2 どんぐりーズ

「南のベントゥラ王国と魔族がやりあってるのは知ってるかあ?」


 ロレンツォは問いを発しながらこちらにズイッと顔を突き出した。

 なかなか心臓に悪い。


「知ってるよ。知り合いの冒険者チームもゴタゴタを求めてアルボンに向かったしな」

「そうかあ、なら話は早ええ。実はなあ、ウチの国からも南に援軍を出すらしくてよお、ランクの高え冒険者がそっちに行っちまったんだよお。お陰で手が足りねえ。俺や他の職員も依頼を回してるが、それでも手が足りねえ。だからお前らがウチで依頼をこなしてくれたら大助かりだあ」


 ロレンツォは早口で捲し立てるように状況を説明した。

 要は手が足りないのだ。支配人自らが依頼をこなすと言うのは異常事態ではある。


 サルガドに逗留して依頼を片付ける程度ならばわけもない。

 もともと俺は今回の戦争に興味がないのだ。戦争で活躍することは立身出世の近道ではあるが、はっきり言って戦場での活躍は運次第である。

 俺たち松ぼっくりがそんなリスキーなことをする必要は全くないのだ。


 ちなみに、冒険者ギルドの職員が依頼をこなすこと自体は珍しい事ではない。

 ギルドが依頼を掲示しても、報酬と内容が釣り合わないとか様々な理由で引き受ける冒険者がいない場合があるからだ。

 このような時、あまり長い間放置されるようならば依頼を職員が片付けてしまうのである。

 

 無論、あまりにも安すぎる報酬やおかしな内容の依頼はギルドが弾くのは言うまでもない。ギルドは冒険者の名誉と生活を守る互助組織でもあるのだ。

 依頼を受注するかどうかのさじ加減は難しく、支配人は冒険者稼業を知り尽くした経験豊富な元冒険者が就任することが多い。


「分かったよ、出来るだけ協力するよ。だけど俺とチームを組んでる彼女――シェイラはまだ9等だ。難度の高い討伐は御免だぞ」


 俺が釘を指すとロレンツォは「あーん?」とシェイラの方を眺め、目の合ったシェイラはビクッと身をすくめた。

 彼女に限らず初対面でロレンツォに話しかけられると大抵は怯む。見た目は刺激が強すぎるからだろう。


「狐よお、随分と女の趣味が変わったなあ。乳もねえしガキん子じゃねえか」

「んなっ!? エステバンは痩せてる女が好きなんだ!」


 確かにロレンツォから見ればシェイラなど子供以外の何者でもあるまい。

 だが、彼は強面ではあるが人当たりは悪くなく「子供じゃない!」と抗議の声を上げるシェイラを愉しげにからかっていた。

 見た目と違い、基本的には気のいい男である。見た目にビビってたシェイラもすぐにロレンツォに懐いたようだ。


 ちなみに俺は痩せてる女はさほど好きではない。もちろん嫌いでもないが、どちらかと言えばボインちゃんが好きだ。挟まれたい。


 だが、いつまでもこうしていても意味がない。

 俺は2人の会話に割って入り、本題を尋ねることにした。


「なあ、ロレンツォ。そろそろ本題に入らないか? 急ぎの仕事があるんだろ?」

「げっへっへ、やきもちを焼くなよお。別にお前の女を取ったりしねえさあ」


 ロレンツォが冗談を口にするとシェイラはまんざらでも無さそうに顎を上げた。実に嬉しげだ。


「まあな、シェイラには俺の老後の世話をしてもらうんだから譲れんよ」

「げっへっへ、冒険者が老後の心配とは図太えなあ。急ぎの仕事はアーケロン、デケエのが出てなあ、報告によると普通の倍はある特殊個体らしいぜえ。大至急だぞお、なにせ舟を何艘も襲いやがってなあ」


 アーケロンとは小舟ほどもある巨大な水棲の甲虫型モンスターだ。ロレンツォは倍の大きさの特殊個体と言ったが、事実ならばただ事ではない。

 モンスターは稀に異常な成長を見せることがあり、そうした場合は『特殊個体』と呼ばれ別モンスター扱いされるのだ。


「特殊個体のアーケロン退治か……人手が足りんわけだな。素材を回収するだけで20人近い人手がいるだろうな」


 そう、アーケロンのような大型のモンスターを狙う場合、倒したあとに素材を運搬するだけで多くの人手が必要になる。倍の大きさがある特殊個体のアーケロンならば少なく見積もっても15人だ。


「そうだなあ、今んとこ四人組の冒険者パーティーと、ソロ冒険者と、俺と、お前たちの8人だなあ」


 指折り数えながらロレンツォはニタリと笑った。


「俺が5人前、お前が5人前の18人勘定でギリギリいけんだろお?」


 訳のわからない計算をしてロレンツォは笑う。

 シェイラも「なるほど」と頷いてるが、計算間違ってるからな。


 俺が「勘定がおかしいぞ」と指摘するが、馬鹿2人は「大丈夫だあ」「エステバンなら5人分より強いよ!」などと喜んでいる……どうでも良いけど仲良いね、お前ら。

 こいつらには話が通じない。俺は受付嬢に助けを求めてチラリと目配せしたが無視された。ショックだ。


 まあ、倍の大きさのアーケロンなど話し半分、ちょい大きめのサイズなら8人でもギリギリなんとかなりそうではある。ロレンツォも経験豊富な元一流冒険者だし、無茶なことはしないと信じたい。


 とりあえず俺はアーケロン退治の協力を約束し、少し打ち合わせをした後に宿に帰ることにした。必要以上に疲れたわ。


 シェイラが「もう帰るのか?」と尋ねてきたが、人手不足のなかで支配人や受付嬢にいつまでも相手をさせるのは良くないだろう。


「ああ、明日は朝イチで集合だからな――それよりも、8人のうち、2人が5人力だとしたら、合計で何人力になるか分かるか?」


 俺の問いにシェイラが「15!」と元気に答えたが、これは仕方がない。

 義務教育が無い世界では商人でもなければこの程度の計算力で十分なのだ。

 シェイラが特別残念なわけではない。


 ……まあ、支配人のロレンツォがあれでは不味いとは思うが。



 この後、宿に帰りシェイラにどんぐりを並べながら足し算と引き算を教えた。

 彼女は「どんぐりは便利だな!」と喜び、いくつか持ち歩くことにしたらしい。

 まあ、本人が良ければそれでも良いんじゃないだろうか。


 機会があればロレンツォにもどんぐりを渡しておこう。





■■■■■■



アーケロン


サルガド北の湖に棲息する水棲型の巨大モンスター。

見た目は完全にタガメだが、雌の大きな個体になると3メートルを超えるものも存在する。

普通、外骨格の生き物がここまで巨大化することはあり得ないが(脱皮して柔らかくなったら自重で潰れてしまうから)、実はアーケロンには骨があり内骨格の生き物である。

肉食性で、稀に水辺で休む馬や人を補食することもある危険なモンスター。

食事風景はなかなかエグく、口の針を相手に突き刺し消化液を送り込んでから液状の肉をチューチューと吸収する体外消化である。そのためアーケロンに補食された獲物は骨と皮だけが残る。

もはや何動物なのかわからない不思議生物である。個体数は少ない。

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