4 秘めたる獣性

 下水道のトンネルを出て、小休止をしたら打ち合わせだ。

 初回の反省を踏まえて少しでも作業を効率化したい。


「一旦退いたが、次も無理をする必要はない。少しづつでも減らせば良いだろう」


 俺は次回のアタックも無理をする必要はないことを強調する。エゴイが『十分だ』と感じるまで何度も繰り返し、スライムの間引きすれば良いのだ。

 長引くようなら一旦町に帰っても問題はないのである。

 エゴイも俺の言葉に軽く頷き、同意をしてくれた。


「次は塩はエゴイさんに任せてシェイラは弓を使ってくれるか? 俺が前で暴れまくるから大きな核スライムを狙撃してくれ」


 俺の指示にシェイラが「わかった」と応え、塩の入った背嚢をエゴイに手渡した。

 エゴイは仏頂面でそれを背負う。思うところはありそうだが、余計なことは言わない分別がありがたい。


「ふむ、予備の松明はワシが持とう。浄水槽に着いたら松明を適当に転がして明るさを確保するのが良いと思うが、どうか?」

「それは良いですね、お願いします」


 俺は道具袋から松明を取り出し、エゴイに手渡した。


「ほう、意外と細かいな」


 これは松明の松ヤニが道具袋に付かないように先端をボロ切れで撒いてあったことを言っているのだろう。

 地人ドワーフはこの手の工夫を好むため、好意的な声色だ。


 俺が「キレイ好きなんですよ」と笑うと、エゴイは「良いことだ」とぶっきらぼうに応えた。


「それとな、斧をやる。その剣は素晴らしい剣だが鋭すぎる。スライムは斧で砕くように破壊するのが良いだろう」


 ズイッと差し出された斧はいかにも武骨でこの地人のようだ。

 シンプルだが鍛えが良く、錆び1つ浮かずにピカピカに磨かれている。

 この斧には美は無いが美学がある。これぞ正に地人の仕事だ。

 戦闘を目的としていない薪割り用だろう、斧頭は小さめだが柄は長く90センチほどはありそうだ。


「これは素晴らしい斧だ。お借りします」

「いや、追加報酬じゃ。くれてやる」


 俺が遠慮なく「頂戴します」と応えると、エゴイは満足気に頷いた。



 こうして、再編成を終えた俺たちは2度目のアタックに臨む。




――――――




 2度目ともなればトンネルを抜けるのは訳もない。

 俺たちは何匹かスライムを片付けて先に進む。


「そう言えば、溢れたスライムが外に出たりはしないんですか?」

「たまに出るぞ。じゃが、基本的にスライムはジメジメした所を好むからな。外に出るやつは稀じゃな」


 驚いたことにスライムの垂れ流しである。

 少し無責任な気もするが、考えてみれば日本人だって公害を意識したのは1960年代の終わりくらい。環境破壊が社会的な問題になってからの話だ。

 この地でスライム垂れ流しが問題になるならば、無視できない被害が出た後の話になるだろう。


 ……おいおい、ここで食い止めなきゃ不味いんじゃないの?


 放置した場合の惨状を想像すると、自然に斧を握る手に力が籠った。

 下流で核スライムの大量発生とか洒落にならない。


 浄水槽に出ると、スライムたちの姿はなく、ガランとしている。

 普段は水槽に潜んでいるようだ。


 エゴイが数本の松明に火を着けて転がすと、それが合図になったのかスライムが這い出てくるのが確認できた。


「良し、前に出る! シェイラはデカいやつの核を狙撃だ! エゴイさんは塩でサポートしてくれ!」


 次々に核つきのスライムが水から飛び出し、こちらに向かってくる。

 こいつらを引き付けて食い止めるのが俺の仕事だ。


 スライムは基本的には獲物を体で取り込み、窒息させてから吸収しようとする。

 彼らとの戦いで最も注意すべきは転ばないことだ。転んで姿勢が低くなればたちまちに顔に群がられ、スライムの体内で溺れてしまうだろう。


 つまり、俺はシェイラたちを庇いつつ、核スライムの体当たりや足払いをわし、なおかつスライムを踏んづけたりして足を滑らせたりしないように注意しながらスライムを倒せば良い――言葉にするとなかなか複雑な動きである。


 俺は浄水槽の手前まで飛び出し、斧を振るう。

 慣れない武器に戸惑い、何度か柄に当てたり空振りしたりしながらも感覚を掴むと、斧頭が面白いようにスライムを捉えはじめた。


 この斧のバランスが良い。実に手に馴染む。

 試しに棒回しの要領でクルクルと回したら簡単にできた。


 遠心力を利用して斧を動かし、時に魔法でコントロールしながら力任せに軌道を変え目標を狙う。

 刃を立てて切り裂くのではなく、斧の質量をぶつけてスライムを砕く。

 その様子は正しく『破壊』だ。


 戦い続けるうちに、俺は不思議な感覚にとらわれた。

 言葉にするのは難しいのだが、自らの動きに違和感が無くなってきたのだ。

 俺の頭の中のイメージ、もりもりの体の出力、そして今までつちかってきた戦いの技術と経験……これらがカチリと噛み合い、俺の体はとんでもない動きを見せ始めたのである。


 ……スゴいぞ、何だこりゃ?


