6話 最強の敵あらわる!あやうしエステバン

1 くさい飯

 俺たち松ぼっくりと、アガタら赤目蛇は西へ向かい、サルガドとアルボンを結ぶ中継都市ダマスを目指すことにした。


 ダマスの町はアルボンやサルガド、そして地人ドワーフの住む丘陵地帯を結ぶ交通の要衝で、人口5千人を超える中々の規模の町だ。


 俺たちは荷物を捨ててしまったために旅に必要な装備がまるでない。

 これらを揃える必要があったのと、少し手持ちが怪しくなってきたので手近な町で仕事をしておきたい事情があるのだ。


 赤目蛇も依頼の失敗をギルドに報告し、冒険者手帳を更新する必要がある。

 いずれはサルガドやアルボンに向かうはずだが、その前に依頼をこなし、冒険者手帳を何度か更新したいのだ。

 記録を依頼失敗のままにしたくない気持ちはよく分かる。


 そんな訳で道連れとなり、共に移動しているのだが、前回のハルパスとの一件(5話参照)がハードだったこともあり、皆が疲れている。

 急ぐ旅でも無し、休み休みのリラックスムードだ。


 今もベレンとヤーゴに混じってシェイラが何やら食事の支度をしている。


 赤目蛇も荷物は捨てているはずだが、地人のドランが背中から鎧のパーツを外すと、浅い鍋になっていた。

 当然、特注品だろうが、凄いアイデア商品である。俺も欲しい。


「できたぞ! 食べてくれエステバン!」


 シェイラが嬉しそうに葉っぱの皿に乗せた焼き肉を持ってきてくれた。

 移動中に捕らえたアナイタチだろう。


 ぶっちゃけ、イタチ肉は処理が悪いと雨の日の犬小屋みたいなにおいがして食えたモノじゃない。そして、シェイラの持ってきた焼き肉はくさい、食えたモノじゃない。

 臭い消しで香草っぽいものがまぶしてあるが、不味いものは不味い。


 シェイラは俺の気も知らず「美味しいか?」とニコニコしている。

 さすがに、ガキンチョが一生懸命作った食事を不味いと言えるほど俺のハートは強くない。


「……ん、初めて料理を作った人が焼いたみたいな味だな」

「本当か? 嬉しいな。もっと食べてくれ」


 俺の言葉にシェイラがぱっと笑うと、胸ポケットのレーレが「褒めてないよね」と呟いた。本人が喜んでるから良いんだよ。


「次にイタチを捕まえたら一緒にさばこうな。匂袋においぶくろを傷つけないようにすると、もっと美味しくなるぞ」


 俺の言葉をシェイラは素直に聞いている。

 森人エルフが食に無頓着なのかもしれないが、シェイラが捌いたイタチは毛皮を綺麗に剥ぐために尻の辺りも切ってしまっている。この時に匂袋を傷つけたのだろう。

 イタチやスカンクの屁とは、この匂袋の分泌液だ。これが付くと肉が臭くなる。


 俺がシェイラにイタチの捌き方を教えていると、ベレンが「ご夫婦で旅なんて素敵ですよね」と声を掛けてきた。

 そう言えば、彼女らは俺とシェイラを夫婦だと勘違いしたままである。


「でへへ、エステバンは私の料理が大好きなんだって」

「あはっ、新婚ですもんね。ごちそうさまです」


 シェイラとベレンは随分と打ち解けたようだ。キャッキャウフフと遊んでいる。

 それは微笑ましくはあるのだが、俺はシェイラの料理を大好きなんて言ったこと無いからな。むしろ不味いから嫌いだ。


 この臭っさい飯を作った3人組、シェイラとベレンはおしゃべりに夢中で味など気にならないらしい。

 ヤーゴはイタチの生皮からせっせと脂や肉をこそぎ落としている。他のメンバーは食事をしているのに、意外とストイックなヤツだ。

 なめし液が無いため、これ以上の加工はできないが、きちんと下処理をすれば買い取りが高くなるので大切な作業である。

 それにしてもヤーゴの手つきが良い。慣れているらしい。


 ドランはイタチ肉を黙々と食べているが、明らかに不機嫌だ。

 アガタも顔をしかめながら無言で食べている。

 すいませんね、うちの娘メシマズなんです。


 いずれはシェイラも良い相手ができたら嫁に行くかもしれないし、冒険者として独り立ちした場合も料理はできた方が良い。


 俺はシェイラに料理を教えることを秘かに決意した。


 ……それにしても不味いなコレ。


 レーレに「食べるか?」と勧めてみたが「干し肉が良い」と断られた。




――――――




 ダマスの町。



 ここは人口5千人ほどの中堅都市だが、交易の拠点であり人の出入りが多い。

