8話 怒りのダークエルフ

1 大都市の風景

 ダマスの町を出た俺たちは北へ向かう。

 目標はアイマール王国西部最大の都市、サルガドだ。


 サルガドは人口にして3万を超える大都市である。

 市内は中央を渡るメディオ川(2話3参照)により南北に別れており、その水利を利用して都市の中に水路を巡らせ、町の中を小舟が行き来するのが特徴と言えるだろう。

 南北の移動はもちろん、都市内の移動にすら渡し船を使い、常に水路は賑わっている。

 中には舟上で移動販売する猛者もいるほどだ。


 もちろん陸路も整備されており、市内はおろか市外の街道まで石畳が敷かれている。

 サルガドは国内で最も高い水準の交通インフラが整備されている地域なのだ。


 しかし、反面で川を取り込んでいるために水害も多く、年に何度かは市内が完全に冠水してしまうこともあるらしい。



「うわあ、凄いなあ」


 城壁で入市税を払い、中に入るやシェイラが感嘆の声を上げた。

 ここサルガドは南側都市だけで2万人を超える大都市だ。水陸の交通の要衝であり、さまざまな人種が入り乱れて独特の雰囲気がある。初めて訪れたシェイラが驚くのも無理はない。

 ちなみに俺は何度か来たことがある。


「シェイラ、ここでは様々な人種がいる。他の氏族の森人エルフもいるかもな」

「本当に? 楽しみだな!」


 俺の言葉にシェイラはキラキラと目を輝かせる。適当なことを言った俺は「かもなあ」と誤魔化した。


「先ずは宿だな。荷物を置いて、ギルドに行こう。依頼は明日からでいいだろ」


 上昇志向があまり無い俺はガツガツ働きたくない。 面倒くさいからだ。

 できれば少しづつ金を貯めて、シェイラが一人前になる頃には危険の少ない仕事を始めたいとは思うが……まあ、先のことは言っても仕方がない。


 いざとなればシェイラを養女にして養ってもらおうと思っているのだがどうだろうか?

 寿命の長い森人を養子にして老後を見てもらうのは地味に勝ち組だと思う。これを思いついた俺は天才だ。


「シェイラ、俺が年を取っても一緒にいてくれるか?」


 俺が尋ねると、シェイラは目を丸くして耳まで赤くなった。


「シェイラ、良かったね。エステバンが――」

「……う、うん……嬉しい」


 レーレとシェイラが何やらゴニョゴニョとやっているが、気にしなくていいだろう。女の話に割り込むとロクなことにならないのは経験で知っている。


 それにしても、成長したシェイラにオシメを替えてもらうとか考えただけで興奮するな。

 シェイラに「もー、お義父さん、おおきくなってるよ」とか言われながら処理してもらうのだ。

 俺の未来は明るい。


「え、エステバン、私も、そ、その……ずっとエステバンと冒険したいな」


 シェイラがもじもじとしながら上目使いで何やら訳のわからない事を言い出した。

 冒険者ができなくなるから老後を心配しているのに、何を言ってるんだコイツは。


 俺が「それ無理」と答えると、シェイラが泣きそうな顔で「何でだっ!?」と喚きだした。

 面倒くさいヤツである。


「シェイラ、俺は人間なんだから引退は早いんだよ。俺が言いたいのは引退後の話さ……金を貯めて、どこかで商売するなり畑を耕すなりしてだな――」

「そ、そう言うことかっ! わ、私にお店が手伝えるかな!?」


 シェイラがパアッと顔を明るくした。

 さっきから表情の変化が激しいが、情緒不安定なのかな?

 色々と複雑なお年頃なんだろう。56才だしな。


 俺は「かもなあ」と適当に答えてスルーすることにした。


 見ればシェイラのポケットからレーレが顔を出して何か言いたげにしていた……何か言えよ。




――――――




 幸い交易都市であるサルガドの町には宿が多く、すぐに見つかった。

 宿とは言っても食事なしの素泊まりだが、都会は物価が高いのでいつもよりランクが弱冠下がるのは仕方ない。台所は自由に使えるので自炊することになるだろう。俺たち全員で一室だ。

