3 下水道の探索
翌日
俺たちが支度を整え指定された場所に行くと、すでにエゴイは待機していた。
エゴイも手に薪割り斧を持ち、革のヘルメットと革の前掛けを身に付け、大きな丸い盾を背負っている。
軽装ではあるが悪くない武装だ。
待ち合わせ場所はダマスの町よりやや離れた窪地。
窪地の斜面にはモルタルで固めた横穴があり、見るからに頑丈そうな鉄格子が塞いでいる。あれが下水道の出入口なのだろう。
下水道から流れ出た水は思いの外に清らかで、小さな流れとなって窪地の裂け目より流れ出ている。
俺が「お待たせしました」と軽く謝罪すると、彼は手を軽く振って言葉を遮った。
どうやら挨拶は不要らしい。
「ここが下水の排水口だ。鍵を開けよう」
エゴイが鉄格子の鍵を開けると中にはさらに鉄格子が見えた。普段は頑丈に封鎖されているようだ。
中は真っ暗であり、松明が必要になるだろう。
トンネルになった内部は俺とシェイラが並んで歩くには狭いが、それなりの高さと広さはある。
床は真ん中が凹の形に窪んでおり、チョロチョロと水が流れているようだ。臭いはない。
「水が流れてますが、これは浄化した汚水ですか?」
俺が尋ねると、エゴイは「うむ」と頷く。
「ここに流れる水は4回も浄化槽を通過しておるから真水に近い。3層目くらいからは臭いぞ。目的の大物スライムは4層目、1番近い浄水槽に現れた。スライム以外にもオオネズミや巨大ローチがいるから気を付けるようにな」
エゴイの言葉を聞き、俺は「うえっ」と舌を出した。
オオネズミは、そのまんま子犬くらいあるドブネズミ、巨大ローチは50センチくらいあるゴキブリだ。
はっきり言って生理的に苦手なモンスターたちである。
「シェイラはネズミとかローチ平気か?」
俺が尋ねると「わりと美味しいぞ」と恐ろしい返事が返ってきた。
そう、この世界のローチは食用になる。種族によっては昆虫食がメインの亜人もいるので人間でも忌避感が薄い。
森で生活する
どうしよう、もう
「シェイラ、これからはちゃんと歯を磨かないとキスしてやらないぞ」
「ふがっ! いいいきなりなんなんだよっ! 歯は
シェイラが色気の無い変な声を出した。
暗がりでも分かるくらいに真っ赤になり、火をつけたばかりの松明を振り回す様子は見ていて楽しいが……松明消すなよ。
ちなみにこの世界では歯磨きしないヤツも多いので、彼女が特別不潔な訳でもない。たまに磨くのはましな部類だ。
毎日歯を磨く俺は身だしなみに気を使うオシャレマン枠なのである。
俺とシェイラは馬鹿みたいな話を下水道の入り口から大声で響かせる。
こうやって賑やかにすることはネズミやローチを避ける意味もある。
オオネズミやローチは人間を避けるので、こうしてこちらの位置を教えてやるのは大切なことだ。無駄な戦いはしないに限る。
俺たちの先頭は道案内を勤めるエゴイ。何と盾に松明ホルダーがついており、盾と斧を構えながら進む。
真ん中は俺、敵が出れば前に出るタンク兼アタッカーだ。
今回の探索では戦闘を一手に担う形になるだろう。
そして最後尾はシェイラ。
松明を手に持ち、大量の塩が入った背嚢を背負う。そして小分けにした塩の袋を腰からぶら下げている。
スライムは塩をかけると浸透圧だかの関係で縮む。詳しくは分からんが効果的な駆除方法だ。
塩が苦手なモンスターはわりといるので、食用にならないような砂混じりの塩にも一定の需要があり流通している。
彼女は俺が無力化したスライムに塩を掛ける役だ。妖怪塩かけ森人(エルフ)。ちなみに塩は経費としてエゴイに認めさせた。
この隊列は賑やかに通路を進む。
すると、ほどなくしてエゴイが何かを見つけたようだ。
「ほれっ、いたぞい」
エゴイがブチュリと鼻水のようなモンスターを踏み潰し、シェイラが塩をパッパッと振り掛けた。
あわれなスライムはみるみるうちに萎んでいく。
スライムは核が無ければこの程度の存在である。
「この通路に居るのは浄化槽より溢れ出たヤツじゃ。遠慮なく片付けてくれ」
スライムが出たことで隊列を入れ替え、俺が前に出る。
視界の端ではオオネズミの死骸を取り込んでいたスライムが確認できた。
ネズミの死骸は気の弱い人なら直視できない感じに溶けている。
……ネズミを仕留めるとは核つきだな。
俺が油断せずにジリジリと近づくとスライムはネズミから離れ、バスケットボールくらいのサイズにまとまり飛び掛かってきた。
成人男性の胸の辺りまで跳ねるなど粘菌にあるまじき動きだ。
俺はスライムの動きに合わせてバットのフルスイングのように剣を叩きつけ両断し、むき出しになった核を勢い良く踏み砕いた。
するとスライムは弾力を無くし、べちゃりと鼻水のように広がる。
理屈は分からないが、核を持つスライムは周囲の組織を筋肉のように使い、ダイナミックに動く。両断した手応えも固くなりコンニャクゼリーみたいな感触だ。
