3 失われた希望

 俺は忽然と現れた鳥人間の姿を凝視した。


 ……魔貴族ハルパスだと?


 その名前は聞いたことがある。アイマール王国との戦いに良く姿を現す存在で、広く恐れられている魔族だ。

 幻術で人の心を操り、互いに争わせることを無上の喜びとするとも言われている。


 この現実離れした幻術も、ハルパスならば納得するしかない。絶体絶命のピンチってやつだ。


「シェイラ、離れるな。矢は無駄遣いするなよ。荷物から替えの弓弦ゆみづるだけ持つといい」


 逃げるためには少しでも身軽になりたい。惜しいが荷物は捨てていく。

 冒険者の心得として財布や冒険者手帳、最低限の食料や水筒は身に付けている。シェイラと2人ならなんとかなるだろう。


 俺は荷物にくくりつけていた短槍だけを手にし、シェイラも弓弦だけポケットに仕舞った。


「来るよっ! ヤーゴとドランは荷を守れ! ホアキン、馬車を動かして逃げなっ!! ベレンは魔法で蛇を減らしてっ!」


 アガタは味方に指示を出し、飛び掛かってきた蛇を剣で薙ぎ払う。


 俺はシェイラと離脱しようと試みたが、周囲は毒蛇に囲まれており、脱出ができない。

 いつの間にかアガタと共闘するような形となった。


 俺も短槍を振るい、蛇を払い続ける。

 この幻覚は現実と全く見分けがつかない。全ての蛇が本物だとして対応するしかない。


「レーレ、どれが幻覚か分かるか?」

「分かんないよ! 目で見ちゃうとダメみたい!!」


 目で見なければ幻覚に惑わされないらしい。

 これは大きな情報だが、今はそれどころではない。


 はっきり言って、俺たち松ぼっくりはこんな戦いは苦手だ。

 俺は攻撃魔法を使うほど魔力は無いし、シェイラの弓では多数の蛇には太刀打ちできない。


 シェイラをかばいながら必死で槍を振り回していると、蛇の群れの中に火の粉を撒き散らす火柱が立った。

 アガタの仲間が魔法を行使したらしい。

 フードつきのローブをまとった小柄な冒険者だ。顔は分からない。


 炎の影響か、周辺の蛇は9割がた姿を消した。

 大半が幻覚だったようだ。


「ベレン、助かった!! 松ぼっくりも退くよっ!」


 アガタが撤退を指示するが、ベレンと呼ばれた女冒険者はぐったりと踞(うずく)っている。これほどの魔法を使えば無理もない。


 俺は「負ぶされ」とベレンを背負い、荷馬車に向けて走り出した。

 なかなかみっしりとした肉置ししおきで体重がある。

 出るとこが出ていて引っ込んでいない感触だ。地人ドワーフだろうか。


「す、すいません、重いですよね」

「気にするな、助かったよ」


 ベレンが申し訳なさそうに謝ったが、礼を言うのはこちらだ。

 俺達はそのまま荷馬車に駆け寄り、魔力を使いすぎて動けなくなったベレンを荷台に乗せた。


 ベレンは荷台の上でフードを外し、俺に会釈えしゃくする。

 ひげが無いところを見ると、少なくとも純血のドワーフでは無いだろう。


 ぽちゃっとした感じの顔つきに、三つ編みにした明るい茶色の髪が印象を幼くしている。20才前後だろうか。


 俺が意味ありげに彼女をじっと見つめると、ササッとフードで顔を仕舞ってしまった。残念。


「ひええ、エステバンって節操無いよね」


 レーレが失礼なことを言ってきたのでポケットの上からデコピンしておいた。

 ポケットの中から「はぎっ」と不思議な悲鳴がして、仕返しとばかりにバシバシとポケットの中で小人が暴れ始めた。そっとしておこう。


 シェイラもジト目で見てくるが、ベレンに嫉妬でもしているのか?