 普通の人間ならば両手で扱うような薪割り斧を右手でバトンのようにクルクルと回しながら、左手で剣を抜き敵を切り裂く。

 まるでカンフースターかジェダイマスターだ。


「スゴいっ! エステバンっ! カッコいいぞっ!」


 俺の戦いを見たシェイラがピョコピョコと跳ねて声援を送ってくれる……こらこら、援護しろよ。


 派手に左右の武器を振るい、腰くらいまである大物の核スライムを引き裂き、思い切り蹴飛ばした。

 ブチュリと足にまとわりつくが、気にしている暇はない。

 次の目標に向かい斧を振るう。


 俺が粉砕したスライムにエゴイが塩をかけたり、核を踏み砕いたりとサポートしてくれるが、それでも僅かにズレが生じてきた。

 斧を振るう度に徐々にスライムの残骸が増えていく。


 本来ならば潮時だったろう――だが、俺は戦いに酔い、引き際を見誤った。調子に乗ってしまったのだ。

 知性の無いスライムが単調な攻撃を繰り返し、俺が慣れてしまったこともあるだろう。


 少しずつ俺の足元にスライムの残骸が付着し、大物の核スライムが飛び掛かってきた時にズルリと足を滑らせてしまった。


 ……しまっ……やべ!


 俺は体勢を崩し、高く飛び上がったスライムに飲み込まれかけた――その瞬間「うおぉぉっ!」と雄叫びを上げてエゴイが俺にぶつかった。


「ぐはっ!」


 盾を構えた地人のタックルに体勢を崩した俺は耐えきれずに吹っ飛ばされる。


 俺は多少混乱したが、庇われたのを理解し、すぐに立ち上がる。

 そこに居るのは上半身をスライムに取り込まれたエゴイであった。


「こりゃヤバイぞ!」


 アーチ型に広がった核が密着するようにエゴイを取り込み、下手に斧は振るえない。

 かと言って大物スライムにナイフなどで攻撃しようものなら俺まで取り込まれてしまう危険がある。


 ……やばいぞ、何とかしなきゃ……


 焦りを感じながらエゴイに取りつくスライムを浅く切り裂く、これじゃダメだ。

 エゴイは俺を庇って危機に陥った。この事実が俺から冷静な判断力を奪う。


「エステバン、離れてっ!!」


 この場で冷静だったのは、シェイラだった。

 彼女は正確な射撃でエゴイの背嚢を射ち抜き、零れ出した塩がスライムを急激に弱らせていく。


 剥き出しになったスライムの核を、俺は斧の柄で叩き割った。




――――――




 その後、浄水槽で目立つスライムは片付けて、俺たちは小休止をとった。

 転がしていた松明は集められ、キャンプファイアのように部屋を照らしている。


「すまない、助かった」


 俺が頭を下げると、エゴイは軽く手を振って遮った。

 彼はスライムまみれになった上着を脱ぎ、上半身は裸だ。その体は胸にも背中にも毛がもっさりと生えている。


「いや、わしの依頼じゃからな。それにオヌシらなら何とかしてくれると信じとったわい」


 俺はこの言葉を聞き、ニヤリと笑った。

 この頑固な地人は『オヌシら』と口にしたのだ。シェイラを認めたと言うことだろう。


 俺の笑いを見たエゴイは「ふん」とソッポを向いた。ツンデレかよ。


「しかし、シェイラは分かってないなー、お約束が分かってない」


 俺が「ほれ」とスライムの残骸をシェイラに差し出すと、彼女は不思議そうな顔で受け取った。


「これでベトベトになって『いやーん、気持ち悪いよお』って言ってみろ」

「や、やだよっ、そんな変なこと」


 あっさりと断られた。


 シェイラは全く分かってない……困ったヤツである。

 エルフとスライムとくれば服を溶かされてなんぼだろうが。


 俺たちが騒ぎ始めたのを見て、エゴイがわざとらしく咳払いをした。


「間引きは十分じゃな。次の浄水槽も確認するが、戦闘は必要ない。内部の様子を確認しておきたいのだ」


 その言葉を合図に俺たちは立ち上がり、次のトンネルに備えて支度を始める。

 戦闘はしないと言えど、用心は必要だ。


「次は少し臭うぞ。布があれば顔を覆え」


 エゴイはそう言うと、手拭いを取り出し顔の下半分を隠すように縛った。俺たちもそれに倣う。


 次のトンネルはやや不潔な感じがしたが、先のトンネルと大差はない。

 溢れ出たであろうスライムを片付けながら俺たちは進み、次の浄水槽の手前で様子を確認した。

 確かに臭いはあるが、田舎の香水程度である。それほどキツくはない。