核は軟骨みたいな白っぽい色合いで、先ほどのスライムだとピンポン玉くらいの歪な球体をしている。
成長すると核は前後に伸びていき、最終的には肋骨のように左右にも張り出してくるそうだが、さすがに下水道にそこまでの大物はいないと信じたい。
核スライムのダイナミックな動きにも驚かされるが、スライムの恐ろしさはそこではない。
スライムは人間を恐れない上に半透明で視認しづらく不意打ちにも注意しなければならない。気の抜けないモンスターだ。
どこかのゲームのようにザコではない。
俺の動きを見たエゴイが「ほほう、やるのう」と目を細めた。
どう言うわけかこの地人は俺に好意的だ。
初めはやり手の無い依頼を引き受けたからだと思っていたのだが、それにしてはシェイラへの態度が説明できない。
彼は森人が気に入らないのか、終始シェイラを『いないもの』として扱っている……無視しているのだ。
俺が依頼を受注したことに感謝しているのならシェイラに冷たくするのはおかしい。
まあ、種族的なことがあるので仕方ない面もあるとは思うのだが、俺とシェイラに対する態度の違いはそれだけでは無い気がするのだ。
だが、それが何かは分からず、何とも言えない違和感として残っている。
……まあ、考えても仕方ないか。
俺は水の中に核無しのスライムを見つけて蹴飛ばした。バシャリと水しぶきが立ちスライムが潰れる。
そこにシェイラがすかさず塩を掛けた。ナイスな連携だ。
「良し、狭い通路なら問題ないな。どんどん進んでいこう」
俺は2人に声をかけ、先に進む。
別に急ぐわけではないが微妙な人間関係の中、いつまでも下水道に閉じ籠ってスライム退治をするのは気が滅入る。さっさと終わらせたい。
――――――
数十分後、広い部屋に出た。
200坪くらいの広さがある空間、左の壁沿いが通路になっているのみで部屋の大半は膝くらいまでの浅い水槽だ。これが浄水槽なのだろう。
浄水槽を覗き込むと、びっしりとスライムが入っており、うぞうぞと蠢いている。
その様子に俺は生理的な嫌悪感を覚え、思わず仰け反った。気色悪すぎる。
「来るよっ! エステバン!!」
シェイラが叫ぶと同時に水中から何匹か核つきのスライムが跳ね上がった。
中には俺の腰くらいまである大物も混じっているようだ。
「数が多いぞっ! 囲まれる前に通路まで下がれ!」
俺は指示を出しながら飛び掛かってきたスライムを拳で叩き落とした。核スライムは硬いので殴ることができる。
スライムに取り込まれると徐々に溶かされるが、この程度の接触ならば特に問題はない。
俺は剣を振るって次のスライムを切り飛ばしたが、核は破壊できなかったようだ。スライムには恐怖心や痛覚は無いらしく、中途半端にダメージを与えても怯んだ様子は見せず次々に飛び掛かってくる。
2匹、3匹と切り払ったが核を破壊できたかは確認できない――暇が無いのだ。
「シェイラ、塩を撒け! ぶわっと盛大にな!」
俺の指示でシェイラが部屋の出口付近にバアッと塩を撒く。
これで少しはスライムの追撃を遅らせることができるはずだ。
再度、シェイラは塩を撒き、俺とエゴイは塩の結界に守られて退却した。
「なるほど、これは『掃除』が必要なわけだ」
俺はぼやきながら来た道を引き返す。
何も1回目のアタックで全てを片付ける必要はない。
偵察し、準備を整えて再アタックすれば良いのだ。
俺たちは一旦、外に出て体勢を整えることにした。
幸いに、距離をとればスライムは追ってこない。
「やれやれ、少なければ浄化に支障が出るし、多ければ手がつけられん。スライムの調整を間違えたようじゃ」
どこかのんびりとした様子でエゴイが嘆息した。
お前のせいやんけ。
■■■■■■
下水道
その名の通り、下水道。
雨水や生活排水・産業排水など、都市から出る下水を離れた場所に排出する施設。
アイマール王国ではあまり普及していないが、技術力のある地人の都市では下水道は古くから用いられている。
元々は下水を都市から離れた場所に垂れ流しにしていたようだが、その下水が周囲の環境を破壊し、特定のモンスターが爆発的に増える災害が多発した。そのため、スライムを利用した浄水槽などの研究が進められている。
ちなみにスライムを用いる浄化システムは地人都市でも最先端の技術であり、スライムの数の調整などは各都市の技術者の頭を悩ませているようだ。
今回の件も決してエゴイがヘボくてスライムが増えたわけでもなく、ダマスの町の下水道のデータは他の都市にフィードバックされるはずである。
実験場にされていることをダマスの領主が知ったら怒るかも知れないので、エゴイは自力で解決しようと頑張っているようだ。
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