 商人むけの宿なので、荷揚げ荷下ろしのために裏口は船着き場になっている。


「シェイラ、見てみろよ。宿の側まで舟が来るだろ? ここサルガドは水路が張り巡らされているから『水の都』とも呼ばれているのさ」

「凄いな! あの舟は野菜を運んでる、あっちは……人を乗せているのかな?」


 せっかくなので俺たちは人を運ぶ舟に乗り、冒険者ギルドに向かうことにした。

 シェイラは見るもの全てが珍しいと言った様子ではしゃいでいる。いかにもおのぼりさんだ。


「わ、わ、見たこと無い亜人がいる!」

「こらこら、指をさしては駄目だぞ。あれは猫人ガティートだな。南の方に多い種族さ」


 俺はシェイラを嗜めたが、彼女が驚くのも無理はない。

 アイマール王国で猫人はあまり見かけない亜人だ。

 あまり土地に執着のない種族で、行商人が多い気がする。


 ここ、サルガドは富が集まり、それに引き寄せられた人々が集まる大都市だ。

 猫人も遠くの町からやって来たのだろう。


 ……まあ、俺たちもその1人ってわけだな。


 サルガドは人間の町ではあるが、人種はあまり重要視されない。雑多な亜人が暮らしており、シェイラには居心地の良い町になるだろう。


 そうこうしている内に冒険者ギルドに着いた。

 サルガド南側地区のギルドは王都に次ぐ規模であり、建屋も3階建てだ。


 さすがに大都市のギルドだけはあり、受付カウンターも3つほど並んで用意されていた。

 小さい町のギルドでは支配人ギルドマスターが自らカウンターに座ることも多いが、サルガドや王都では専用の受付職員がいるのだ。


 見れば3つのカウンターのうち2つは閉じているが、これは時間帯の問題だろう。

 冒険者たちが仕事を求めて集まる朝や、一仕事終えて報酬を受け取りに来る夕方にはフル回転するはずだ。


 受付には髪を高い位置でポニーテールにした美人がツンとすました感じで座っている。明るい茶色の髪が素敵だ。


 ……さすがにサルガドは都会だな。美人受付嬢がいるとは……


 以前、サルガドに来たときは男の職員が受付をしていたはずだが華やかになったものだ。


「何か、ご用件でしょうか?」


 俺たちに気づいた受付嬢が声を掛けてくれた。鈴が鳴るような軽やかな声だ。


「失礼しました。私たちは冒険者チーム『松ぼっくり』です。先ほど町に着きましたので先ずは支配人にご挨拶をと思いまして」


 俺が思いっきりよそ行きの顔で受け答えをする。

 マンガなら歯がキラリと光る場面だ。


「はい、それでは認識標タグと手帳をお預かり致します。支配人室にご案内致しますので少々お待ち下さい」


 しかし、受付嬢はすました顔でスッと席をたってしまった。渾身のエステバンスマイル、不発である……少し恥ずかしい。


「……え、エステバン、急にカッコ良くなった。キラキラって」

「シェイラ、ダメだよ、目を覚まして。さっきから色々騙されてるから」


 後ろで森人と小人がヒソヒソ話をしているが丸聞こえである。エステバンスマイル、無駄にシェイラに命中していた。


 レーレが「あれは悪い男だよ」と何やら入知恵しているが、むしろ褒め言葉である。

 俺はちょいワル親父になるのだ。肩にトゲトゲついてるし斧担いでるし世紀末風のちょいワルよ。


 しばらくキメ顔で待機していると、上の階からドタドタと足音が聞こえてきた。

 大抵のギルドでは支配人室はカウンターの側に併設されているが、ここの支配人はカウンター業務をしないために距離が離れているのだろう。


 騒がしい足音と共に現れた支配人と思わしき大男は気安そうに片手を上げ「いよお、狐じゃねえかあ」と馴れ馴れしく声をかけてきた。

 支配人室に通されるかと思いきや、出迎えてくれたようだ。


 この男には見覚えがある。『ねじ首ロレンツォ』とよばれる1等冒険者だ。

 俺よりも頭1つは高い身長、俺に負けず劣らずのムキムキボディ、黒いひげはモジャモジャ、頭はツルツルに反り上げた強面だ。

 たしか年は俺よりも20才近く上のはずである。見た目年齢は不詳だが、恐らくは50才前後か。

 何故か上半身裸だが、その顔にも体にも数多の古傷が走っている。そこにいるだけで『ドドドドド』とか効果音が聞こえてきそうな迫力だ。


「やあ、誰かと思えばねじ首ロレンツォか。引退してたのか?」

「まあなあ。一緒に冒険したお前が現役で嬉しいぜえ」


 ロレンツォは「ゲッヘッヘ」と笑う。気の弱いものなら気絶しそうな威圧感だ。

 事務をしていたはずだが、なぜ半裸なのかは分からない。


「それにしても鍛え上げてきたなあ。良いカラダじゃねえかよお」

「そっちにゃ負けるよ」


 俺はロレンツォの体を見て苦笑いをした。


 以前聞いた話によると、彼は生まれてこの方トレーニングをしたことが無いらしい。それでいて明らかに体脂肪率10%以下を維持しているのだ。

 エリクシルでドーピングした俺とは違う、ナチュラルボーンの化け物である。

 なぜ引退したのか意味が分からない。


「何で引退したんだ?」

「ん? いやあ、7~8年前にパーティー組んでたアルとキモンが引退したからついでになあ」


 ……ついでってなんだよ。ワケがわからん。


 真実の天才とはこんなものである。

 俺がどれほど欲しかった1等冒険者の地位でも、彼は努力をしていないために全く執着をしないのだ。


「それよりもよお、良いとこに来たなあ、狐よお」


 ロレンツォはニタリと笑う。

 何か厄介ごとがありそうだが、ロレンツォは若い頃に世話になった相手である。


 ……これは断れないな。


 俺は「何でも言ってくれ」と苦笑いした。

 これも冒険者の仁義である。





■■■■■■



ねじ首ロレンツォ


51才、男性。201センチ130キロ。体脂肪率8%。

名の知れた元1等級冒険者であり傭兵。あだ名『ねじ首』の由来はモンスターでも人間でも無造作に首をねじって殺すため。

通例では1等級の冒険者は国からなにがしかの地位が約束されるが、ロレンツォは在野のままである。これは貴族連中が彼を怖れたためだと専らの噂だが、真相は不明。

以前、エステバンは彼のパーティーで荷物もちをしていたことがある。

見た目はアレだが、話せば意外と人当たりがよく気さくな好人物。

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