5 解放

 いつまでそうしていただろうか。

 しばしうずくまったままの俺の背を包むようにシェイラは抱きついていた。


 この幻覚にまみれた湿地では触れられるものしか信用できない。

 シェイラの存在は俺にとっての支えだった。


「ひええ、なんか今回のエステバン、シェイラとベタベタしてるよね」


 胸ポケットでレーレが茶化してきたので、ポケットの上から人差し指と親指で強めに摘まんでやった。

 すると、ポケットの小人は「ぐええ」と蛙のような声を出して大人しくなった……死んでないよな?


 ベタベタしてるというか、幻術ではぐれたりしないように手を繋いだりしてたんだよな。

 シェイラだと思って振り向いてゾンビとかだったらショック死しそうだ。


「あー、うん。そろそろ良いかな?」


 ふと見上げると、そこにはアガタたち赤目蛇とホアキンの部下2人がいた。


 どことなく気まずそうにしているが、俺とシェイラがくっついていたから今まで遠慮してくれてたらしい。

 俺が立ち上がると、背中にくっついてたシェイラをおんぶするみたいな形になったけど……まあいいか。


 見ればアガタらも、ホアキンの部下たちも手ぶらに近い姿だ。


 ホアキンの積み荷はまだ有ったはずだが、ここでネコババすると『雇い主であるホアキンを殺して略奪した』などの容疑がかかりかねないので、何も持ち出さなかったのだろう。

 意外と真面目なヤツららしい。


「凄いです、魔貴族と交渉して退かせるなんて信じられません」

「全くだ! ハルパスを相手に対等に渡り合うとはな! 俺なんかチビりそうだったのによ!! ははっ!」


 ベレンとヤーゴが声を上げて俺を称えてくれるが何とも微妙な気分だ。

 彼らには対等の交渉に見えたらしいが、実際はブルッて何も出来なかった。

 怯えて翻弄されただけだ。


 褒められると思い出して凹んでくるから止めて欲しい。


「ありがとう、狐のエステバン。アンタのお陰で――」


 アガタがお礼を言ってくれるがまだ早い。

 ハルパスは去ったが、湿地帯は脱出していないのだから。


「礼はまだ早い、身軽になったことだしさっさと湿地から出よう」


 俺が「さあ、行こう」と声をかけるとアガタが少しはにかみ、頷く。


 ああ、つり目美人が照れると萌えるわー。

 シェイラもつり目気味だけどお子さまだからな。アガタのボンキュッボンには及びもつかんよ。


 その様子を見たシェイラが背中で「むむー」とおかしなうなり声を上げて足をバタつかせていたが……スルーでお願いします。

 ポケットの小人も「ひええ」とか言ってるけど、こちらもスルーで。


 と言うか、俺、前後に変なの装備してるな。

 俺が女性と話すと不機嫌になる呪いのアイテムかな?


 なんだかんだと騒ぎつつも、俺たちは共に出口を目指し、歩を進める。

 冒険者の心得として警戒こそ怠らないまでも、その足取りは軽い。


 少し歩くと鬱蒼うっそうとした木立を抜け、明るい場所に出た。


 雲一つ無い晴天、広がる緑の平原、その先には村落が見え、牧童が羊を放牧しているようだ。


 誰とはなしに「わっ」と歓声が上がる。

 長閑のどかな風景、皆が待ち望んだ湿地からの脱出だ。


 ……待て、何かがおかしいぞ?


