


 この島はオリンピックサイズプールくらいの大きさしかない長細い形だ。

 冒険者たちがモンスターの狩り場にしているらしく、芦などはキレイに刈り取られているのが見てとれる。


 この湖にはこうした小島がいくつかあるらしい。


「ここが目撃情報があった場所なのか?」


 俺が尋ねると、ロレンツォは「そうだあ」と嬉しそうに笑う。

 彼はこうした冒険が心底嬉しいらしく、ニコニコと笑っているが顔が怖すぎて不気味な感じになっている。


「撒き餌をぶちまけてよお、集まったモンスターを狩りまくるんだあ。アーケロンが出てきてくれたら最高だなあ」


 ロレンツォはそう言いながら柄杓で広範囲にバチャバチャと腐肉を撒いていく。

 すると、たちまちにパグーロ(5話4参照)やら、カルパと言うアリゲーターガーみたいな肉食の魚が寄ってきたので全員で手分けをし、駆除を開始する。


 水中のカルパを狩るのには水竜の牙のもりが有効で、たちまちに突き刺し、陸に揚げる。

 カルパの肉は食用となり、皮は売れるのだ。


「やるな! 大したもんだ!」

「いえ、このカルパはまだ子供ですから」


 ラモンは俺の賛辞を軽く流す。カルパは特に大きな個体だと2メートルに近いものもいるそうだが、この場に寄ってくるのは40~50センチサイズ、幼体らしい。


「げっへっへ、狐よお、若いのに負けてらんねえぞお」

「ああ、パグーロは任せろ!」


 俺とロレンツォはパグーロ狩りだ。

 ヤドカリのような殻を持つパグーロだが、俺の斧はパグーロの手足を断ち切り、順に身動きを封じていく。

 すると、動けなくなった個体を、ロレンツォが踏みつけるような蹴りで殻ごと粉砕していくのだ。相変わらず人間離れをした身体能力である。


「げっへっへ、狐がいると楽だなあ。踏んづけるだけで終いだあ」


ロレンツォは鼻歌混じりでパグーロを次々と仕留めていく。


「おいおい、なんだありゃ!?」

「2人とも人間なのか?」

「……エステバンさんもヤベエな」


 水竜の牙が呆れたような声で微妙な賛辞を贈ってくれるが、ロレンツォと同カテゴリーにされるとは心外だ。


 そして、仕留めたカルパやパグーロはシェイラとマルリスが回収し、舟に積んでいく。

 急増チームではあるが経験豊富な者が多く、実にスムーズな進行だ。


 ……ほう、マルリスは我が強そうに感じたが真面目だな。


 彼女は作業の流れを理解しており、モンスターに止めを刺すために槍を振るいこそするが、決して自ら戦闘には加わらない。

 さすがはロレンツォに見込まれただけはある。


 そして一方、体格のいいマルリスがヒョイヒョイとパグーロを放り投げる姿とは対照的に線の細いシェイラは大変そうだ。


「シェイラ、無理はするな! まだ生きてる個体もある! 慎重に運ぶんだ!」


 俺が指示をすると、シェイラは「わかった!」と元気に応えた。

 彼女は狩りに慣れており、手負いのモンスターの恐ろしさは熟知している。細かく指示をする必要はない。



 その後もチョイチョイと水棲モンスターが現れるが、俺たちは危なげなく駆除を進めていく。


「ようし、集まったモンスターの死骸をバラ撒けい! 撒き餌を増やすぞお!」


 ロレンツォの指示でバラバラになったパグーロを湖に撒いていく。

 俺たちがグチャグチャにしたパグーロは売り物にはならないので有効利用だ。


「支配人っ! 来ましたよ!」


 ラモンが叫ぶ。

 彼が指し示す湖面には怪しげな影が見える。

 水中に巨大な何かが潜んでいるのは間違いない。


「よっしゃあ! 気合い入れろお!」


 ロレンツォが雄叫びを上げると同時に水面が盛り上がり、巨大なタガメが姿を現した。アーケロンだ。

 全長は2メートル半ほど、体高は人の視線よりもやや低い。


「デカいけど、ターゲットじゃありませんよ!」


 ラモンが叫ぶように声を張り上げた。恐怖にすくまないように自らを奮わせているのかもしれない。

 アーケロンは強力なモンスターなのである。


「構うかよお! いくぜえ、硬質化!!」


 ロレンツォが「かあああ」と独特の呼吸音を発しながら構えをとると、彼の巨大な肉体が鉛色に変色していく。硬質化しているのだ。


 ……いつ見ても華山○鎧呼法まんまじゃねえか。


 俺は世紀末に活躍する拳法家のマンガを思いだし苦笑してしまう。

 ロレンツォは見た目も技もそのマンガに登場する人物にそっくりなのである。


 魔法で体を硬質化したロレンツォはアーケロンが振り上げた鎌のような前足を防ぎもせずに体で受け止め、アーケロンの頭部を両手で掴み上げる。


「がはははは! これがねじ首よお! 食らえい!!」


 哀れなアーケロンは不自然に頭部を回され、ぶちんという不穏な音とともに首と体が泣き別れとなった。

 それでもなお、頭部を失ったアーケロンは手足を動かし身悶えしている。


 ……うーん、どっちがモンスターか分からんな。


 俺を含め、全員がドン引きする中で、ロレンツォは1人嬉しげに高笑いしている。


 しかし、ここに油断があったのは否めない。

 仕留めたアーケロンの影に彼を狙う殺手が潜んでいることに俺たちは気づけなかった。


「がはははは! 久しぶりだな! この感覚うぅぅぅ――」


 突然、ガチャーンと交通事故のような音が響き、ロレンツォが視界から消えた。


 ドップラー効果のような余韻を残し、ロレンツォが飛んでいく。

 比喩ではなく盛大に空を飛んだ彼は数メートル離れた場所で着水し、ドパーンと派手な水柱が立った。


「なんだ!?」

「支配人が飛んだ!?」


 水竜の牙のメンバーが驚きの声を上げた。混乱しているが無理もない。

 アーケロンの腹からは気色の悪い触手がウネウネと動いていた。ハリガネ虫だ。


「ハリガネ虫だっ! 放っておけ、触らなければ勝手に死ぬ! ロレンツォの救助が先だ!!」


 俺はロレンツォに代わり指揮をとる。


 ハリガネ虫は昆虫型モンスターの腹に潜む寄生虫だが、アーケロンの腹にまで潜んでいるとは驚きだ。

 直径は数センチだが、体長十メートル以上にもなる。

 宿主が死ぬと、次の宿主を求めてロケット弾のような勢いで飛び出してくる恐ろしい習性がある。

 恐らくはロレンツォを狙い、攻撃したのだ。硬質化してなければヤバかっただろう。


 だが、安心ばかりもしていられない。硬質化している間は水に沈むのだ。

 一刻も早くロレンツォを救出する必要がある。


「エステバン!! また来たよっ!!」


 俺たちがロレンツォに気を取られたタイミングでシェイラが叫ぶ。

 見れば先程の倍近いアーケロン水面から巨体を持ち上げた瞬間であった。


「マジかよ――!」


 俺は間の悪さに愕然とする。


 特殊個体のアーケロン、その姿がそこにあった。





■■■■■■



ハリガネ虫


カマキリの腹にいるアレ。

昆虫が巨大化しているので相応に巨大化している。

宿主を操る性質があると言われているが、詳細は不明。

実際にタガメやらトンボなどの水棲の昆虫には寄生することが多いらしい。

宿主が死ねば長生きできないため、無理に戦う必要は薄い。

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