 バカらしい。今の俺なら4人までなら複数人同時プレイ可だというのに。

 俺、シェイラ、アガタ、ベレンで丁度4人だ。楽しみは皆で分かち合えば良い。

 レーレ様は別枠だ。


 シェイラが口を尖らせながら「何か気持ち悪いぞ」と呟くが、それは俺にとってはご褒美である。



 ハルパスはいつの間にか姿を消していた。

 彼の目的は拐われた魔族の奪還で間違いは無いだろう。


 ……だが、なぜ一気に勝負を決めに来ないんだ?


 魔貴族とは1等や2等の冒険者がパーティーを組んでやっと対抗できると言ったレベルの存在だ。

 ホアキンの隊商を守りながら逃げる俺たちなど容易く蹴散らせる存在のはず。


 幻術で翻弄しつつも、こうして俺たちを容易く逃がす――そこに意味があるのだろうか。


 ……魔族の考えることは分からん。今度会えば直接聞いてやろう。


 俺は「魔族の子供を誘拐した犯人」ではない。

 そこにハルパスとの交渉の余地は無いだろうか。

 俺とシェイラだけなら逃げ出す好機があるかもしれない。



 ガタリガタリと車輪を鳴らし、荷馬車は進む。

 「誘拐した犯人」であるホアキンの隊商と、その護衛のアガタたちの足取りは重い。




――――――




 朝を迎えた。



 俺たちには2日目、アガタたちにとっては5日目の始まりである。


 正直、アガタらはともかく、ホアキンらは限界だ。

 彼らは疲労から判断力が低下し、明らかにおかしな幻覚に引っ掛かる。


 湿地の中に金銀財宝が山になっていたり、裸の美女が宴会してたり……そんなバカな話があるはずがないが、その手の幻に次々と引き寄せられ、モンスターに襲われて命を落とす。


 それはある意味で自殺なのだろうか。

 夢の中で裸の女と戯れながら殺される――ある意味では湿地帯で苦しみながら野垂れ死ぬよりはましとも言える。

 彼らにとっては救いなのかもしれない。


 ついにホアキンの商隊は彼を含めて3人になってしまった。

 これでは荷馬車を動かすのも支障が出るだろう。


「どうすんだいホアキンさん、もう馬車が動かせないよ」

「……こうなれば荷を整理します。1台ならば動かせるはず」


 アガタが遠回しに「荷を捨てろ」と進言しているが、ここに至ってもホアキンは利益を守るようだ。


 彼女は小さく首を振り、ため息をついた。


「アガタ、キミは積み荷のことを知っていたのか?」

「まさか。依頼料からしてヤバいブツだとは思ってたけど、まさか魔族の子供とはね……どこから仕入れたんだか」


 俺の質問にアガタがため息混じりに答えた。

 どこかでアガタが知らなかったことに「ほっ」とした。


「アガタさん、アガタさんの仲間は全員が地人なのか?」


 唐突に、俺の横にいたシェイラがアガタに質問をした。やはり2等冒険者と言うこともあってか、シェイラはアガタにある種の畏敬を持って接しているようだが、そこはシェイラだ。質問もどこかズレている。


