2 赤い髪の冒険者

 俺たちが警戒しながら焚き火に近づくと「止まれ」と声を掛けられた。


 見れば2台の馬車を持つ商隊と冒険者のようだ。冒険者は護衛だろうか?


「あんたたち、何者だい? 冒険者なら認識標タグを見せとくれ!」


 俺よりやや若い、赤毛の女性冒険者がいきなり声を張り上げた。


 つり目がちな顔つきの、身長170センチくらいのナイスバディ。なかなかあだっぽい美人のネーチャンだ。

 体のラインが出るようなピッタリとした革鎧を身に着けた彼女は、自分の魅力を十分に理解しているのだろう。


 だが、この態度はいただけない。

 疲れと余裕のなさが見て取れるようだ。


 俺は足を止めシェイラを後ろにかばう形をとった。人目の無いところで敵対的な冒険者が強盗になる例はいくらでもある。


「俺はチーム松ぼっくり、3等冒険者エステバンだ。強盗でなければ認識標はそちらから見せろ」


 俺の物言いが気に入らなかったのか女冒険者の後ろから「何じゃと!?」「やる気かコラ」などと凄む声が聞こえた。彼女の仲間であろう。

 皆、一様に余裕が無い。気が立っているようだ。


 だが、女冒険者はそれを手で制し「ふん、これで良いかい?」と胸元からネックレスにした認識標を取り出した。

 色は金色、2等以上だ。

 女性冒険者は数が少なく、2等以上であればかなりの有名冒険者であろう。


「アタシは2等冒険者アガタ、チームは赤目蛇」


 俺は少し驚きをもって女冒険者アガタの名乗りを聞いた。

 アガタと言えば、俺が田舎に引っ込む前に『毒蛇アガタ』として売り出していた女冒険者だ。2等になっていたらしい。

 追跡術に優れ、執念深くターゲットを狙い必ず仕留めるところから『毒蛇』と呼ばれる凄腕だ。


 俺も胸から下げた認識標を見せ「エステバンだ」と改めて名乗る。


「へえ、引退したと聞いていたけどね、ハネムーンだったのかい? ソロのエステバン」

「そんなとこさ、女房は美人だろう? 毒蛇ビボーラのアガタ」


 互いに面識は無いはずだが、彼女も俺のことを知っていたようだ。


 シェイラは女房として紹介されて微妙な表情を見せたが、何かを察したか抗議はなかった。

 ここで彼女を俺の女房としておけば他の男から守ることにも繋がる。ここは許して欲しい。


 ちなみに冒険者の渾名は自称で無ければ、そのスタイルから名付けられる。

 俺の『エル・ソロ』と言うのもそうだ。

 決め手があるわけではないが、オールラウンダーで様々な手練手管を使い敵の虚を衝くことから『狐のようにズルい』と言われていたのだ。

 そこには熊や虎のように強くないというニュアンスもある。


「狐のエステバンなら有難い。こんな状況ならアンタみたいなタイプが向いてるかも知れない」


 アガタは「腕っこきの冒険者だよ」と後ろの商人らしき肥えた男に声をかけた。

 どうやら荷馬車の持ち主のようだ。


 商人は前に出て「サルガドの冒険商人ホアキンです」と如才なく名乗った。


 冒険商人とは辺境や戦場などの危険な場所に商品を流通させたり、辺境で珍しい品々を仕入れ販売する冒険者と商人を足して割ったような存在である。商業ギルドに属しているはずだ。


 このホアキン、人当たりは良いが、どことなく油断のならない雰囲気の持ち主である。

 理屈ではなく、どことなく堅気ではない感じがするのだ。


「我らはアルボンからサルガドに戻る途中でして、アガタさんたちに護衛を頼んだのです」


 サルガドとはアイマール王国西部最大の都市だ。


 ホアキンは振り返り、商隊のメンバー5人を順に紹介してくれたが、正直覚えられない。

 それよりも不自然な点が多すぎる。


「エステバンさん、アガタさんと共に我らを守って貰えませんか? なに、賊やモンスターが出てきたときに追っ払って貰えればと思いまして。もちろん何事もなくても十分な護衛料はお渡しします」


 この言葉を聞いて俺は「ふん」と鼻で笑った。

 こんな怪しげな状況で旨い話に飛び付くような冒険者は長生きできない。


 明らかに隠し事がある。

 2等冒険者を擁しての護衛に、さらに加勢を加えるなど、どう考えてもおかしい。

 アガタが率いる赤目蛇は彼女を含めて4人だ。全員が2等では無いにしろ3等や4等ならばかなりの戦力だ。

 これで対応できない事態に巻き込まれるなんて御免である。


 それに冒険者ギルドを通さない依頼は自己責任だ。怪しげな隠し事がある連中の話など聞く必要はない。


「断る、長生きしたいのさ。孫の顔が見たくてね――シェイラ、行こう」


 俺がきびすを返し、湿地に戻ろうとすると「待ちなよ」と声が掛かった。アガタだ。


「助けとくれ、もうアタシたちは4日もこの湿地から抜け出せないんだ。じきに食料も尽きる、手を貸しとくれ」

「ちょっとアガタさん」


 ホアキンが抗議の声を上げるがアガタは「アタシも若死には御免だよっ!」と一喝し、にらみ付けた。


 意地を張らず、余力のあるうちに救援を求める。

 これを情けないと見るか、冷静と受け止めるかは人それぞれだが、俺は間違いでは無いと思う。


 それに素直に『助けてくれ』と言われれば断り辛いところもある。

 冒険者の仁義があるからだ。


「ここに来たってことはアンタらも幻術にやられたんだろ? アタシたちも抜け出せなくなったんだ。アタシたちは協力し合えるはずさ」


 アガタの言葉は聞き逃せない。

 彼女らも幻術の虜となってここに閉じ込められていたと言うのだろうか?