 人口以上に賑わいがあり、自然と文化や科学技術が発展し下水道まで整備されているハイテク都市だ。


 夏の盛りだというのに大勢の半裸の人足が声を張り上げ、せわし気に行き来している。

 交易都市ならではの賑やかさや熱気がある町だ。


 俺たちは入市税を支払い、町の広場で解散した。

 赤目蛇は宿をバラバラに探すのだそうだ。


 町で解散するのは冒険者チームとしてはありがちなことで、各々で鋭気を養い、約束の日時や呼び出しで集合し新たな冒険に向かうのである。

 いくら付き合いの長いパーティーであっても、冒険者は仕事であり、プライベートである休暇をどう使おうが勝手なのである。

 もちろん、休暇を共に過ごしたり、皆で同宿する仲良しパーティーも存在するが、大抵は長続きしない。


 アガタとベレンは少しランクの高い宿に向かい、ドランは地人のたまり場になっている地域に向かった。


「エステバンさんたちはどうするんだ?」

「特に決めてないな。常宿は無いが……」


 俺たち松ぼっくりは、何故かヤーゴと共に宿探しをした。特に理由は無い。

 幸いにここは交易都市であり、すぐに安めの宿が見つかった。

 個室がいくつかと、男女別の相部屋がある一般的なランクの宿屋――だが、問題が1つ。


「個室が1つしか空いてないのか」


 亭主の話では近日中には空くらしいが、レーレがいるし個室が好ましい。


 シェイラが「別の宿を探すか?」と尋ねてくるが、それも面倒くさい。


「あ、俺は雑魚寝で構わねえよ」


 悩む俺たちを横目に、ヤーゴはさっさと大部屋に向かっていった。

 彼の反応が一般的な冒険者のそれだ。俺が相部屋嫌いなだけで、この世界では旅の雑魚寝は普通の事である。


「じゃあシェイラが個室を使えよ」

「うん、ありがとう。良いのか?」


 俺は「良いさ」と答えながらシェイラにくっつき、レーレを手渡した。

 宿の亭主から隠すようにしたために、密着するような体勢だが……人前で平気でイチャつくバカップルだと思われたかも知れない。


 だが、レーレは赤目蛇と一緒にいる間は隠れっぱなしだった。個室でのんびりして欲しいものだ。


 俺も相部屋に向かい、ヤーゴに「よろしく」と声を掛けて彼の横に陣取った。

 幸いに部屋は込み合っておらず、わりとスペースにゆとりがある。


「おっ、カミさんに個室を譲ったのか? 愛妻家なんだな」

「まあね、円満の秘訣だよ」


 俺は適当に相槌をうちながら上着を脱ぎ、剣帯を外した。


 すぐに革の上着の埃を払い、油を塗って手入れをする。

 装備のメンテナンスは冒険者の心得だ。


「その上着、良いな。俺もそんなの欲しいぜ」

「特注品さ、上着をベルトで固定すると楽でいいぞ。俺も荷物を捨てちまったし色々揃えないとな……市場に行くなら付き合うぞ」


 俺とヤーゴはそれなりに打ち解け、色々と話し込んだ。

 そこは慣れた冒険者同士であるし、話題にも事欠かない。

 こうした交流も冒険者の楽しみの1つではある。


「森人は肉食系でな、夜寝てると裸で夜這いにくるんだよ、それも入れ替わり立ち替わりさ。俺なんか7~8回は絞られたな」

「ワーオ、森人ってどこで知り合えるんだ?」


 まあ、男同士の会話なんてこんなものだが、ヤーゴは話だけでパンパンに膨らませていた。若いな。


 その後もリザードマンやら小人責めの話をしたらヤーゴは若干引きつつも「凄えな」と食いついてきた。

 赤目蛇は女性が多いからこんな会話に飢えていたのだろう。


「エステバンさん、これからは師匠って呼ばせてもらうよ」


 そして、気づいたら変な人間関係が発生していた。

 まあ、良いんじゃないかな……良くわからんが。





■■■■■■



アナイタチ


3話にも登場した穴をほって営巣する30~40センチ程度のイタチ。立ち上がり、周囲を警戒する様がミーアキャットに似ている

家畜を狙ったり、農地に穴を開けたりするのでモンスターとして駆除対象になっている。

肛門周辺に匂袋と呼ばれる臭腺を持ち、縄張りを示すために糞でマーキングをするが、えらく臭い。

また、危険を察知するとかなり臭い黄色の液を分泌し、反撃する。いわゆる『イタチの最後っ屁』であるが、これが強烈。

あまり食用には向いていないが、毛皮は高級品。

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