2 淫魔

 交易都市であるダマスの町は早朝から賑やかだ。


 日の出と共に荷積み荷下ろしの人足がせわしなく働き、荷車が砂埃を立てて門を行き来する。

 そして、それらの人足を相手をする屋台なども早くからのきを連ねており、売り子の声は途切れることがない。



 そんな忙しげな雰囲気の中、俺とシェイラは屋台で軽く朝食を取り、やや遅めの時刻に冒険者ギルドへ向かう。

 支配人ギルドマスターと挨拶するのに混み合う時間を避けたのだ。


 別にちゃんとした挨拶をする必要は無いが、依頼を受ける前に顔見せをしとくのはマナーだ。

 赤目蛇は昨日の夕食がてらギルドの酒場に集まって挨拶を済ませたらしい。


「わ、私たちは冒険者パーティー『松ぼっくり』です。宜しくお願いします。私がシェイラ、こちらが、その、エステバンです」


 シェイラが慣れない口調で挨拶する様子を支配人らしき犬人コボルトがニコニコと見守っている。

 犬人の年齢は良くわからないが、その落ち着いた風情からかなり年老いた印象のある犬人だ。


「はいよ、松ぼっくりさんね。認識標タグと手帳を見せてください」


 支配人の言葉に「はいっ、これと、これです」とシェイラが慣れない様子で応じる。

 その様子はいかにも新人らしく、酒場にいる冒険者らも珍しい森人エルフがまごつく様子を微笑ましげに見守っているようだ。


 実は意外と冒険者は新人を苛めたりはしない。

 新人はいつまでも新人ではない――下手に恨みを買っては実力をつけた頃に仕返しをされるかもしれないからだ。

 広いようで狭い業界である。恨みを買うよりは恩を売るのが賢い選択だと皆が知っているわけだ。


 まあ、稀に好んで『新人いびり』をする冒険者もいないでもないが、大抵は鎮痛剤ポーションの使いすぎで頭のイカれた低~中ランクの半端者か、頭のネジが飛んだ偏執狂だろう。

 そんなのは遅かれ早かれ問題を起こして冒険者ギルドから追放されるのがオチだ。


 だが、かと言って冒険者ギルドが新人天国かと言えば、当然そんなことはない。

 礼儀や仁義をわきまえない若手冒険者は大抵『不審の事故死』を迎える。

 どこの業界でも、業界内のルールが守れないやつは排除される仕組みになっているものだ。それは冒険者ギルドも例外ではない。


「シェイラさんは9等かい。腕が良いみたいだけど無茶をしてはいけないよ。氾濫イヌンダシオンなんかはベテランの仕事さ」


 支配人はチラリと咎めるような視線を俺に向けた。

 冒険者手帳の記録から冒険者の過去の経歴はざっと分かるようになっている。

 支配人は新米の彼女を危険な依頼に巻き込んだ俺をそれとなく注意しているのだ。


 なかなか面倒見の良さそうな支配人だ。

 この支配人ならば、シェイラが手続きに慣れるのにうってつけだろう。


 俺は1人で納得し、認識標と手帳を渡しながら簡単に「エステバンだ、よろしく」と挨拶した。


「シェイラ、次は依頼の確認をしよう。何か簡単な仕事がないか見せてもらえ」


 彼女は俺の言葉に頷き、犬人の支配人に依頼を見せて貰う。

 ギルドの壁に設けられた掲示板にも依頼は紹介されているが、こうして支配人に余裕がある場合は直接確認したほうが無難だ。


 シェイラは幾つか出された依頼書から「食肉調達」「毛皮調達」を選んで説明を受けている。

 食料や素材の採取や調達はどの冒険者ギルドでも常時出されている依頼だが、報酬が歩合になることが多いため、あまり人気はない。


 ちなみに冒険者が冒険者ギルド以外に毛皮や食材を直接取引するのはルール違反である。

 物流には細かい約束があり、俺も把握できていないが、各専門店は所属する組合ギルドがあり、各ギルド内のルールを無視して店が直接冒険者から素材を仕入れたのが『バレる』と、店も冒険者も『酷い目』に遭うだろう。