 その様子はいかにも素朴で、アガタは「ぷっ」と吹き出した。


「あははっ! 違うよ。地人はドランだけさ! ヤーゴ! あんた地人と間違えられてるよっ!」


 アガタが笑い出したのでシェイラはキョトンとしている。

 ヤーゴと呼ばれた 髭面ひげづらの大男は「そりゃないぜ」と両手を広げて大げさに嘆息した。


 地人とは山岳地帯に都市を築き、独特の文化を持つ亜人だ。

 外見的イメージとしてゴツくて髭面、がに股、短足である。「お前の見た目は地人みたいだ」と言われれば褒め言葉としては受け取り難い。


 そのヤーゴの嘆く様子がまた笑いを誘い、皆の表情が明るくなった。

 ヤーゴは髭面でがに股だが、背は高く地人のドランとは明らかに違う。


 ドランと呼ばれた冒険者は、いかにも地人。焦げ茶色の髪(かみ)と長い髭(ひげ)。身長は150センチほど、樽(たる)のような体型をしている。


「ふん、細っこい森人エルフには地人の見分けもつかんらしいな」


 ドランは愛想なく吐き捨てるが、地人は総じて無愛想な者が多く、また森人とは相性が悪いとされている。


「私は祖父が地人です。地人は寿命が長いので祖父はまだまだ元気なんです」


 最後にベレンがはにかみながら自己紹介した。

 ぽっちゃりドワーフ体型で抱き心地が良さそうだ。


 美人でスラッとしたアガタと並ぶと、いかにもベレンは野暮ったい。両者を比べては10人いたら8人はアガタを「好み」と言いそうではあるが、俺はベレンも推したい。

 大人しそうなこの娘、実は性欲が強いと思う……ベッドでは乱れるタイプだ。

 完全に勘だけど、俺の勘は当たるときは当たるのだ――外れるときは外れるけどな。当たり前か。


 シェイラとヤーゴのおかげで空気が和んだ。


 湿地の中で常に気を張っていた皆が笑う――これだけのことでアガタたちは士気を取り戻したようだ。

 シェイラのファインプレーだが、本人は全く意図した様子もない。


 ……敵わんな。


 俺がシェイラを眺めて苦笑いすると、ドランが「いい嫁女じゃ、大事にせい」と無愛想に呟いた。

 地人が森人を褒めるなど滅多にない。シェイラはよほど『赤目蛇』に気に入られたようだ。


「ありがとうシェイラさん、これで皆、もう少しだけ歩けそうだ」


 アガタがシェイラに礼を述べるが、本人シェイラは全く理解しておらず「どういたしまして?」と首を傾げていた。


 ヤーゴとベレンもニコニコと笑っている。

 彼らは経験豊富な冒険者だ。緊迫した場面でリラックスすることの大切さを知っている。



 しかし、ここはハルパスの手の中だ。



 皆が和んだその瞬間、俺たちを絶望に追い込む絶叫が響き渡った。


「うああっ!? 何てこった!! 何やってやがるんだ!!」

「違う!! 俺は悪くねえ、コイツが逃げようとしたから!!」


 幌馬車の中で何かトラブルが起きたらしい。

 俺たちが慌てて駆け寄ると、そこに絶望が待っていた。


 呆然と立ち尽くすホアキンの手下たち、その足元には痩せた少女が転がっていた。

 状況からすると、この少女が魔族の子供だったのだろう。


 アガタが「何てこと」と呟いた。

 絶望に染まった呟きだ。


 俺は倒れた少女に近づき、安否を確かめる――魔族の子供を観察するのは初めてだが、人間とあまり大差が無いように思える。頭部に少し突起があるだけだ。

 肌が褐色なのは珍しいかも知れないが、その程度の違いである。

 これならば呼吸と心音で生死が判断できそうだ。


 俺は少女の首に手を添え――呼吸も心音も無いのを確認した。


 状況は絶望的だ。


「そいつは生きているでしょ!? 生きているんでしょ!?」

「なんてこった! よくも殺しやがったな!」

「ちょっとホアキンさん、何をするんですか!」


 ホアキンたちが仲間割れを始めた。

 俺はそれを止める気にもならない。


 呆然と皆が立ちすくんでいた。


 ハルパスとの和解の道は閉ざされた――その絶望感が、皆の顔から表情を奪い去った。


 これが大きな隙となり、俺たちは外で争う物音に気づくのが遅れた。

 怯えた馬のいななきが聞こえる。


「しまった! 外だ!! 馬が殺られるぞ!!」


 俺は叫び、外に飛び出す。

 そこには2頭の馬に群がるお化けヤドカリ、パグーロの姿があった。





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地人ドワーフ


丘陵地帯に都市を築き、独特の文化を持つ亜人。

身長は130~150センチ程度、肩幅が広く樽のような体型をしている。

また丘陵地帯に適応したのか総じて、がに股で足が短い。

鉱山の仕事や鍛冶が得意で人間との交流も盛んである。また、若い地人は旅を好み、人里で生活する者も多い。

地人は男女ともに髭を生やしており、特に男性は年をとると上半身を覆うほどに髭が濃くなる。これは鍛冶場の熱から身を守るためとも言われているが真相は不明。

寿命は人間よりは長く、100才以上の個体も珍しくない。人間との交配も可能。

余談ではあるが、地人は人間に劣らぬ文明文化を持っており『穴の中で暮らしている』と言うのは大変な侮辱にあたる。

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