 俺は何となく、足を止めた。しかし、皆は先の風景に気を取られているようだ。


「やった、ついに出られた」


 ベレンが泣きながら喜び、皆が口々に「やったね」「生き延びれたか」などと応じる。


 俺は何かが納得できない。

 しかし、その『何か』が分からない。


 ……おかしいぞ、絶対に変だ。


 俺が躊躇ためらう内に、ホアキンの部下だった男たちが「うおお」と歓声を上げて走り出した。

 その勢いは俺が止める間もないほどだ。


 冒険者としてダンジョンやモンスターに慣れたアガタたちと違い、彼らの疲労は心身ともに限界を超えていたに違いない。

 軽率ではあるが、彼らを責めることはできないだろう。


 赤目蛇も続こうとしたが、俺は「待て!」と皆を制し、走り出したベレンの後ろえりを思い切り引っ張った。

 彼女は「キャア」と悲鳴をあげ、仰向けで引っくり返る。


「何をしやがる!?」


 ヤーゴが驚きを見せて俺を咎めたが、ドランが「待て、あれを見ろ」と緑の平原を指で示した。


 そこに足を踏み入れた男たちがズブズブと体を沈め、悲鳴を上げている。


 いつの間にか緑の平原は消え失せて黒い沼地が広がっていた。

 男たちは胸まで沼に浸かり大きなヒルにたかられている――もはや、手遅れだ。


「幻術!? なんてこと……」


 アガタが呆然と呟いた。


 無理もない。


 俺はたまたまハルパスと接し、彼の悪辣さを肌で感じたから勘づいただけだ。


 普通なら「ほっ」と一息ついたところのコレは騙されるだろう。

 ハルパスは実にいい性格をしている。


 沼地に沈んだ男たちには悪いが、彼らが引っ掛からなければ沼地に沈んだのは俺だったかもしれない。彼らには感謝をしたいくらいだ。


 ベレンが「あ、あ、そんな」と喘(あえ)ぎ、涙をこぼす。

 その涙は先程までの安堵の涙ではなく、驚愕と恐怖の涙だ。

 一歩間違えば彼女も死ぬところだった……助かったと思っていただけに、そのショックは大きい。

 ヤーゴが彼女に「大丈夫か」と声をかけて助け起こした。


「青い空に美しい村、こんな都合の良い話は疑ってかからねばな」

「……そうね、そうだったわ」


 ドランがアガタをいさめ、アガタは素直に頷いている。


 ……いいチームだ。


 俺は赤目蛇に眩しさを感じ、目を細めた。


 若くて野心的なリーダーのアガタ。今回は依頼の選択を誤ったが、幻術に5日間も耐え、仲間を励まし続けた彼女のリーダーシップは大したものだ。

 経験豊富な戦士で参謀のドラン、ムードメーカー的な盾役ヤーゴ、マスコット的な存在で強力な魔法使いベレン。

 バランスのとれたチームだ。


 赤目蛇は仲間にも恵まれ、互いに能力を補い合っている。

 こんな冒険者が上にいくのだ。


 変に便利屋となり、ガツガツと臨時パーティーで等級を上げようと躍起にやってた若い頃の俺とは違う。


 上級の冒険者には、尖った能力と補ってくれる仲間が必要なのだろう。

 そう考えれば今回の結果は振るわなかったにせよ、俺よりアガタの方が冒険者として伸び代がある。


 ……先が楽しみな冒険者たちだな。


 心の底からそう思う。

 若い頃の俺ならアガタに嫉妬したかもしれない。


 俺は若い頃の仕事を振り返りながら、歩き続けた。

 それはほろ苦いが、努力の記憶だ。そう悪い記憶でもない。


「まだ、幻術がくるのかな?」


 俺の背中からシェイラが気遣わしげに尋ねてきた。

 こいつはいつまで背中に張り付いている気なのだろう。


「どうだろうな――でも、やっと抜けそうだ」


 見れば視界が開けてきた。湿地帯から抜けたのだ。




――――――




 その後、日が暮れたために夜営で夜を明かしたが、2日目の朝には小さな村落に辿り着いた。


 俺たちは倒れるように村の食堂兼宿屋に転がり込み、宴会にもつれ込んだ。

 皆で浴びるように酒を飲み、狂ったように騒ぐ。


 ヤーゴは村の未亡人に幾ばくか支払って姿を消し、ドランは謎の管楽器をけたたましく吹き鳴らし、酔っ払ったシェイラとベレンは陽気に笑いダーツで遊んでいた。

 思い思いのバカ騒ぎをして、全てを洗い流すのだ。


 俺はドランが知ってる曲を演奏し始めたので、小さく口ずさみながらチビチビ飲んでいた。

 すると、アガタがドンと音をたてて倒れ込むように向かい合わせ席に座る。

 かなり酔いが回っているらしく、足元が覚束ないようだ。


 彼女は「飲まないのかい?」と絡んでくるが、酒精アルコールで潤んだ瞳が実に色っぽい。


「飲んでるさ」


 俺は自らのジョッキを掲げてアピールをするが、アガタはお気に召さないようで「ふん」と鼻を鳴らした。


「エステバン、あんた……今まで何してたんだい? その体、相当鍛えてたんだろ? この腕なんか、狐どころかオーガじゃないか」


 彼女はそっと、俺の手に自らの手を重ねた。


「人里離れて鍛え直してたんだ。北の山脈とか亜人の森とかでな」


 俺の白々しい答えに彼女は「ふうん」と答えた。