「充分じゃ、引き上げよう。依頼は達成じゃ」


 エゴイは俺たちに声をかけると、そのまま引き返した。

 彼が充分と言うならば充分なのだろう。

 今回、間引いたスライムもかなりの数ではある。満足してもらえたようだ。


「おっ、面白いのがあるぞ」


 帰路のトンネルで、俺は壁面に張り付いた粘菌のようなモノを見つけた。


「なんだそれ? スライムか?」


 シェイラが興味津々と俺の手元を覗き込む。

 人の顔のような模様のある不気味な粘菌、これは『 人面疽じんめんそと呼ばれるモンスターだ。直接的な害はほぼ無いとされている。


「これはな、こう使うんだよ」


 俺は人面疽をシェイラの腕に引っ付けると、彼女は身を縮めて「ひんっ」と小さな悲鳴を上げた。


「シェイラはエッチなことがしたいだろ? 添い寝してキスとかどうかな? それとも裸で――」


 俺が唐突にセクハラを始めると、シェイラは「ななな」とうろたえ始めた。


『興味ハアルシ、シテミタイケド、初メテハ痛イッテ聞イテチョット怖インダ。デモ――』


 突然、人面疽が不気味な声で語りだす。

 そう、このモンスターは無害だが、取り付いた人の心を読みとり、勝手に質問に答えたり本音を口にする恐るべき存在なのだ。


 俺はニチャリと笑いシェイラを視姦する。


「そうか。俺は優しいぞ」

『ウン、エステバンナラ私ノ大切ナ「わ! わ! わ! なに言ってるんだよおコイツ!!」』


 何となく人面疽の性質に気づいたシェイラが真っ赤になってぶんぶんと手を振り回すと、人面疽は彼女の手を離れ、どこかに飛んでいった。


「あー、珍しいのに勿体ないな」

「あ、あんなの要らないよっ!」


 シェイラが真っ赤になって抗議する。

 彼女のポケットからレーレが顔をだし「いしし」と笑っていた。


『何デ、コンナニ想ッテイルノニ気ヅイテクレナイノ……エステバン』


 どこからか人面疽の声が聞こえる。

 先ほど飛んでいったヤツだろう。


 俺はニヤリと笑いシェイラを見つめる。

 すると慌ててシェイラは「わ、私じゃないって!」と抗議をする。

 それならレーレかと思ったが、こちらもブンブンと全力で首を振って否定した。


『エステバン、何故私ジャナクテ、ソンナ森人エルフナノ? 私ガ先ニ出会ッテイタラ――』


 その不気味な声は、後ろから聞こえてくる。

 そう、この場に居るのは俺とシェイラと――


 後ろから、半裸の地人がにじり寄ってくる気配を感じ、俺は戦慄した。


『出会ッタ順番ナンテ関係ナイ。一目惚レダッタ。私ハコンナニモ――』


 振り向けばそこに、獣性を露わにした地人の姿があった。もはや隠すつもりも無いのか、秘められていた欲望が怒りを得て反り返っている。


 俺は全てを理解した。


 なぜ、エゴイは初対面の俺に好意的だったのか。

 なぜ、シェイラに冷たくしていたのか。


 レーレが「ひやああ」と悲鳴を上げた。何故か嬉しそうだ。


「だ、ダメだ!! エステバン、逃げてーっ!!」


 シェイラが、にじり寄る地人から俺を庇うように割り込み、弓を構えた。


「ごおおぉぉぉぉっ!! 森人っ! そこをどけい!!」

「い、行かせるもんかああぁぁ!!」


 暗いトンネルで、森人と地人の死闘が幕を開けた。



…………



……



その後



その日のうちに俺たちはダマスの町から離れた。

冒険者は渡り鳥、旅こそが日常だ。一所ひとところに長くは留まれない生き方なのである。


「見て! エステバン! すじ雲ができてるよ!」


 シェイラが空を指差し、秋の訪れを教えてくれた。


「もう、秋なんだな」


 そう言えば、風に冷たさを感じる。季節が変わりつつあるのだ。


 俺たちは秋の風に誘われて先に進む。新たな冒険を求めて――





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人面疽じんめんそ


人の顔のような模様のある粘菌。ジメジメした場所で稀に発生する希少モンスター。

とりつかれると心のうちを勝手に話はじめる厄介者だが、その性質ゆえに珍重され高値で取引されることもあるようだ。

その生態は謎に包まれており、養殖はおろか飼育もできないデリケートなモンスターである。

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