 俺は足を止め「話を聞こう」と振り向いた。


 幻術の主から逃れるには少しでも情報が欲しかったのだ。




――――――




 その後


 俺とアガタ、ホアキンらは情報を交換しあった――とは言っても、大したことは分からない。

 アガタらは俺たちと出会う前に何度も脱出を試みたが、ことごとく失敗しているそうだ。

 その度に商隊の人数を減らし、どうにもならなくなった所で俺たちが現れた。


 実は他にも外から迷い混んだ冒険者や狩人もいたそうだが、彼らはアガタらと別行動をとり、以降の行方は不明らしい。

 共通しているのは何かしらの幻術にかかり、この湿地帯に閉じ込められたと言うことだ。


 ……と、言うことは俺たちを狙ったわけではなく、一定のエリアを狙った範囲攻撃か?


 周囲の者を無差別に湿地帯に追い込むような幻術が可能なのだろうか?


 分からない。


 そんな現実離れした攻撃があるとも思えないが、事実として、俺たちはここにいる。

 出来るとすれば――何者か?

 何が目的なのか?


 それが読めれば逃げ得る目は格段に上がるはずだ。


「なぜここに留まる? 安全地帯なのか?」


 俺が尋ねるとアガタが「休んでいただけよ」と疲れた表情で答えた。

 4日も気を張っていれば気力体力が尽きかけていても無理はない。


「ここには毒蛇に毒蛙、ヒルにアヴァング、パグーロもいるわね。ここはモンスターのパーティー会場よ。幻覚と本物が混ざって訳が分からないわ。いくら歩いても同じところをグルグル回っているようにも感じる」

「なるほど、さしずめ人数は減ったが馬車は捨てられない、動いても逃げられず、留まっても状況は変わらずってとこか」


 アガタは俺の言葉に小さく頷いた。


 ちなみにパグーロとはヤドカリのオバケみたいなモノだ。

 雑食で人を襲うこともある。幻覚に混ざり本物もいるとは厄介極まりない。


 ……しかし、アガタも依頼とは言え馬車を守って全滅は避けたいところだろう。ならば反対しているのは……


 俺がジロリと目をやると、ホアキンは「馬車を捨てることなんかできません」とソッポを向いた。

 どうやら積み荷には、命を懸けてでも捨てたくないほどの価値があるらしい。


 商魂たくましいのか、状況を理解していないのか。

 その両方かも知れない。


「ホアキンさん、隠し事は無しでいこう。あんたら何を運んでいる? 何を仕出かしたんだ?」


 俺の質問に答える者はいない。やましいことがある証拠だ。

 運んでいるのはロクでもない積み荷らしい。


 ホアキンとアガタらはアルボンから来た。

 アルボンは対魔族の最前線、2等級の冒険者パーティーが護衛に必要なほどの商品、そして人間技とは思えない幻術の使い手――偶然とは考えがたい。


 俺は「魔族だ」と断定し、口にした。

 まさか、こんな所まで魔族が侵入しているとは考えられないことだが、追っ手ならばあり得る。


「当ててやろうか? ホアキンさん、あんた魔族から何かを盗んでサルガドで一儲けするつもりだったろ?」


 俺の言葉に一同は色めき立つ。

 ホアキンは先ほどまでの愛想の良さを忘れてしまったように無表情だ。


「守って欲しいと言ったか? 馬車を置いて逃げれば助かるかもしれん。魔族から身を守るには近づかない以上に良い思案は無――」

「そのような指図は止めていただきたい!」


 ホアキンが俺の言葉を遮(さえぎ)った。

 もう十分だと言わんばかりの態度である。


「荷を捨てろ? そんな意見を受け入れられるはずがない! あなたは荷の価値を知らないから――」


 よほどの商品なのだろう。ホアキンの抗議はさらにエスカレートしていく。


 それを見たアガタら冒険者は苦い表情だ。

 恐らくは彼女らも荷の正体を知り、捨てろと進言をしたに違いない。だが、受け入れられなかった。

 護衛の身では強くも言えなかったのもあるだろう。


「さすがね、魔族には近づかず、出会う前に逃げる……全く正しい意見ね。だけど、もう遅いわ」


 アガタが示す方角には、地面にびっしりと毒蛇が這い回っていた。

 見るのもおぞましい光景――その中に平然と立つ人影がある。


 鳥の頭をした人間、否、人の骨格を持つ鳥であろうか、明らかに異質の存在がそこにいた。

 頭部に生えたヤギの様な角が異様であり、実に禍々しい。


「あいつはハルパス、この荷を狙う魔貴族様さ。荷はアイツの領地で捕らえた魔族の子供だよ」



 吐き捨てるようなアガタの言葉に俺は戦慄した。





■■■■■■



ハルパス


カラスの様な姿を持つとされる魔貴族。

しわがれた声で話し、幻術で人の心に付け入り互いに争わせる。

人間と魔族の戦争に良く現れるため、魔族の前線指揮官のように思われているが、実際は領地がアイマール王国と接しているだけだとも。

魔貴族とは人間が勝手につけた呼び名で『領地を持つ魔族』『強力な魔族』くらいの意味である。

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