 あまり信用していないようだ。当たり前だけど。


「それで、亜人の森で見つけたのかい?」


 アガタはクイッとあごでシェイラを示し「可愛い奥さんじゃないか」と艶やかに笑う。


「ねえ、どんな風に可愛がるんだい? この逞しい体で、あんな細い娘を泣かすのかい?」


 誘っている。


 俺が誘いに乗りアガタと消えれば、さすがに皆に気づかれるだろう。だが構うものか。


「試してみるか?」


 俺がニヤリと笑うと、彼女はペロリと妖艶に舌なめずりをした。



 その後、俺たちは宿の納屋で互いを求め合い、貪り合った。


 何と言うか……アガタは素晴らしかった。


 潤んだ瞳で愛を囁くその表情と艶やかな声。

 冒険者として鍛え抜かれたしなやかで一分の隙もない肢体。

 こちらを責め立てる技術の鋭さ。

 時に恥じらい、時に驚きを見せつつも俺の攻めを受け止める度胸――攻守の切り替えも完璧だ。


 俺はアガタと何度も高め合い、最後に果てた時にそのまま眠りに落ちていった。



…………



……



 目が覚めると、見知らぬ平原に全裸で寝ていた。


 夏の日差しが目に痛い。


「え?」


 思わず、声が出た。


 なぜ、平原に1人で寝ているのか?


 周囲を確認すると、カバネクライと言う犬みたいなモンスターがこちらを見ていた。

 彼らは屍肉を食らう。

 もうじき俺が死ぬと思って待っていたのかもしれない。


「夢? いや、これが夢か?」


 また一人言がでた。

 1人でいると、つい口から出てしまう。癖なんだろうな。


 ……たしかアガタと……股間に痕跡は……あるような、ないような。


 だが、裸で平原。

 わりとピンチだ。


「何故だ?」

「まてまて、こんな時は1から思い出すんだ」

「何があった? えーっと」


 俺は全裸で1人、ブツブツと会議を続ける。

 端から見れば、危ないマッチョであろうが、幸いに人目はない。


 そして「あっ!」と声を出した。


『1つ、望みを叶えてやるよ、古狐ソロ・ビエホ

『だが、忘れるな。全ては幻さ。また会おう』


 魔貴族ハルパスの言葉だ。


 俺はこれを思い出し「幻覚だったのか?」と呟いた。


 ……で、どこからどこまで幻覚なんだ? と言うか、これは現実なのか?


 立ち上がり、呆然と周囲を見渡す。


 せっかくなのでアメリカンヒーローのように腕を組み、膝くらいの高さがある石の上に直立してみた。解放感が凄い。

 ひょっとしたら、これが俺の望みなのかもしれない。俺は自由だ。


 そのまま、俺はしばらく解放感に浸っていた。股間を撫でる風が心地よい。



 カバネクライが何かを言いたげにこちらを見ていた。




――――――




 アガタの追跡術により、俺が発見されたのは数時間後の事であった。


 その間、暇だったので昨夜(?)のことを思い出して1人でコソコソとしたり、無駄に側転とかしていた。新たな何かに目覚めたかもしれない。

 平原全裸、癖になりそうな予感がする。

 今度町でもやってみよう。


 シェイラに「何で裸なんだっ!!」っと怒られたが仕方ないじゃないか。幻術なんだから。

 これは幻覚なんだ。そう怒るな。


 ちなみにシェイラが俺の服を持ってきてくれた。落ちてたらしい。



 アガタは素知らぬ顔だが……ヤったのか、ヤってないのか、それが問題だ。





■■■■■■



赤目蛇


ここ数年でメキメキと頭角を現した冒険者チーム。

リーダーのアガタをはじめ、4人の実力者でバランス良く構成されている。


アガタ、人間、25才女性。チームのリーダーで2等級冒険者、凄腕の斥候 スカウト。武器は剣と投石紐スリング

特に追跡術に優れており『毒蛇ビボーラ』と呼ばれている。今回はいいとこがあまり無かった。

赤毛でナイスバディ。きつめの顔立ちの美人さん。エムっ気のあるエステバンのど真ん中ストライク。

エステバンと関係したかどうかは分からないが、エステバン的には撃墜した気でいるらしい。


ドラン、地人ドワーフ、59才男性。沈着冷静、無愛想な斧戦士。

焦げ茶色の髭面で身長は150センチ弱、たるのような体型。いかにもドワーフって見た目のドワーフ。

ちなみに人間換算で30才くらい。3等級冒険者。


ヤーゴ、人間、21才男性。

4等級冒険者でパーティーの盾役。大きな盾と剣で勇敢に戦う。

黒目黒髪の髭面の逞しい大男。実は若い。

見た目がエステバンと被ってると本人的には思っているがあんまり似ていない。


ベレン、人間、24才女性。

火力担当の魔法使いで3等級冒険者。投げナイフも得意。

地人のクォーターで、体型がコンプレックスらしいが、その地人の血のおかげで若く見える。

明るい茶色の髪を三つ編みにしており、地味な顔立ち。

エステバンに性欲が強そうだと思われており狙われている。

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