 まあ、そこは色々と抜け道もあるのだが……ここでその手口を紹介する必要も無いので割愛したい。


「これ、例えばウサギを仕留めた場合は両方の依頼を達成したことになりますか?」

「そうだね。その場合は毛皮を剥いで肉と分けて貰えれば良い。だけど、その手間が惜しい場合もあるだろう? 肉と皮が分けてない時は別々にウサギが必要だ」


 支配人の説明を受けたシェイラは納得した様子で振り返り「コレとコレにする」と俺に伝えた。

 先程の「食肉調達」と「毛皮調達」だ。


「良いんじゃないか? 2人いれば解体も何とかなるだろ」

「うん、私もそう思ってた。この2つお願いします」


 依頼の受注も無事に完了。

 こうしたことも徐々に慣れていけばいい。

 そのうちシェイラもギルドに慣れて、ドスの利いた声で「酒だよ、とびきり強いやつだ」とか言いながら銅貨を放り投げるようになるのかもしれない……森人の凄腕女冒険者とか想像したら滅茶苦茶カッコいいな。惚れるわ。


 ちなみに、こうした調達系の依頼は裏技があり『どうしても失敗したくない場合』は買ったものを提出することもできるが……まあ、大赤字は間違いないし、やるやつは先ずいないだろう。

 依頼を受けてなくても毛皮などをギルドに販売できるが、その場合は冒険者手帳に実績として記載されることはない。


 手続きを終えた支配人が「ここだけの話だがな」と声を潜め、じっとこちらを見る。

 こちらが聞く姿勢になるのを待っているのだ。何か重要な話があるらしい。

 彼は「良く聞いてくれよ、特にエステバンだ」と勿体つけて話始めた。


「どうやらサキュバスが町に入り込んだ。被害者も出ているぞ、注意してくれ」


 支配人の言葉を聞いたシェイラは首を傾げるが、彼女にはピンと来ないらしい。


 サキュバスとは美しい女性に化けるモンスターだ。

 男をたぶらかし、尻子玉しりこだまと呼ばれる魔力結晶を抜き出してしまう。尻子玉とはサキュバスの魔法で人間の魔力を結晶化したものだ。

 サキュバスは人の肛門からこれを抽出し、持ち去ってしまう。


 俺も見たことはないが、尻子玉を取られた人間は『腑抜ふぬけ』になると言われている。

 尻子玉を抜かれて死ぬことは稀だが、長いときには数ヶ月間も思考や言動が不明瞭になり、寝たきりに近い状態になってしまうらしい。


 サキュバスは姿を変えることができるので人に混ざれば捕まえるのは難しいと言われている。支配人がピリピリするのも分かる非常事態だ。


「要はな、浮気させるなってことさ」


 一通り説明を済ませ、支配人がそう締めるとシェイラは恥ずかしそうにはにかんだ。

 どうやら彼女は、夫婦扱いをされることが満更でも無いようなのだ。


 ……やれやれ、まるで飯事ままごと遊びだ。


 俺は苦笑しながら「気を付けよう」と言い残し、ギルドを出た。


 サキュバスに気を付けろと言われても、今の俺は娼婦を買いづらい感じだし、ヤーゴの方がよっぽど危ないだろう。

 それに俺は知らない女にほいほいと付いていくことはない。娼婦の客引きなど、半分くらいは断れるほどに身持ちの固い男なのだ。


「サキュバスがシェイラに化けたら危ないな。騙されないように黒子ほくろの位置を覚えるから裸になってくれ」

「や、やだよっ」


 こんな感じで俺たちは和やかに猟を行い、無事に野鳥やカバネクライを仕留めて依頼は達成した。


 カバネクライは犬に似ているが肉は食べれないこともないし、野鳥は十分に食肉になる。

 俺たちはカバネクライの内臓を捨てて皮を剥ぎ、解体した。

 あまり荷物が多くなっても持ち運びに困るので今日の仕事はこれで仕舞いだ。


 俺は帰り道でサキュバスの危険を強調し、シェイラの左足の内ももには黒子が2つあることを聞き出したが、残念ながら確認には至らなかった。

 そのうち、ひんむいてやるつもりである。





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鎮痛剤ポーション


鎮痛、止血、炎症止め、化膿止めなどに効果がある万能傷薬。

怪我をしやすい冒険者や衛兵などで重宝され、良く使われる。

しかし、依存性があり、常用すると慢性的な倦怠感や脱力感に苛まれるようになる。

また、重度の依存症に陥ると、高純度の高級鎮痛剤ハイポーションを求めるようになり、不眠、悪寒、発汗、目眩、手足の痺れ、痙攣けいれんなどといった激しい禁断症状に襲われ、使用をやめる事ができなくなってしまう。

便利な薬ではあるので、用法を守って使用したい。

形状は水薬で、錬金術で精製する。

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